第2話 誰の部屋?

 いつの間に眠ってしまったのだろう。時計を見ればあれから三時間経っていた。


「もう、お昼かぁ。時が過ぎるのが早いような……遅いような」


 寝落ちする前にいろいろ考えたけれど、目が覚めた時点で無人島作戦は終了したも同然。そして、三年というタイムリミットが始まった。


 きっとこの状況をカキラが知ったら、泡を吹いてしまうかもしれない。えへへ、ごめんね、後先考えない妹で。こんな謝罪も今はもう届きはしないけれど。


「それにしても、ここはどこなんだろう?」


 ベッドの上で大の字になりながら、ぼーっと天井を見上げる。無人島なのはわかるけど、逆にそれしか分からない。あぁ、この先どうしようかな。

 食材も雑貨屋さんもなければ、人ひとりいない。それに、部屋はあまりにも静かで、無性に寂しくなる。このままだと、海の音とカモメの鳴き声がお友達になってきそうだ。

 寝返りを打って、どうしよ〜と枕に顔を埋めれば、潮の匂いではなく甘い花の香りが鼻を掠める。


「あ、このベッドすごく寝心地いい……」


 そこまで言って、はたと気づく。なぜ、私はこんなふかふかなベッドと枕の上にいるのだろうかと。何度も言うけれど、ここは無人島。そう、無人の島。なのに、なぜベッドが。良く考えればここ誰の部屋。


「え、こわっ」


 咄嗟に布団から飛び降り、窓際まで後ずさる。口から零れた言葉が、自分でもやけに間抜けに聞こえた。しかし、静まり返った空間にその声が反響した瞬間、背筋がひゅっと冷える。自分が置かれている状況に冗談じゃなく、肌が粟立った。


 上を見れば控えめだけれど美しいシャンデリア、そのまま視線を落とせば先程ごろごろしていたダブルベッド。まずい、金持ちの部屋だここ。くらりと目眩がした頭を支えながら、さらに辺りを見渡す。がしかし、悲しいかな。机を見ればお高そうな万年筆や古びた本が。月が描かれている幻想的な小箱を開ければ、美しい宝石がじゃらじゃらじゃら……。


「ひ、人の家だここ」


背筋が冷える。どうしてここにいるのかも分からないのに、誰かに見つかったら即訴えられるに違いない。今の私は、完全に不審者だ。


 ぴしゃーんっと電撃が走る。

 ………これ、私不法侵入者になるんじゃないなと。いやいや、親切な人がもしかすると私をここに運んでくれた可能性だって。無きにしも非ず、なんて都合のいいことを考えながら、ぐるぐると頭が回る。


 窓によりかかりながら待て待てと頭を横に振れば、冷静になれと言うようにそよ風が潮の香りを運んだ。なんとなくその風につられて、振り返れば絶景がそこに。改めて見ると息を飲むほどに、ここからの景色は美しい。宝石のように海は煌めき木々は揺れ、生き生きとした葉が光を浴びている。そっと、視線を下に落とせば赤と白の薔薇がこちらを見上げていた。

 美麗な空間に、思わず息を呑む。世界の音が一瞬だけ、止まった気がした。


「……綺麗なガーデン。それに、つい最近まで手入れされてたみたいに整備されてる」


 ぐっと身体を窓から乗り出して、建物の外観を覗けば、光の反射が凄いだろうなというくらい、白い塗装が見える。これは、屋敷だ。塗装剥がれや欠けなど年季を感じる部分はあるけれど、女の子は皆憧れてしまうお屋敷。やはり、金持ちの家で間違いなさそうだ。


「見つかる前に、ここ出ないと」


 窓を閉め、一応痕跡を起こさないよう袖で触れたところを拭いて私はそっと扉を開けた。廊下は電気が付いていないからか、少し暗い。辛うじて陽の光があったから、視界には困らなかった。しかしこの屋敷、電気は通って無いのかな。


(ううん、偵察は後。とにかく外に向かおう)


 息を潜めて、抜き足差し足忍び足。壁に背を合わせてながら歩き続ければ、階段を発見した。これは私の技術が試される。お行儀悪いけれど、そっとパンプスを脱いで手で持ちながらひっそりと足を運んでいく。


(誰もいませんように。私は被害者です、起こした奴が悪いんです。無実、無実)


 そう、心の中で自分を励まして。ぴとっと、足を下ろした。靴下越しに感じる床は氷のように冷たい。絶妙に不気味なお屋敷だなと、思うと同時に冴える頭。もしかするとキスをした人がここの家主なのかもしれないのでは、と。ただ、それにしたら不自然だ。物音ひとつしなければ、一人で住むにはこの屋敷はあまりにも広すぎる。枕やガーデンからは人が出入りしている気配はしたものの、あの部屋を覗いた空間は時が止まっているように暗く見えた。


 階段をぐるりと回って一階が見えた瞬間、背後でカタンと音がした。


「……え、まさか幽霊とかじゃないよね?」


 恐る恐る振り返ると、そこには――何もいなかった。緊張から心臓はバクバクと鳴り、周りの音が聞こえなくなる。明らかに何か居たはずの気配が消えた。それを安心していいのか警戒していいのか分からないまま、とにかく駆け足で私は階段を降りる。なんならもうパンプスまで履いて、足音を屋敷内に響かせながら走り出た。


 いっその事、私の存在を誰か知ってくださいと念を飛ばして―― 。


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