少子化対策のため、政府がダンジョン婚を推奨してきた件 ―国家命令でマッチングした相手、どう見ても女子高生なんですけど!?―

だらすく

第1話『国家命令マッチング、まさかの女子高生』

「ダンジョン婚活マッチングアプリ『DAN-CON』へようこそ!」


スマートフォンの画面に表示された、やけに明るいポップアップ通知を見て、俺――榊原聡は深いため息をついた。


三十歳、独身。婚活歴三年。成果、ゼロ。


都内の中堅IT企業で働く、どこにでもいる平凡なサラリーマンである。特技は一人ツッコミ。


趣味は休日に近所のカフェで本を読むこと。決して悪い人間ではないと自負しているが、恋愛市場においては圧倒的に需要がない。


「はぁ……」


仕事帰りの電車の中、俺は再びため息をついた。


きっかけは半年前だった。会社の同僚から「最近、政府が始めたマッチングアプリがあるらしいぞ」と聞いて、酔った勢いで登録したのだ。


その名も『DAN-CON(ダンコン)』――正式名称「ダンジョン探索者婚活支援システム」。


五年前、日本各地に突如として出現した異空間「ダンジョン」。そこから産出される魔石や希少素材は、現代社会に革命的な変化をもたらした。エネルギー問題の解決、医療技術の飛躍的進歩、新産業の創出。


だが、同時に深刻な問題も生まれた。


ダンジョン探索には「適性」を持つ人間が必要で、その適性は遺伝する可能性が高いことが判明したのだ。


結果、政府は方針を打ち出した。


『探索適性保有者の婚姻促進および出生率向上のため、国家主導マッチングシステムを導入する』


要するに――お見合いの強化版である。


「まあ、登録だけならタダだし……」


そう思って軽い気持ちで登録したのだが、実際にマッチング通知が来るとは思っていなかった。


俺の探索適性は「Eランク」。最低ランクだ。ダンジョンに入れないわけではないが、戦闘には向かない。せいぜい後方支援が関の山である。


こんな俺に、誰がマッチングするというのか。


『あなたのマッチングパートナーが決定しました』

『三営業日以内に、指定の政府施設にて面談を行ってください』

『※本通知は国家婚活支援法第七条に基づく正式な通知です』


「……マジか」


電車が揺れる。俺のスマホも揺れる。現実感がない。


いや、待て。落ち着け、榊原聡。


これは政府主導のシステムだ。適当なマッチングをするはずがない。きっと、それなりに相性の良い相手が選ばれているに違いない。

同年代の、落ち着いた女性だろう。できれば話の合う人なら――


『パートナー情報』というボタンをタップする。


画面が切り替わり、プロフィールが表示された。


【神楽木みなと】

年齢:18歳

職業:高校生(探索者)

探索適性:Sランク

身長:158cm

趣味:ダンジョン攻略、お菓子作り

一言:国のために頑張ります!


「――――は?」


思わず声が出た。

周囲の乗客が一斉にこちらを見る。慌てて口を押さえたが、時すでに遅し。


JK。

女子高生。

十八歳。

俺より十二歳も年下。


「いや、待て待て待て」


心の中で高速ツッコミを繰り出す。


確かに十八歳は成人だ。法律上は問題ない。だが、だがしかし――


「俺、三十路のおじさんなんですけど!?」


周囲の視線が再び集まる。俺は慌ててスマホを胸に抱えた。

落ち着け。これは何かの間違いだ。システムエラーに違いない。

だが、画面には確かに「正式な通知」と書かれている。


そして、プロフィール写真。


制服姿の少女が、満面の笑みでピースサインをしている。明るい色の髪を肩まで伸ばし、大きな瞳がキラキラと輝いている。


可愛い。

客観的に見て、非常に可愛い。


「……いやいやいや、そういう問題じゃない」


俺は頭を抱えた。


探索適性Sランク。つまり、彼女は国家にとって超重要人物だ。ニュースで取り上げられるレベルの逸材である。


そんな子が、なぜ俺のような底辺適性者とマッチングするのか。

理解できない。


『面談日時:三日後 14:00』

『場所:中央区探索者支援センター』


通知は容赦なく続く。


「……行かないとダメなやつだ、これ」


俺は深く、深くため息をついた。


---------------------------------------------------


三日後。



俺は指定された「探索者支援センター」の前に立っていた。


都心のど真ん中にそびえ立つ、ガラス張りの近代的なビル。入口には「Ministry of Dungeon Affairs」の文字。


「ダンジョン省……」


五年前には存在しなかった、新設の省庁である。


ダンジョンの出現以降、日本政府は急速に体制を整えた。探索者の管理、ダンジョンの調査、産出物の流通管理。そして――探索者の婚活支援。


「まさか自分が関わることになるとは……」


重い足取りで中に入る。


受付で名前を告げると、若い女性職員が笑顔で対応してくれた。


「榊原聡様ですね。お待ちしておりました。四階の面談室Bへどうぞ」


「あ、あの……これって、やっぱり行かないとマズいですか?」


「はい。国家婚活支援法により、正式通知を受けた方は面談が義務となっております」


にこやかに、しかしきっぱりと告げられる。


「断ることは……」


「できますが、その場合は探索者登録の更新が停止されます」


「……」


つまり、ダンジョン関連の仕事ができなくなるということだ。俺の会社はダンジョン産出物を扱うIT企業。探索者登録がないと、業務に支障が出る。


「……わかりました」


観念して、エレベーターに乗り込んだ。


四階。


廊下を進むと、「面談室B」のプレートがかかったドアがあった。


ノックする。


「どうぞ」


中から、若い女性の声。


ドアを開けると――


「あ、来た来た! こんにちは、榊原さん!」


満面の笑みで手を振る少女がいた。


神楽木みなと。


写真で見たよりも、さらに若々しい。制服姿で、元気いっぱいといった雰囲気。キラキラした瞳が俺を見つめている。


「え、あ、こんにちは……」


思わずたじろぐ。

部屋にはもう一人、スーツ姿の中年男性がいた。政府職員だろう。


「榊原聡さんですね。私、ダンジョン省婚活支援課の田中と申します。本日はマッチング面談にお越しいただき、ありがとうございます」


「あ、はい……」


促されて席に着く。


みなとが俺の正面に座った。至近距離で見ると、本当に若い。高校生だ。間違いなく高校生だ。


「えっと……神楽木、さん?」


「みなとでいいですよ! 榊原さん、お名前なんて呼べばいいですか?」


「さ、聡で……いや、榊原で……」


「じゃあ、聡さん!」


即決された。


田中職員が書類を広げる。


「それでは、面談を始めます。お二人は、本システムによって『適性マッチング率87%』という高数値が算出されました」


「はちじゅう……ななパーセント?」


「はい。年齢差、職業、性格、探索適性の相補性など、総合的に判断した結果です」


「いや、待ってください。俺、Eランクですよ? 彼女はSランク。どう考えても釣り合わないんですが」


「その認識が誤りです」


田中職員は淡々と続ける。


「ダンジョン探索において、重要なのは『バランス』です。Sランク探索者には、戦闘以外のサポート役が必要不可欠。榊原さんの適性は『索敵・解析』に特化しており、神楽木さんの『戦闘特化型』と完璧に補完し合います」


「え……」


「さらに、性格診断の結果、神楽木さんは『直感的・行動派』、榊原さんは『論理的・慎重派』。これも理想的な組み合わせです」


みなとがうんうんと頷いている。


「そうなんです! 私、結構猪突猛進しちゃうタイプなんで、ちゃんと止めてくれる人が必要だなーって思ってたんです!」


「いや、あの……」


「それに、聡さんって優しそうですし! 写真見たとき、『あ、この人なら安心かも』って思いました!」


キラキラした笑顔。

まっすぐな瞳。

……悪い子じゃなさそうだ。むしろ、すごくいい子に見える。

だが。


「あの、田中さん。そもそも、俺たち年齢差が――」


「十二歳ですね。統計上、問題ありません」


「いや、問題あるでしょ! 俺、三十路ですよ!?」


「神楽木さんは成人です。法的に何の問題もありません」


「そういう話じゃなくて――」


「聡さん」


みなとが真剣な顔で言った。


「私、国のために頑張りたいんです」


「……え?」


「ダンジョンが出現してから、日本は大変なことになりました。でも、私には探索者としての力がある。だから、その力を社会のために使いたい。そして、次の世代に適性を受け継ぎたい」


彼女の目は、本気だった。


「だから、政府が選んでくれたパートナーを信じます。聡さんが私のパートナーなら、きっと上手くいくって信じてます」


「……」


純粋だ。


あまりにも純粋で、逆に何も言えなくなる。

田中職員が咳払いをした。


「榊原さん。もちろん、強制ではありません。ですが、一度ペアとしてダンジョン探索を体験していただけませんか? その上で判断しても遅くはないかと」


「……体験?」


「はい。明日、初級ダンジョンでの『ペア適性テスト』を実施します。実際に一緒に探索していただき、相性を確認していただきます」


みなとが身を乗り出した。


「お願いします、聡さん! 一回だけでいいので!」


頼み込まれる。


十八歳の少女に、こんなに真剣に頼まれて、断れる男がいるだろうか。


「……わかりました。一回だけ、ですよ」


「やった!」


みなとがガッツポーズをした。


俺は心の中で、自分にツッコミを入れる。


(何やってんだ、俺……)


こうして、俺の奇妙な婚活が始まった。



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