第27話 対面

 気付くと、トビーは揺れる馬車の中にいた。顔には目隠しがされ、両手は背中で縄で厳重に縛られている。意識を取り戻したトビーに気づいた男が、ニヤニヤとした嫌な笑いを交えながら、耳元で小声で囁いた。


 「いい気味だぜ。俺はお前を前からムカついていたんだ」


 トビーは、その声に聞き覚えがあった。ゴミ山の監視員、ゲイルだった。トビーは何も言い返せない。いつかこうなることは、彼の中で想定済みだったからだ。馬車はゴトゴトと揺れ、約30分ほど走ると急に止まった。ゲイルは馬車からトビーを乱暴に突き落とした。トビーは顔から地面に叩きつけられ、頬がすりむけて血が滲み出るが、呻き声1つ上げない。その姿を見て、ゲイルはニヤニヤと嬉しそうに笑った。そして、ゲイルはトビーの襟首をつかんで無理やり起き上がらせると縄を解く。代わりに、冷たい鎖の着いた首輪をトビーの首に装着した。


 「俺に着いて来い」


 ゲイルはそう命令すると、目隠しされたトビーを鎖で引っ張りながら誘導し始めた。トビーは返事をせず、黙ってついて行く。乱雑に引っ張るゲイルに、トビーは何度も躓いて転んだ。トビーが転ぶたびに、ゲイルは大声で笑い罵倒した。


 「おい、お前はまともに歩くことすらできないのか!」


 ゲイルはトビーが起き上がろうとするのを待たず、鎖を引っ張る。トビーはバランスを崩して、再び地面に倒れ込む。気づけば、王都の町を歩くために着ていた綺麗な服は破れてボロボロになり、肘や膝などから血が滲み出ていた。


 「遊びはその辺にしとけ」


 ゲイル以外にも、トビーを連れ去った男がいた。その声にゲイルは肩をすくめる。


 「そうだな。本当の地獄はこれから始まるしな」


 ゲイルは男にそう言うと、トビーに「ここは段差があるぞ」「次は右だ」と指示を出しながら先へ進む。トビーは一切の悲鳴や声を上げずに、ただ黙ってついていった。


 「着いたぜ」


 ゲイルはそう言うと、トビーの目隠しを乱暴に外した。トビーが目を開けると、そこは奴隷を売買するオークション会場の舞台の上だった。


 会場は、観客席が舞台を取り囲むように半円形に設計されている。舞台は使い込まれた古い木材でできており、乾いてはいるものの、過去の血や汗が染み込んだような不気味な赤黒さを帯びていた。照明は舞台を無遠慮に照らし、トビーの破れた服と擦り傷だらけの体を露呈させていた。


 この粗末で残酷な舞台とは一転し、会場を見渡すと、観客席は全て個室になっていた。ここは上級貴族のみが入ることが許された場所であり、その立場の差は一目瞭然だった。室の1つ1つは、舞台の薄汚れた様子とはかけ離れた贅沢さだった。豪華なベルベットのカーテンと眩い金色の装飾が惜しみなく施され、高価な椅子やテーブルが備え付けられた、まるで王宮の応接間のような造りになっていた。観客たちは、個室の陰に身を潜めながら、優雅に酒を飲み、舞台上の奴隷を品定めするのだ。


 トビーは、血が染み込んだような舞台の上に座らされたまま、冷たい首輪の鎖に繋がれていた。舞台の薄暗さと、上部の照明の眩しさが、トビーの疲弊した目に突き刺さる。


 会場を取り囲むように設置された豪華な個室は全部で二十席。しかし、そのほとんどは厚手のベルベットのカーテンが固く閉ざされ、中に誰がいるのか窺い知ることはできない。現在、カーテンが開いているのは、たった2席のみだった。


 トビーは、その2つの個室に座る人物に視線を向けた。


 1つ目の個室には、驚くほどに美しい女性がいた。彼女は胸元が大胆に開いた金色のセクシーなドレスを身に纏い、そのモデルのような長身の体躯を、真っ赤なベルベットの椅子に深く沈ませて優雅に足を組んでいる。彼女の髪は、まるで光を反射しているかのような長い銀色で、口元には黄金の蜘蛛の絵が描かれたセンスで隠されていた。顔は仮面舞踏会で着用するような赤の仮面で目元から上を隠しており、その表情を読み取ることはできない。そして、その女性の横には、ガタイの良い屈強な男性が、裸で4つん這いになっていた。 彼の引き締まった全身には、無数の蜘蛛の入れ墨が不気味に彫り込まれており、その筋肉質な背中が会場の照明に鈍く光る。男の首には、まるで犬のような首輪がはめられ、その首輪に繋がれた鎖は、女性が座る真っ赤な椅子の足元に繋がれていた。


 もう1つの個室には、対照的な人物が座っていた。それは、身長150cmほどの小柄な老人で、椅子に深々と座り、右手には黒い杖を持っていた。老人の隣には、ダイヤモンドなどが贅沢に埋め込まれた豪華な車椅子が置かれている。その車椅子の背もたれには、不気味な蜘蛛の刺繍が施されていた。老人も仮面舞踏会で着用するような黒の仮面で目元から上を隠しており、口元は顎から垂れ下がる白くて長い髭が特徴的だ。そして、頭には黒のシルクハットをかぶっていた。さらに、その老人の両脇には、屈強な黒服をきた男性が二人、仁王立ちしており、ただならぬ威圧感を放っていた。


 この2つの個室の美しい女性と、威圧的な老人だけが、舞台上のトビーを静かに、そして貪欲に品定めしていた。

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