第23話 信頼

 次の日、アルトは昨日と同じ時刻に職業案内所の前へと足を運んだ。心が弾むような足取りだった。昨日とは違う、希望に満ちた気持ちでアルトは職業案内所の前に立つ。すると、そこにいたのは昨日と同じように先にトビーが待っていた。


 「おはよう、トビー」



 アルトは、昨日とはちがい、弾むような声で元気に挨拶をした。その声には、昨日の一件で失いかけたトビーへの信頼が回復しつつあることの現われである。


 「おはよう」


 トビーもそれに答えるように、屈託のない笑みで挨拶を返す。その笑顔は、泥底の街の薄暗い風景の中で、ひときわ明るく輝いているようだった。トビーはアルトに昨日とは違う1枚のカードを差し出した。それは、日雇いカードとは明らかに異なるデザインだった。


 アルトは訝しげにトビーに尋ねる。


 「これは昨日とは違うようね?」

 「あぁ、これは1か月の雇用カードだ。このカードは日雇いカードと違い、受付に並ばずに直接現場に行ける便利なカードだ。多少の賄賂が必要となるが、俺もこれからは忙しくなる。お互いに少しでも手間を省いて効率よく仕事をしようぜ」


 トビーはそう言ってウインクしてみせた。アルトはトビーの細やかな気遣いに胸を熱くした。借金を返すために仕方なく自分を騙したトビーは、本当は気遣いのできる優しい少年なのだと改めて感じ取った。アルトはトビーの優しさに対して深く頭を下げた。


 「ありがとう、トビー。本当に助かるよ」

 「気にするな。当然の事をしたまでだ。俺は急ぎの用事があるので、次の現場へ行くぜ。アルト、お互いにがんばろうぜ」


 トビーはそう言い残すと、振り返ることなく急いで泥底の町並みの中へ消えていった。一方、アルトもまた、手に握られた新しい雇用カードを胸に、昨日と同じゴミ山へと向かった。心の中には、新たな希望とトビーへの感謝の気持ちが満ち溢れていた。昨日と同じゴミ山へと着くと監視員のゲイルにカードを提示した。するとゲイルは、昨日とは打って変わって、機嫌の良さそうな笑みを浮かべてアルトを迎えた。


 「今日もがんばれよ。つかれたらいつでも休憩所で休んでいいぜ」


 昨日の不愛想な態度からの豹変ぶりにアルトは驚いたが、これもトビーが事前に手を回してくれたおかげだろうと思い至った。アルトは心の中でトビーに深く感謝した。アルトは、まるでスキップを踏むかのように軽やかなステップでゴミの山を登り、作業に取りかかった。午前中だけで、数点の状態の良い食器や小物を拾い集めてゲイルに渡した。ゲイルはそれを受け取ると、さらに機嫌良さげに言った。


 「昼飯を用意したぜ、休憩室でゆっくりと休めよ」


 昨日は昼休憩も取れなかったアルトは、「ありがとう」と素直に喜び、休憩室へと入った。休憩室は、昨日までの散らかった様子とはまるで違い、驚くほど綺麗に片付けられていた。テーブルの上には、水とおにぎりが3つも用意されている。この好待遇に、アルトはさらにトビーへの感謝の念を深めた。アルトは昼休憩を終えると、再びゴミ山へと向かった。夕方にはガラクタを拾いを終え、丁寧にそれらを綺麗にした。


 夜の9時、約束通りトビーが姿を現した。彼はアルトの働きをねぎらい、昨日の売り上げの一部である銀貨3枚を手渡した。


 「アルト、この調子でがんばれば、利子どころか元本もすぐに返せるぜ」


 アルトは嬉しそうに頷いた。


 「うん!」


 トビーは一転して、どこか寂しそうに、小さな声で呟いた。


 「俺達の関係もすぐに終わると思うと、少しさびしいな」


 それを聞いたアルトは、トビーの本心だと思い、慌てて言った。


 「この前はごめん。僕はトビーがいないとやっていけないよ。借金を返しても、これからも一緒にがんばろうよ」


 その言葉にトビーは嬉しそうに笑って、「俺を信じてくれてありがとう」と言い、アルトと固く握手を交わした。


 「今後も夜にお宝を取りに来て、前日に売った分の報酬を渡すぜ」

 「うん」


 早々に借金を返せる目処が立ち、意気揚々としたアルトはトビーに教えてもらった少し高めの宿屋へと向かった。宿屋は銅貨一枚という泥底では高額な宿賃だけあり、外観こそ町並みに合わせてボロボロではあったが、中へ入ると格安の宿屋に比べれば遥かに綺麗だった。受付には、額に蜘蛛の入れ墨が入った、丸々と太った男性が座っていた。彼はアルトを一瞥すると、高圧的な態度で尋ねた。


 「お前に宿賃が払えるのか」


 アルトは、すぐさま銅貨1枚をカウンターに置いた。それを確認すると、男の表情は一変し、満面の笑顔になった。


 「どうぞ」


 男はそう言って、部屋の鍵を渡した。続いて、宿屋のサービスについて淀みなく説明を始める。


 「当店は全て個室になっています。追加で、鉄貨3枚で宿服の貸し出しと服の洗濯、鉄貨4枚にすれば朝食も付きます。シャワーは無料ですが、追加で、鉄貨2枚で大浴場が使用できます。お客さん、どうしますか?」


 今日1日の好待遇に気分が上がっていたアルトは、迷うことなく布袋から鉄貨を取り出した。


 「朝食付きプランと大浴場をお願いします」


 アルトは、合計で銅貨1枚と鉄貨6枚を支払った。


 大浴場は、泥底の宿とは思えないほど清潔に保たれていた。アルトは温かい湯に浸かり、今日1日の垢と疲れを一気に洗い流した。


 夜、アルトは部屋へと戻った。薄いせんべい布団ではあったが、一人きりの空間で、誰に邪魔されることなくゆっくりと眠りにつくことができた。明日へのさらなる希望を胸に、アルトは泥底の街の夜の闇の中で深く息を吐いた。

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