第14話 アルトの報酬

 「承知いたしました。小金貨6枚。それで話をつけましょう」


 トビーがそう結論づけた瞬間、テーブルの奥に座る初老の男性、査定担当者の態度は、先ほどまでの威圧的な強欲さから一転した。彼の口元には、初めて心からの敬意を込めた笑みが浮かんでいた。


 男性は席から立ち上がり、重厚な木製テーブルを回り込んでトビーの前に歩み出た。そして、丁寧に名刺入れから一枚のカードを取り出してトビーに差し出した。


 「改めて、ご挨拶させていただきます。私は【白金の聖櫃(プラチナ・アーク)】にて買取を任されています、クライヴ・カーライルと申します。この度は良い商談を頂戴し、誠にありがとうございます」


 クライヴ・カーライルのこの態度の変化こそが、トビーを一流の売人として認めた何よりの証だった。彼はもう、トビーを一時の怪しい売り手としては見ていない。トビーもまた、胸ポケットから名刺入れを取り出し、クライヴ・カーライルに名刺を渡した。その名刺に記されていたのは、アルトが知る【トビー】という名ではなかった。


 「よい取引をありがとうございます。こちらこそ今後ともよろしくお願いします、カーライル様。私はエドワード・フィッツジェラルドと申します」


 トビー(エドワード)とクライヴ・カーライルは、しっかりと手を握り合い、お互いの駆け引きを讃え合った。その一連の丁寧な挨拶と、立場を逆転させたかのような振る舞いを、アルトはただ口を半開きにしてぽかんと眺めることしかできなかった。


 トビーはクライヴ・カーライルと紳士的な挨拶を交わし、小金貨六枚を受け取ると、アルトを連れて買取部屋を出た。アルトは興奮が抑えきれなかった。自分がゴミ山で拾い、必死に磨き上げたあのペンダントが、小金貨六枚という途方もない金額に変わったのだ。これで泥底の借金生活からすぐにでも抜け出せると、心が浮き立っていた。 アルトが口を開いてトビーに話しかけようとした瞬間、トビーは素早くアルトの口を手のひらで塞ぎ、耳元へ顔を寄せた。


 「まだ気を抜くな、アルト。店を出るまでが商談だと知れ」


 トビーの瞳は鋭く、まるで獲物を狙う猛禽類のようで、アルトの胸の興奮は一気に冷え、極度の緊張感に襲われた。アルトは喜びたい気持ちをぐっと抑え、すれ違う店員にぎこちなく会釈をし、トビーに続いて店を出た。


 「もう、いいのか……?」


 アルトは少し怯えながらトビーに尋ねた。


 「そう焦るな。食事をしながら話そう」


 トビーは高級店が立ち並ぶ眩い通りを抜け、意図的に少し控えめな作りの通りに入った。そこには、王都の住民でも庶民が頻繁に出入りする、賑やかな料理店があった。


 店に入ると、アルトは驚きで目を丸くした。泥底の食堂とは雲泥の差だった。店内は明るく清潔で、磨き上げられた木製のテーブルが並んでいる。店員の接客態度は、泥底で見られるような乱暴さや無関心さはなく、みなにこやかで丁寧だった。王都の最低ランクの店でさえ、泥底の最高の場所より遥かに格が高かった。


 トビーとアルトが席に着くと、清潔な制服を着た店員が、優雅な仕草でメニューを差し出した。


 アルトはメニューに書かれた料理名と、その横に記された金額を見て再び驚愕した。【鉄板ハンバーグ定食:銅貨3枚】【薄切りステーキランチ:銅貨5枚】【チキンの煮込み(パン付):銅貨3枚】【本日のスープ:銅貨1枚】、この店の価格は、一食銅貨1枚から5枚で、王都では安価な部類に入る。しかし、泥底の最高の仕事の一日賃金が銅貨5枚であることを考えると、王都の食費の高さはアルトの想像を遥かに超えていた。


 アルトは何を注文すればよいのかわからずにトビーに声をかける。


 「トビー、僕の分も頼んでよ」

 「わかった」


 トビーはアルトの分を含め、二人分の食事と飲み物を簡潔に注文した。店員が席を立った後、出された冷たい水をアルトは一気に飲み干した。そして、もう我慢できないとばかりに、聞きたかったことを勢いよく口にした。


 「すごいよ、トビー!あのペンダントを小金貨6枚で売るなんて!これで僕の借金もすぐになくなるよ!」


 アルトは有頂天になっていた。トビーは運ばれてきた水に口をつけもせず、静かにアルトを見つめた。その目には交渉で見せた鋭さがまだ残っていた。そして、トビーはアルトの興奮を打ち砕く、あまりにも残酷な事実を告げた。


「アルト、よく聞け。お前の取り分は、銅貨5枚だ」

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