暴力お嬢様はツンツン乙女と友だちになりたい

上埜さがり

第1話 はじまりは問答と共に

 ある大陸のとある国。その辺境に位置する領地の豪奢な屋敷の一室にて、一人の男と一人の乙女が視線を交わしていた。


 屋敷と同じくやはり豪華な作りの椅子に腰掛ける男はこの辺境の主だ。大柄な体格に見合うだけの骨太な骨格を有し、服の袖から垣間見える前腕ですら隆々として巌のような筋肉に覆われている。東の地にこの男ありと謳われる偉丈夫は、やはりこの日この時も強者としての圧を発しては、睨めつけるように乙女を眼差しで射抜いていた。



「ルヴィオラよ、何故強者たらんとする」



 身が竦みそうなほどに低く、獅子が唸る様な声だ。心弱き者であれば聞いただけで震え上がり慄き、あるいは卒倒してしまいかねない様な、絶対的存在である事を示す声だ。


 その声を正面からぶつけられた乙女は……りとて泰然自若といった立ち姿を崩さず、さらには微笑みを浮かべる余裕を見せて、己の全身を打ちつける様な圧に応えた。



「我が五体に流れる血が、より貴きを望むが故」



 ルヴィオラと呼ばれたその齢十五の乙女は支配者たる男の一人娘であった。艶やかな赤いドレス姿の彼女は、目の前の大男の血を引くとは思い難い可憐なかんばせを有する、まさに辺境の華と呼ぶに相応しき令嬢だ。


 シニヨンで纏めたルビー色の髪は艶めき、つんとした目に宿るのはトパーズを思わせる輝かしき黄金色の瞳。彼女を見れば誰もが目を奪われ懸想けそうするであろう事は想像に難くない確かな美を、この国においての成人を迎えたばかりの彼女はすでに有していた。


 そして彼女を彼女たらしめんとするのはその“太さ”だった。当然のこと、彼女の身体つきを指して太っているというわけではない。ごつごつと筋肉が強調されているわけでもない。


 身の丈凡そ百六十センチメートル程の肉感ある肢体はどこをとってもたおやかな曲線を描いており、いかにも柔らかに見えるそれはたわわに実った果実にこそたとえられるだろう。


 しかし、彼女に流れるハーティア家の血と狂気の鍛錬によって鍛え上げられた白い皮の向こうに潜む“肉の圧力”が、彼女自身とそのに特有の“太さ”を生み出していた。そしてそれこそが髪や瞳の色以上にありありと、目の前の男との血縁関係を物語っていた。



「ルヴィオラよ、何故貴く在ろうとする」



 再び、男が獅子の様な声で訊ねた。声色には先程をゆうに上回る剣呑さが込められており、返答の如何いかんでは、有無を言わせず乙女の未来が決まるであろう事を想像させる。



「我が身はの誰よりも“力”宿すが故」



 しかしルヴィオラは、そんな父の圧力すらまるで微風そよかぜの様に受け止め、噛み砕き、呑み込んではさらりと応えてみせる。


 ルヴィオラは理解している。否、直感しているのだ。たとえ父が大陸無双とうたわれる武力で以って牙を剥こうとも、己であればさして問題はないであろうと。……むしと、無意識下では期待すらしていた。



「ならば、我が娘ルヴィオラよ」



 いよいよを以って父の圧力は頂点に達した。その部屋の至る所が軋み、窓にはひびが入り、近くの木に留まっていた鳥たちは我先にと飛び立っていく。屋敷で働く数十の侍従たちは身体を刺す様な悪寒に襲われ、中には粗相をする者すら出始める。


 しかし、ルヴィオラはやはり変わらない。何か愉しい事が起きるのではないかという期待に、ただでさえ豊かな胸をさらに大きく膨らませて、その時を待っていた。


 そして。



「……何故、“学園”に征くのだ」



 この場における、核心たる問いが父の口からまろび出て。



「……お友だちを作るためですわ、お父様」



 ルヴィオラは赤色の髪をふわりとゆらし、華のような笑顔をその場に咲かせた。






 エンジェリン英傑学園。魔物跋扈する大陸にて、その脅威を退け人民の安寧を守護する“英傑”を育成する為、身分を問わず近隣各国の有力な子女を募り育む教育機関。


 貴族、騎士、冒険者等の間では、通う事も一つのステータスになり得るほどに名の知られたその学園に通う生徒は、皆そろいの白を基調とした学生服に身を包んでいる。


 季節はもうすぐ夏を迎えようとするこの日、歴史を感じさせる趣ある校舎の片隅にて、白き制服を身に纏う生徒たちが教員の目を盗む様に集い……そして、二人の生徒を囲んでいた。


 取り囲むガラの悪そうな男子生徒たちのうち、一際体格の大きい男子ががなるように声を上げた。



「……ジャマすんじゃねぇよ、どこの誰だかしらねぇが」



 その声に当てられて、二人のうちの一方は小さな身体をびくりと跳ねさせ、怯えたように身を竦める。その少女こそ、柄の悪い彼らのであり、ある意味で本来この場の主役であった。


 しかしが現れた限り、その主役の座は明け渡す事になる。そう、彼女とは——



「——お初にお目にかかります。ルヴィオラ=ハーティアと申します。以後、お見知り置きを」



 赤い髪を差し込む木漏れ日にて照らし、優雅なカーテシーを披露した彼女。ルヴィオラもまた、この春に学園へ入学した新入生の一人だった。


 着慣れたドレスを脱いで、暴力的なまでの身体つきをブレザーと丈の短いスカートの白い学生服で覆い隠したルヴィオラは、シニヨンからこぼれたルビー色の髪を指先で耳にかけながら夜空に輝く満月の様な瞳で男子生徒を見遣る。


 彼女の目の前に立つ男子は腕章の青色を見るに上級生であり、そうでなくても上背が彼女よりも高い為、威圧感に溢れている。


 しかしルヴィオラは、そんな生徒の睨みを受けて尚自然な佇まいで、男子たちと少女の間に立っていた。



「名前なんざどうでもいいんだよぉ! ジャマすんじゃねぇよって言ってんだ!!」



 彼の視点に立てば、弱々しく大人しい女子生徒を捕まえてに耽ろうとしていたところに突如として現れたルヴィオラ。


 確かに、一眼見れば女性としての魅力に溢れた彼女の容貌には惹かれるものがある。煌めく様な赤髪、白く整った顔立ち、大きく張り出した胸。それらは情欲を掻き立てるに十分以上な色気があるからだ。


 しかし、多数に囲まれながらも意に介さない立ち振る舞いがであり、結果色欲よりも苛立ちを募らせた彼は荒々しい声を一層ドスを効かせ、排除することを選んだのだ。


 しかしそんなものは、ルヴィオラにとっては仔犬が吠え立てるようなもので、声量の大小はあれどその身を竦ませるに足るものではなかった。



「邪魔などとは、とんでもございませんわ?」


「あぁ?! どう考えたってジャマだろうがよぉ?!」


「わたくしはただ、皆さまがお集まりにて、きっと楽しい事をされるのだろうと思いました。故に差し支えなければ末席に加えていただけないかと参じたのです」



 そういってルヴィオラは口元に小さく笑みを浮かべる。彼女としては至って自然な、友愛の情を示す仕草。


 だが、邪魔をされたと思う男子にとっては、挑発にもとれる微笑みに、怒りが一瞬にして頂点に達する。



「あぁ?! 舐めてんのかよ?!」



 そう言って胸ぐらを掴まれては、ルヴィオラは少しだけ驚いたように目を丸くして、自身の胸元に伸びる腕を見た。



「まぁっ。乙女の胸元に手を伸ばすのは、如何に身分の区別なき当学院においても些か無作法なのではないですか?」


「テメェがそこにいるからだろうが!」


「……なるほど。この場に立った時、既に遊びは始まっていると」



 どこかずれたやりとりを交わしながら、ルヴィオラは一人の得心したように頷いて、自身の背後に隠れる様に立つ少女にちらりと目を向ける。



「もし、そこのあなたさま?」


「……は、はい。私ですか?」


「ええ。差し支えなければ、わたくしが先にお相手仕ってもよろしいでしょうか?」


「……え、え? でも、あ、危ないです。そんなことは……」



 きっと少女は心優しいのだろう。だからこそ、自身を庇う様に立つルヴィオラへその言葉をかけた。そしてルヴィオラもまた、彼女の優しさに喜んだ。……と、どこか解釈をして。



「これは“力比べ”ですわね? ふふふ、実家にいた頃はよく嗜んでおりましたの」


「た、嗜んでた? そういうのじゃ」


「何をごちゃごちゃ言ってやがる!!」


「“ハーティア家に弱卒なし”。それは、娘であるわたくしも同様なのです。……それっ」



 それは一瞬の出来事だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る