CAVE

Brightlight

Ep.1 洞穴

空気を突き破る銃弾。


それが現実。

今の現実。


職を失うことへの恐怖。


それも現実。

これからの現実。


彼らを囲むのはコンクリートの森。

ここからは出られない。

逃げられない。


サムは震える手で玄関の鍵を開けようとし始めた。

上手くいかない。

湿った手が震える。

古びた豆電球がチカチカする。


逃げなくちゃ!俺は失業者なのだ!!

失敗は許されない。

それが現実。

ここの競争(資産主義)の現実。


胸がしめつけられるようで苦しい。


サムはなんとか鍵を差し込んで、回すと、ドアを勢いよく開けた。

この音で隣人を起こさないと良いけど…


中は真っ暗だ。

玄関には子供の靴が散らばっている。

その横にはゴミ袋が数個置いてある。


耳鳴りがする。

サムは自分でも気付かないうちに駆け出していた。

そしてテーブルの上に置いてあるバッグを掴むと、中に服や食料などを無我夢中で積み込み始めた。


サムは荷物を詰みこみ終えると、焦るようにバッグを玄関に投げた。


そしてリビングルームに駆け込んだ。

ソファの上では2人の子供がスヤスヤ寝ている。

この部屋には、彼ら全員が寝るためのソファしかなかった。

2人ともボサボサの茶髪だ。


サムは彼らを必死に揺さぶり始めた。

長男が戸惑ったような表情で目を開けた。

「パパ…?」


サムは目に涙を浮かべながら、頷いた。

「そうだよ…ビリー」


「ど、どうしたの?」


末っ子も目を覚ました。

「どうしたの…?」


サムは彼を震える手で優しく抱き抱えた。

「大丈夫だよ…ディーン…今から逃げるの」


「どうして?」


サムは何も答えずにビリーのことも抱き抱えた。

「とにかく心配しないで…逃げられるから」

逃げられない。誰も。

でも彼は知らない。知らない…


サムは2人の子供を抱き抱えると、バッグを肩にかけた。

そして家を出た。


雪が降っていた。足跡が残ることが怖かった。

残ったら、追いつかれる。

雪を踏むたびに靴の中が濡れた。


走った。

とにかく走った。


町は真っ暗だ。

光源は道路を灯す街灯だけ。

街灯に照らされた街は雪で金色に輝いている。

恐怖と同じ甘い香りの静けさが漂っている。


空気は乾いていて、冷たい。

その冷たい空気は肺を刺す。


サムは街灯の光を避けながら走った。

ビリーが彼にぎゅっと抱きついた。

「僕…怖い」


サムは微笑んだ。

もしかしたら、バレずに逃げられるのかもしれない…

息が苦しい。とても苦しい。

「大丈夫だよ、ビリー」


息を吐くたびに口の周りに白い霧ができる。

マフラーを巻いている首の周りは汗でびっしょりだ。


その時、全てが真っ白になった。

真っ白な光。

サーチライトの光。

目をぎゅっと閉じて、子供達をもっと強く抱きしめながら立ち止まった。

クソ…警察のドローンに見られていたのかも。


「動くな!お前らは包囲されている!」


逃げられません。ここからは誰も逃げられません。

財産が1000ドル以下になったには普通に生きる権利がありません。


光が眩し過ぎる…

サムは痛くても、目を開けた。


そしてありったけの声を振り絞って怒鳴った。

「お前らはクソ野郎だ!何が市民を守るだ!?」


目からは涙が溢れ出してくる。

情けない姿…

子供に見せたくなかった姿…


「お前らは自分のことしか考えない!最低だ!人間の心を取り戻せ!クソ金持ちの犬がー!」


とにかく叫んだ。

たくさん叫んだ。

喉が枯れるまで。


警察は…何も言わないのか?


「俺らにも家族がいる…」

冷たい声がコンクリートの建物の間に響いた。


そうだね…そうだ…みんなには守りたいものがある…

でも、でも!彼らが強かったら、俺らは護られただろうに…



ディーンは飛び上がった。

身体は冷や汗で濡れている。

呼吸がしづらい。自分はどこにいる!?

上はどこ?それとも下?

目の前がぐにゃりと歪んで、天井なのか床なのかもわからない。

Cave…洞穴


…そうだね


Cave…


彼は洞窟のような場所にいる。

彼の部屋。

海から流れてくる風がカモメと一緒に歌って、曲を奏でている。

いつも聞こえる美しい演奏。


彼は外に繋がる、小さな窓のような穴から海を見た。

太陽も彼と一緒になって起きたのか、空はまだ暗い。

波打つ海は太陽に照らされて、黄金色に輝いている。


右の頬が疼く。

ディーンは無意識に左手を頬に押し当てた。

おかしいよね?

怪我はないのに?


ディーンは髪の毛をかきあげると、ヒビ割れた鏡で顔を写した。

右の頬に大きな傷跡がある。


新しいに従わなかった結果だ…


「うわあーーーーー!」

子供の泣き声が聞こえてくる。


ディーンは1人で苦笑いをした。

(そろそろかあ…)


彼はピストルを腰のベルトにかけると、ほし草ベッドから起き上がった。


壁には痰で描かれた子供の絵がたくさんある。木に馬や鳥…そしてディーン…笑顔で子供達に囲まれている。


ほし草で寝るのが快適って言ったやつの顔を見てみたいものだ。

チクチクして、身体中が痒い。


ここは特別だ。

特別な場所…

通称Cave(洞穴)


海の近くの真っ白な断崖の中には沢山の洞窟があった。

偶然発見した場所。


窓のような穴もあるおかげで、空気を吸えるし、明かりがある。(雨の時に水浸しになる)


しかも一番奥の部屋(空洞)には湧き水が出るところがある。

ここにいる限り、死ぬことはない。少なくとも、今は。


ディーンは、ダイニングエリア(?)に入った。

ここをそう呼ぶべきに違いない。

すると、頭をぶつけてしまった。

目の中で火花がかすかに散り、視界が微かに揺れた。

自分の背が伸びていることをいつも忘れる。


ここにはテーブルのような大きな平らな石がある。

だからダイニングエリアだ。

本当に助かる。


ディーンが入った時、子供達の声は消えた。

彼は自分に無数の視線が向けられるのを感じた。


「おはようございます、リーダー!」


ディーンは顔を上げた。

目の前には茶髪の14歳くらいの少女が立っている。

顔には丸いメガネをかけている。


「おはよう、ミア…そんな呼び方じゃなくても良いんだよ?」


ミアは子供達の間でのリーダーだ。


「でも…年上には敬意を込めないと…でしょ?」


もし、マットやディーンに何かがあったら、この子が皆を見るのだろう…誰よりも冷静で、皆に信頼されている。


マットがクスクス笑いながらダイニングエリア(?)に入った。

「別にどんな呼び方でも構わないじゃないか?」


彼のブロンドの巻き毛はいつも以上に変な方向に飛んでいる。


ミアはマットを見た。

「おはようございます、副リーダー!」


マットはふくれっ面をしながら、キッチンに戻ってしまった。


次はディーンの笑う番だ。

「ははは!よく言ってくれたな、ミア!それより、三つ編みを編んであげようか?」


ミアの顔は喜びで輝き出した。

「お願いします!」


ディーンはミアの後ろに座ると、彼女の髪の毛を編み始めた。

彼女の髪には少し油分が残っていた。

重曹とかが切れてきたからな…


ディーンは髪の毛をまとめるために少しだけ力を入れた。

最初はできなかった。

でもしていくうちに上手くなってゆくものだ。


すると、2人の少年がカバーのついた戦闘用の刃物を振り回しながらダイニングエリアに飛び込んだ。

「この戦いでは俺が勝つ!!」


「だめーーー!僕が勝つ!」


ジャックとナイジェルだ…


ディーンは手を止めると、ため息をついた。

そして怒鳴った。(これが子育てというものだ)

「今すぐにやめなさい!!家では刃物で遊んではいけない!外での時にすることだ!」


ナイジェルが舌を出した。

「ベーだ!知らないもん!僕はミッションに行かないから!!」


ディーンは口角だけを引きつらせて、無理やり笑った。

「それは君らがまだ小さいからだ」


ジャックが叫んだ。

「でもミアは連れていくんだよ!?」


「ミアは君らより3年も年上だ」


横でミアが鼻で笑った。誇らしさと少しの照れが混ざったような音だった。


赤毛の双子は笑いながら、違う部屋に行ってしまった。

ディーンは微笑んだ。

本当にめんどくさい双子だ。


「うわあああー!」

また誰かがダイニングエリアに飛び込んできた。


キャロルだ。


ディーンは呆れた顔を上げた。

「今度はどうしたの?」


キャロルは自分の肌を指差した。

「また、ナイジェルにって呼ばれたの!」

キャロルは唇を震わせながら、目を潤ませていた。


彼女は私たちのグループの中の肌が黒いトーンの子だ。

彼女にとっては普通としてみられるのが非常に大切である。

今の彼女でも素敵なのに。


「キャロル…君の肌の色や髪の毛は素敵だよ。あいつらは羨ましいんだ」


「どこが!?」

キャロルは自分のクルクルの頭を指差した。まるで彼女の頭に何か恐ろしいものでも乗っていると思い込んでるかのように目を見開いて…


「えーと、彼らは酷い日焼けをするの!君とは違って」

(他にも何を言えば良いの!?別にみんなは同じく普通なのだから…)


「はー!?」

キャロルは彼を睨んだ。


ディーンは汗が噴き出すのを感じた。

「あ、え、えーと…日焼けは痛いんだ」


「はあああー!?」


「き、キャロル…落ちついて…」


ミアはクスクス笑っている。


その時、ダイニングエリアにディーンの救いの使のマットが戻ってきた。

(彼は本当に輝いていた!まるで朝焼けの中を歩いてくる英雄のように)


「ディーン!物資についての情報が入った!」

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