どうしよう、このままでは本当に世界を救ってしまう!
南賀 赤井
プロローグ
暗黒大陸の最深部に位置する「不滅の魔王城」。その威容を誇る玉座の間で、魔王ヴァルザークは、燃えるような紅い眼差しを遥か彼方の人間界に向けていた。
「勇者、か。また始まったか、人間どもの愚かな抵抗が」
ヴァルザークは、従者に差し出された深紅のワインをゆっくりと味わう。報告によれば、異世界から召喚された勇者は一人。その程度の戦力、魔王軍の前線に立つゴブリンの群れにも及ばない。
「勇者一人ごとき、我らが本格的に攻め込むまでの時間稼ぎにもなるまい。せいぜい、名誉の戦死でも遂げれば本望であろう」
ヴァルザークは、自らの強大な力と、千年続く魔族の歴史を信じ、高らかに笑った。世界は、彼の支配を受け入れる以外に道はないと。
しかし、その傲慢な笑みは、数日後の悲鳴のような報告によって一瞬で凍り付いた。
「ま、魔王様!信じられぬことに、勇者が五人に増えております!しかも、彼らはすでに、召喚直後とは思えぬ練度で魔族の偵察隊を壊滅させました!」
五人──。それは、ヴァルザークの想定を遥かに超える数字だった。召喚魔術の常識を覆す異常事態に、ヴァルザークの心臓は激しく波打った。一人なら雑魚。二人でも脅威ではない。だが、五人が連携すれば、それは一つの軍団に匹敵する。このまま放置すれば、人間どもに希望を与え、魔王軍の進軍を阻害する、厄介極まりない障害となるだろう。
「くそっ、このままでは不味い!奴らが成長しきる前に、潰さねばならぬ!」
ヴァルザークは玉座から立ち上がり、激情に駆られた。正面からの大規模戦闘は避けたい。無益な被害は出せない。最善の策は、彼らが団結する前に、内部から崩壊させることだ。
彼は膨大な魔力を完璧に制御し、精悍な顔立ちの人間の姿を模した。名は「ゼノス」。そして、勇者たちが集まる王都の冒険者ギルドへと単身、潜入することを決意する。
不安と焦燥、そして魔王としての意地を胸に、彼は人間界の光の中へと踏み出した。
王都のギルドの扉を潜り、受付の前に立った「ゼノス」。完璧な偽装のはずだった。
「ゼノス様...。もしかして、あなたが...六人目の勇者様ですか!?」
受付嬢の瞳は、尊敬と期待で輝いていた。
「これで、勇者様は六人!魔王討伐も時間の問題ね!」
魔王ヴァルザークは、内心で絶叫した。何たる誤算。彼を待ち受けていたのは、敵の核心部に潜入できたという安堵ではなく、最も嫌悪する「勇者」という称号を押し付けられ、最前線へ放り込まれるという、絶望的な展開だった。
こうして、魔王ヴァルザークの、偽りの勇者「ゼノス」としての、長く苦しい冒険が始まった。
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