最強の風使い、美少女にだけ勝てない

羊乃AI

第1話 最強の風使い、学園都市に君臨

「忘れるな……孤独を愛する者は、気配を制す。気配を制する者は、風を制する。そして風を制した者は――世界を制すのだ」

 その声とともに、全身にふわりと風がまとわりつく。どこまでも自由で、どこまでも孤独な風。

「我らが孤高独断流の風を身に着けたお前は、今や世界最強だ。

証明せい……お前の力で、誰が世界の支配者か知らしめてやるのだ」


「もうじきバランティアに着くぞ」

ふと声をかけられ、その少年はふと目を覚ました。

すれ違えば見失うほど、どこにでもいる容姿。しかしその目の鋭さだけは、彼がただ者ではないことを証明していた。


馬尾妖霧ばお・ようむ――15歳。

魔力を使って戦う「マナ使い」の中でも、最強の風魔法使いと恐れられた存在。ここ現代日本を、恐怖の渦に陥れた張本人。

妖霧は今まさに、マナ使いたちが集う学園都市バランティアへと護送されている最中だった。


護送用のトラックは、外からロケットランチャーを浴びても耐えられるほどに丈夫だ。それに鎮圧用のショットガンを持った兵士が四人、彼をにらむようにして座っていた。

四月下旬だというのに、窓の外はどんよりとした灰色。鉄格子つきの車内には、沈黙が満ちている。

向かいの席では、新堂王次しんどう・おうじが書類をめくりながら微笑んでいた。

このむかつくほどに完璧で最強の美少年は、妖霧を何とか生きてバランティアに収容した立役者でもある。


「妖霧……一応このぼくが、きみが暴れて逃げ出さないように監視しているわけだが?」


「どうも、チート能力者くん。お前とやり合ってから、逃げ出す気力なんて、もうなくなっちまったよ」


「そうか。なら安心だ」


妖霧は本心からそう言ったが、新堂は軽くあしらうように笑った。日本の中でもチート級のマナ使いであり、この都市を支配している天才少年。

聞くところじゃ、彼は日本で唯一の異世界転生者でもある。


「まあいい。きみはあの悪名高い、『孤高独断流』の正当な継承者の一人。

きみのせいで、要人もやられて日本政府は一度転覆てんぷくしかけた。しかも直接手を下していないとはいえ、何人か最終的に死者を出している。

本来なら処刑だが、きみたちを怒らせるのを世界が怖がっている。それで、このバランティアに収容されることが決まったというわけだ」


「そりゃ、ありがたいね。で、この学園都市でおれは何をすればいい?」


「好きなことをすればいい。きみは何せ、この学園都市じゃすでに最強の風使いと評判だ。みんながきみを待ちかねている」


新堂がそう言った途端、護送車が止まった。


「ようこそ、学園都市バランティアへ。歓迎するよ」


護送車の後ろが開いたかと思うと、一人の少年が入って来た。

女の子と見間違うほどの端麗な容姿だが、目元にはくまができている。それに自分の身の丈ほどある、巨大な太刀を手にしているのがわかった。


「それじゃあ、ぼくはこれで。この後は、きみの愛弟子である刀真くんが面倒を見てくれるよ」


新堂が席を立って車から出ると、一礼をしたその美少年が代わりに車に入った。

妖霧は一応彼のことを知っている……斬谷刀真きりたに・とうま。妖霧が昔指導してやった、同じ風マナ使いの少年だ。


「兄貴、お久しぶりです。この日をぼくたちマナリーグ運営部も、とても楽しみにしていました」


「……ああ。元気そうだな、刀真」


刀真が乗り込むと、護送車は再びゆっくりと学園都市に向けて発進した。


「だいたいのことは、新堂さんから聞いたかもしれませんが……早速マナリーグ本部から、兄貴を『風の四天王』として特別スカウトする話が来てます。

すでに最高級マンションの一室を手配し、兄貴には大金も準備しています。風の四天王ともなれば、おっしゃっていただいたものはほとんど何でも調達できるかと」


「へぇー。ずいぶんと気前がいいんだな。

その風の四天王?ってのには、そんなすぐになれるものなのか?」


「はい。兄貴は何せ、世界最強の風マナ使い。

いきなり四天王の座についたところで、誰も文句はありません」


嬉しそうに刀真がそう言った瞬間――トラックの屋根が派手な音を立てて、爆ぜ飛ぶ。


「襲撃だ! 鎮圧しろ!」


護送していた兵士たちが叫び、武器を手にしてトラックから降りる。


「何の騒ぎだ?」


「すみません、兄貴……実は今の『風の四天王』が、兄貴がこの都市にやって来ることを知って……襲撃に来たようです。

立場が脅かされるって、そう思ってるんでしょう」


申し訳なさそうな表情をして、刀真が巨大な太刀をぎゅっと握りしめる。


「ぼくが何とか時間を稼ぎますから……兄貴はマナリーグ本部の方に、逃げてもらえませんか?」


さらに風の一陣が巻き起こり、護送車のドアが破壊される。


「逃げる? なんでこのおれが、逃げなきゃならん」


そう口にしながら、妖霧は車の外にぬっと顔を出した。


「しかし、兄貴――」


「ケンカを売られたのは、このおれの方だ。死なない程度に相手してやるのが、礼儀ってもんだろ」


妖霧はこきこきと肩を鳴らしながら、ゆっくりと立ちふさがる五人のマナ使いの前にやって来た。


先頭に立っていたのは、長身の金髪男――派手な柄シャツを着た、いかにもなチンピラだ。


「あいさつもなしに、マナリーグ直行とは寂しいじゃないか。

最強の風使いさんよお!」


その金髪男は手にしたナイフをちらつかせたまま、話を続ける。


「おれは、風の四天王・百々島鮫明とどしま・さめあき……


「なるほど……お前が風の四天王か? 弱いくせに、大口叩くやつは嫌いじゃない」


妖霧はゆっくりと風の四天王たちに近づく。彼は余裕の笑みさえ浮かべていた――周囲の空気が恐ろしいほどのなぎに変わる。

それは刀真や護送として控えていた兵士たちからしても、異様なことだった。無意識に後ずさりする。


「お前ら! このモブ顔野郎をぶち殺せ!」


風の四天王・百々島が側近の3人にそう命令する。

妖霧はゆったりと、静かに武の構えを見せる。それが最後通告だと言わんばかりの態度だ。


「孤高独断流――いんの気配」


「死ねや!」


風の四天王、百々島のナイフの一撃がひらめく。

そのスピードは、人間の目では到底追えないような神速の一撃だ。

しかし百々島がナイフを突き出す前に――妖霧はその目の前に、テレポートしていた。

いや、テレポートしたのではない……妖霧の気配が一切消えたことで、百々島には突然目の前に現れたように見えたのだ!


「ぐぇっ?!」


妖霧は百々島の喉仏を、右の親指で圧し潰していた。

とんでもない一撃で、百々島はその場に倒れこみ、嘔吐おうとする。


「覚えておけ。マナ使いの体術ってのは、呪文の代わりに呼吸を使う。

だから喉さえつぶしてしまえば、それで終わりなんだよ」


妖霧はひざまずく百々島に向かって、吐き捨てるように言った。


「風の四天王が、こんな一撃であっさりと……」


「こいつ、化け物だ!」


「逃げろ! 勝てるわけない!」


百々島の手下は、彼を抱えて我先に逃げ出した。

妖霧は追うことはせず、ただ情けなく去っていく百々島たちを眺めていた。


「結局……派手に四天王とやり合っちゃいましたね」


「だからだいぶ最小限に、地味に倒してやっただろうが」


刀真が深くため息をつく。


「この場に応援が駆け付けられると、厄介です。ぼくが何とかしますから……兄貴は先に、マナリーグ本部へ向かってください」


「おい、無茶言うな。おれはここに来たばっかりだ、マナリーグ本部の場所なんてわからないぞ」


刀真は一番大きなドーム状の建物を指さした。


「あれですよ……どんな方向音痴でも、あれなら見失わないでしょ」


「えー? 歩いてあそこまで行けってのかよ」


「それと。まだ兄貴の噂を聞いて、探し回っている残党がいると思います。

『陰の気配』で姿を消して、向かってくださいね」


「だー、もー面倒くさいな。わかったよ、もう」


文句を言いながらも妖霧は、渋々そのドーム状の建物を目指して歩いた。

陰の気配――百々島を瞬殺したその技で、妖霧は騒ぎの中心から完全に姿を消す。

学園都市の上空に浮かぶ透明なドーム、その向こうに、無数の塔と光のラインが走っている。


「バランティアね……退屈しない都市だ」


狭苦しい裏路地を通りながら、妖霧は息を吐いた。

何にせよ、今の彼を探知できる者は誰もいない――最強の風のマナ使いは、もはや犬や監視カメラにですらその姿をとらえられないのだ。



「あの……きみが、最強の風使い?」


突然少女の声がして、妖霧はぴたっと足を止めた。

振り返ると、そこに立っていたのは――ほのかなピンク髪に青い瞳の、美しい少女だった。

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