【掌編】事故物件の正しい使い方
灰品|どんでん返し製作所
事故物件の正しい使い方
私の名前は、
過去に辛い出来事があって、長い間、生きる意味を見失っていた。
けれど、ようやく人生の目的を見つけた。
それは――。
私にとって理想の男性と出逢い、結婚すること。
そのために、私は何度も整形手術を受けた。
理想の相手と結ばれるためなら、それくらい安いものだ。
そして現在、私は、
とあるマンションの一室で、穏やかな日々を送っている。
この部屋を見つけたのは、私だ。
夫は仕事が忙しいから、物件探しも契約も引っ越し手続きも、すべて私がこなした。理想的な物件だったから、逃したくなくて、すぐに入居を決めた。
幸せな新婚生活がスタートした。
けれど、二ヶ月後、夫は「新しいプロジェクトで重要な役割を任されたから」とのことで、帰宅時間が遅くなっていった。帰ってこない日も、たびたびあった。
やがて、夫の様子に異変が生じ始めた。
顔色が日に日に悪くなった。夜中にうなされたり、吐いたりすることが続いた。
医者に相談してみたが、原因は分からなかった。
私は「働き過ぎじゃないの」「少しは休んだら」と言ったが、夫は「大丈夫だから」と頑なだった。
玄関で夫を見送った私は、独りで部屋を見回す。
この部屋に来てから、夫の様子がおかしくなっている気がした。
そんなある日、夫が、オカルト好きの後輩から聞いたという話を持ち帰った。
「この部屋、事故物件らしいんだよ」
十年前、この部屋に住んでいた新婚夫婦が、夫の浮気をきっかけに悲惨な最期を迎えたらしい。
怒り狂った妻が夫を道路に突き飛ばし、トラックに轢かせた。夫は苦しみながら息を引き取ったそうだ。
そして妻は、ベランダから飛び降りた。
私たちが住む、八階のこの部屋から、身を投げたのだ。
以来この部屋には、飛び降りた妻の霊が棲み憑いている、と噂されている――。
「五年前と三年前、ここに住んでいた夫婦の旦那が、事故で死んだらしい。妻の方は、事故以来、行方不明なんだって……」
私たちは、なるべく早く引っ越そうと決めた。
だが、翌晩、夫が車に轢かれてしまった。
その場に居合わせた、夫の後輩によると、「自分から急に、道に飛び込んだようだった」という。
病院で医師は静かに首を振った。
「助かる見込みはありません」
私は両手で顔面を覆った。
ベッドの上で苦しむ夫の傍らに、彼の鞄が置かれている。
鞄からクリアファイルの角がはみ出していた。なんとなく取り出してみると、そこには新聞紙や週刊誌、ネット記事などの切り抜きが入っていた。
『事故物件! ○○市マンション呪い事件』
『新婚の夫の不可解な死』
『行方不明の妻は何処へ?』
言うまでもなく、私たちの家にまつわる記事だ。
中には、当事者の名前が実名で記載されているものもあった。
死んだ二人の夫。その妻の名前に、赤いペンで丸印が付けられている。
二人の妻は、名字が異なるが、下の名前が同じだった。
夫は真相に辿り着いたようだ。
さすが、良く働く人だと思った。
夫の唇が微かに動いた。
「お前……もしかして……」
私はそっと微笑んだ。夫の耳元で囁く。
「アナタ、車に轢かれたとき、どうして後輩の女の子と一緒にいたの? 残業って言ってたのに。ねえ、どうして、事故に遭った場所は、その子の家の近くなの?」
夫は目を見開き、しばらく苦しんだ後に、そのまま動かなくなった。
真夜中、私は帰宅する。
時が止まったかのように、静まり返った部屋を見つめる。
深い暗闇に向かって、呟く。
「また、ちょうど良い人を連れてくるね――お姉ちゃん」
私は長い間、生きる意味を見失っていた。
けれど、ようやく人生の目的を見つけた。
私にとって――姉にとって、理想の男性と出逢い、結婚すること。
そのために、私は整形手術を受ける。ご近所さんにバレないように。
理想の相手と結ばれるためなら、それくらい安いものだ。
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