【掌編】事故物件の正しい使い方

灰品|どんでん返し製作所

事故物件の正しい使い方

 私の名前は、神崎かんざきシオリ。二十八歳。

 過去に辛い出来事があって、長い間、生きる意味を見失っていた。

 けれど、ようやく人生の目的を見つけた。

 それは――。

 私にとって理想の男性と出逢い、結婚すること。


 そのために、私は何度も整形手術を受けた。

 理想の相手と結ばれるためなら、それくらい安いものだ。


 そして現在、私は、神崎一輝かんざきかずきの妻となることができた。

 とあるマンションの一室で、穏やかな日々を送っている。

 この部屋を見つけたのは、私だ。

 夫は仕事が忙しいから、物件探しも契約も引っ越し手続きも、すべて私がこなした。理想的な物件だったから、逃したくなくて、すぐに入居を決めた。


 幸せな新婚生活がスタートした。

 けれど、二ヶ月後、夫は「新しいプロジェクトで重要な役割を任されたから」とのことで、帰宅時間が遅くなっていった。帰ってこない日も、たびたびあった。


 やがて、夫の様子に異変が生じ始めた。

 顔色が日に日に悪くなった。夜中にうなされたり、吐いたりすることが続いた。

 医者に相談してみたが、原因は分からなかった。

 私は「働き過ぎじゃないの」「少しは休んだら」と言ったが、夫は「大丈夫だから」と頑なだった。

 玄関で夫を見送った私は、独りで部屋を見回す。

 この部屋に来てから、夫の様子がおかしくなっている気がした。


 そんなある日、夫が、オカルト好きの後輩から聞いたという話を持ち帰った。

「この部屋、事故物件らしいんだよ」


 十年前、この部屋に住んでいた新婚夫婦が、夫の浮気をきっかけに悲惨な最期を迎えたらしい。

 怒り狂った妻が夫を道路に突き飛ばし、トラックに轢かせた。夫は苦しみながら息を引き取ったそうだ。

 そして妻は、ベランダから飛び降りた。

 私たちが住む、八階のこの部屋から、身を投げたのだ。

 以来この部屋には、飛び降りた妻の霊が棲み憑いている、と噂されている――。


「五年前と三年前、ここに住んでいた夫婦の旦那が、事故で死んだらしい。妻の方は、事故以来、行方不明なんだって……」


 私たちは、なるべく早く引っ越そうと決めた。

 だが、翌晩、夫が車に轢かれてしまった。

 その場に居合わせた、夫の後輩によると、「自分から急に、道に飛び込んだようだった」という。


 病院で医師は静かに首を振った。

「助かる見込みはありません」

 私は両手で顔面を覆った。


 ベッドの上で苦しむ夫の傍らに、彼の鞄が置かれている。

 鞄からクリアファイルの角がはみ出していた。なんとなく取り出してみると、そこには新聞紙や週刊誌、ネット記事などの切り抜きが入っていた。


『事故物件! ○○市マンション呪い事件』

『新婚の夫の不可解な死』

『行方不明の妻は何処へ?』


 言うまでもなく、私たちの家にまつわる記事だ。

 中には、当事者の名前が実名で記載されているものもあった。

 死んだ二人の夫。その妻の名前に、赤いペンで丸印が付けられている。

 


 夫は真相に辿り着いたようだ。

 さすが、良く働く人だと思った。

 夫の唇が微かに動いた。

「お前……もしかして……」


 私はそっと微笑んだ。夫の耳元で囁く。

「アナタ、車に轢かれたとき、どうして後輩の女の子と一緒にいたの? 残業って言ってたのに。ねえ、どうして、事故に遭った場所は、その子の家の近くなの?」


 夫は目を見開き、しばらく苦しんだ後に、そのまま動かなくなった。



 真夜中、私は帰宅する。

 時が止まったかのように、静まり返った部屋を見つめる。

 深い暗闇に向かって、呟く。


「また、――


 私は長い間、生きる意味を見失っていた。

 けれど、ようやく人生の目的を見つけた。

 私にとって――姉にとって、理想の男性と出逢い、結婚すること。


 そのために、私は整形手術を受ける。ご近所さんにバレないように。

 理想の相手と結ばれるためなら、それくらい安いものだ。

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