第20話 ギルドの中で大立ち回り
事件は、街の冒険者ギルドで起こった。
「――御用改めである!」
ミーシャは、その声に驚き、後ろに振り返った。
バン! と乱暴にギルドのドアが開けられた。中にいたものが、一斉にドアを見る。
武装した兵士数名を伴う、黒づくめの壮年の男が、ギルドに入ってるなり、ぎろりと周囲を見回した。
物々しい雰囲気に、ギルド内にいた者全員がぎょっとたじろぐ。
(『鬼のセンイ』だ。厄介な奴がきやがった)
(たかりか強請りにでも来たのか? くそったれめ)
酔漢たちは、ぼそぼそと恨み言のようなつぶやきを漏らす。
(フィール警察大尉だ)
ミーシャはたちどころに、その男が先日、ミーシャからわいろを強請りとった汚職警官だと見て取った。
センイは酔漢たちの悪態に動じることなく、ミーシャの方へドカドカと歩み寄り、
「なるほど。手配書通りの娘だ。――『鬼殺し』のミーシャ。神妙にせよ、手向かいいたすな。申し開きは詰所でさせてやる」
淡々とミーシャに向かって言う。
「な、なにをいきなり! いったい、アタシが何をしたっていうのよ!」
ミーシャがセンイを指さし、怒りの声を上げる。
「何をしらばっくれよって。貴様には、近傍の村の冒険者ギルドにおいて、ギルドマスターとその娘を殺害し、金品を奪い、付け火した容疑がかかっておる」
そういうと男は、腰に帯びていたメイスを抜きはらい、
「フリンジ伯領火付盗賊警察大尉、センイ・フェールである。 【鬼殺し】のミーシャ。大人しく縛につけぃ!」
と一喝した。
警察大尉のセンイ・フィールが、得物のメイスをミーシャにつきつけると、兵士たちが一斉にミーシャを取り囲んだ。
「ちょっと! 建物の中で暴れられたら、困るんだけど! っていうか、あなた、その話本当なの?!」
受付嬢が、甲高い声で叫ぶ。
「あ、アタシは知らないよ!」
「盗人どもはみなそのように申す! さぁ、観念せい!」
センイの合図を受け、兵士たちが、じり、じり、とミーシャに近づく。
(剣を抜いたらおしまいだな)
役人たちを殺しでもしたら、それこそ間違いなくお尋ね者だ。
「くそっ! だましたな!」
ミーシャはこの場にいないフィルマール子爵に(どう考えてもあいつが黒幕だ)悪態をつくと、受付嬢が立っているカウンターを足場に跳躍、2階まで飛び移れそうなぐらい高く飛び、宙返りをしてセンイたちを飛び越える。
「なんと!」
センイが驚きの声を上げると、
「逃すな!」
すぐにメイスを振るい、兵士たちに号令した。
一斉に、兵士たちが手にした警棒を手に、ミーシャに殺到する。
ミーシャは無言で、先制のパンチを兵士の顎にくらわし、次いで踏み込んだ勢いを使い、肘打ちを2人目の胸に叩き込む。
3人目は、肘打ちの反動を使って、低い姿勢から体当たりを仕掛けたが、
「おっと」
体格のいい兵士には、少し揺すられた程度しか効かない。
「くらえ!」
兵士は低い姿勢のままのミーシャに、叩きつける形で警棒を打つ。
「っと!」
ミーシャは猿のような敏捷さで、兵士の腕を掴むと、体重をかけて巻き込んで投げる。
「のわわっ!」
振り下ろす腕の勢いまで利用され、兵士はミーシャに投げ飛ばされる。かなりの距離の宙を飛び、飲んだくれていた冒険者たちのテーブルに突っ込むのはお約束である。
「覚悟ッ」
センイがメイスを大上段に構えつつ、一声叫んで飛ぶ。
裂ぱくの気合で、まだ床に転がるミーシャを打ち据えようとするが、ミーシャはごろごろと転がって避ける。
体重移動と両手の力を使って起き上がりつつ、我々の知るブレイクダンスやカポエラのような動きで回し蹴りをセンイに放つ。
センイはそれを紙一重で見切り、神速の踏み込みで突きを放つ。
ミーシャは起き上がりつつバク転を決め、センイの突きをかわし、目についたテーブルの上にあるビアマグをセンイに投げつけた。
「鋭ッ」
センイはバックハンドで外から内に薙ぎ払い、ビアマグが一撃で粉砕され、中に残っていたエールがあたり一面にぶちまけられる。
センイはそれをものともせずに、手首を返して上段からの振り下ろし、両手突き、さらに不意打ちの前蹴りまで繰り出す。
(手練れだ)
ミーシャはセンイのコンビ―ネーションを間一髪かわしながら、その腕前に感嘆した。
「やるな。まるで猿のごとき身のこなし」
「おっさんも、タダモンじゃないな?」
「領邦地域に伝わりし、アインス流戦棍術よ」
センイはにやりと笑うと、メイスを中段に構える。
「貴様がその剣を抜いたとて、ワシのメイスには敵うまい」
「やだよ。抜かないよ」
「ふ、抜かぬか。盗人ながら、法を弁えた殊勝なやつよ……だがっ」
センイがわずかに腰を落としたかと思うと、まるで地面を滑るかのように接近する。
「ぐっ!」
不意を打たれたミーシャは、反応する間もなく、センイの猛烈な突きを食らい、そのまま壁まで吹き飛ばされる。
ドシン、と鈍い音がして、壁がわずかに揺れる。その拍子に壁に飾ってあった絵皿数枚が落ちて割れる。
一瞬意識を失いかけたミーシャは、一回、二回と深呼吸をすると、
「っ!」
わずかに《力》を解放し、センイのすぐそばにまで駆け寄り、手にしていたメイスを蹴り飛ばす。
手ごたえのある一撃をくらわした後のこの反撃に、さすがのセンイも不意を打たれ、
「しまった!」
メイスは彼の手を離れ、勢いよく宙を飛び、壁にめり込む。
「ちょっと! いいかげん! あんたら! やめてよ! やるなら外でやってったじゃない!」
そのとき、受付嬢の悲鳴にも似た怒号が飛んだ。
ミーシャは受付嬢の方を向いて、
「ごめん!」と言ってウインクし、懐から金貨をひとつかみ取って投げ渡す。
そして、センイたちには目もくれず、外へ飛び出した。
「待て! 逃がすか!」
センイは壁に刺さったあわててメイスを抜きつつ、兵士とともにミーシャの後を追って飛び出す。
十数枚はあろうかという金貨を受け取った受付嬢は、
「やばい。かっこいい。惚れちゃいそう……」
陶然とした顔でミーシャを見送り、そうつぶやいた。
「うわっ!」
ギルドから飛び出したミーシャを待っていたのは、なんと投網だった。
誰かいるな、と思ったとたん、空から降ってきた網がミーシャに覆いかぶさる。
「なんだよもう!」
ミーシャはすかさずスライディング気味に地面に向かって飛び、低い姿勢でごろごろと転がった後、間一髪で投網を避ける。バウンドしながら起き上がり、走り出す。
「うぬ、こしゃくな!」
必殺の投網をかいくぐられ、追いかけてきたセンイがうなった。
「しかし、まだ手はある」
センイは懐から両端に球が付いたひもをとりだす。
それを勢いよく振り回し、後ろ姿のミーシャの足元に向かって投げつけた。
「ぎゃっ」
ミーシャは、音もなく飛来したひもが足に絡まり、派手に転ぶ。受け身が取れなかったのか、転んだ拍子に頭を打って、気絶した。
「ぬははは! 猿娘めも、ボーラには勝てなかったか」
センイが勝ち誇ったように笑い、「それっ」と号令一下、兵士ともども転んだミーシャのもとに駆け寄る。
「兇賊とはいえ、しょせんは小娘よ。なるだけ手荒なことはしたくなかったが……よし、念入りに捕縛して引ったてい!」
兵士たちが、ミーシャを捕獲するために、反撃を恐れておそるおそる手を伸ばす。
そのときである。
ドパパパパパパパッ!
雷のような炸裂音、飛び散る火花、そしてもうもうと立ち込める黒煙が、兵士たちを襲った。
「何ッ?」
突然の衝撃に、思わずセンイたちは顔を覆ってわずかにひるむ。
「これは、爆竹?! ごはっ……げほっ……なんだっ、これはっ?」
センイや兵士は、爆竹から派手に出た白煙に巻かれる。
すると、目や鼻、口にヒリヒリとした痛みが走る。涙や鼻水がしたたり、ロクに目を開けることができない。
「お、おの、おのれッ」
やがて白煙が消えうせ、センイたちがなんとか目を開けると、そこにミーシャの姿はなかった。
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