女子高生と地域包括支援センターのボランティア経験が人生を変える
森の ゆう
「ボランティアって、そんなガチなの?」
放課後の教室。
三年生の**高橋すみれ(17)**は、進路希望調査を前にため息をついていた。
「将来の夢? そんなのわかんないよ……。とりあえず“未定”って書いとこ。」
担任の先生が言う。
「すみれ、お前さ、来週“地域ボランティア体験”の枠が一つ空いてるんだ。行ってみないか? “地域包括支援センター”ってとこ。」
「……ちいきほうかつ? なんか強そう。」
「強くはない。高齢者の見守りとか、福祉相談の現場だよ。社会勉強になるぞ。」
こうして、すみれは“何をするかもわからないまま”ボランティアに申し込んだ。
「おばあちゃんたちは町のインフルエンサー」
翌週。
市役所の一角にある「地域包括支援センター」に到着。
職員の田村さん(40代男性)が笑顔で出迎える。
「ようこそ! 今日は僕と一緒に“見守り訪問”に行こうか。」
「訪問……って、家行くんですか? 初対面の人の?」
「そう。お年寄りが元気に暮らしてるか、さりげなく様子を見に行くんだ。怖くないよ。」
すみれは緊張しながら同行した。
訪問先の一軒目。90歳の一人暮らしの松岡さんが出迎える。
「まぁまぁ、かわいいお客さん! お茶どうぞ。」
「いえ、あの、すぐ失礼しますんで……」
「いいのよ〜若い子が来るなんて滅多にないから!」
そして始まる“おばあちゃんトークショー”。
「最近の子はスマホでお金払うんでしょ? あれって魔法?」
「ち、違います! PayPayです!」
「ペーペー? なにその名前! 昔の漫才師みたいねぇ!」
すみれは笑いをこらえながらメモを取る。
田村さんが小声で言う。
「これも立派な記録なんだよ。“笑ってる”ってことは、元気な証拠だから。」
「ゴミ屋敷ミッション、発進!」
朝9時。
地域包括支援センターの前で、女子高生ボランティア・高橋すみれは緊張していた。
田村さんが地図を手に説明する。
「今日は“見守り訪問”。独居のおじいさんの家に行くよ。最近、姿が見えないって通報があってね。」
「は、はい。どんな方なんですか?」
「うーん……優しい人なんだけどね。ちょっと、“物を捨てられないタイプ”で。」
「え? それってつまり……」
「そう、軽度のゴミ屋敷系。鼻で呼吸しない練習しとくといいよ。」
「……帰っていいですか?」
笑ってる場合じゃない。すみれは心の中で叫んだ。
ゴミ屋敷・突入!
現場に到着。
玄関前から、もう異世界。
古新聞、ペットボトル、壊れた扇風機、そして謎のぬいぐるみ。
玄関が“開く”というより、“押しのける”感覚だ。
田村さんが声をかける。
「北村さん、こんにちはー! 地域包括支援センターの田村ですー!」
中から声がした。
「おう……開いてるぞー。足元気ぃつけろよー。」
ドアを押し開けた瞬間、すみれの目が丸くなる。
――畳、消失。
――床、未確認。
――生活空間、3次元崩壊。
「こ、これは……遺跡ですか?」
「いや、生活の歴史だね。」
奥のソファに、優しそうなおじいさんが座っていた。
髪はボサボサだが、目はしっかりしている。
「すまんなぁ。片づけようとは思っとるんだが、どこから手をつけたらええかわからんのじゃ。」
すみれは笑顔を作った。
「い、いえっ! すごく……個性的で……!」
(個性的って言葉、便利だな。)
コミュニケーションという名の掃除
田村さんが優しく話を続ける。
「北村さん、この辺のゴミは業者さんに頼もうか。健康にもよくないですし。」
「うーん……人に触られるのは気が引けてのう。」
すみれが勇気を出して言った。
「あの……一緒にやりましょうか? 少しずつ。」
おじいさんはびっくりしたように笑った。
「えらいなぁ、最近の子は。じゃあ、これだけでも頼むわ。」
そう言って渡されたのは――
古いカップ麺の空き容器30個。
「……これ、“少し”って言います?」
「うむ、入門編じゃ。」
すみれと田村さんはマスクを二重にして、カップ麺タワーを崩していく。
おじいさんは懐かしそうに語る。
「この味噌ラーメンがのう、去年まで限定販売だったんじゃ……」
「回想シーンいりませんから!」
いつの間にか笑い声が部屋に響いた。
帰り道での気づき
作業を終え、外に出た瞬間。
すみれは深呼吸――新鮮な空気が肺にしみた。
田村さんが笑う。
「どうだった? なかなかの初体験でしょ。」
「はい……。でも、おじいさん、ちゃんと話せる人だったんですね。」
「そう。孤立してる人ほど、話を聞いてくれる誰かが必要なんだよ。俺らの仕事は掃除じゃなくて、“つながりを作る”こと。」
すみれはうなずいた。
あの部屋の中にも、確かに“人の暮らし”があった。
それを感じられたことが、少し誇らしかった。
「……わたし、明日も来ていいですか?」
「え、もうボランティア期間終わりだよ?」
「でも、気になるんです。“あのカップ麺タワー”、完結してないんで!」
田村さんが吹き出した。
「じゃあまた来週、続きを頼もうか。」
笑いながら、二人はセンターへ戻った。
「わたし、ちょっと進路決まったかも」
体験の最終日。
田村さんが言う。
「どうだった? 福祉の現場、退屈だった?」
すみれは笑った。
「退屈どころか、めっちゃネタの宝庫でした。おばあちゃんたち、全員キャラ濃すぎ!」
「でしょ? 地域って面白いんだよ。」
帰り道、すみれは手帳に書く。
『人の役に立つ仕事、けっこう好きかも。』
それはほんの小さな気づきだったが、
確かに彼女の人生の方向を変えた。
「進路、決まりました」
放課後の教室。
カーテン越しに夕陽が差し込み、机の上がオレンジ色に染まっている。
高橋すみれは、進路調査票を前にペンをくるくる回していた。
「進学か、就職か……」
隣の席の親友・美帆が声をかける。
「なにそれ、人生相談モード? てか、ボランティアどうだったの? あの“地域ほうかつなんとかセンター”ってやつ。」
「“支援センター”ね。……あれさ、最初はダルいと思ってたけど、けっこう衝撃だった。」
「衝撃? まさか恋したとか?」
「ちがう! おじいさんの部屋が衝撃的だったの!」
「え、なにそれ、怪談?」
「ちがうちがう! ゴミの山! でもね、話してみたら、すごく優しい人で。田村さん(職員)が“助けるんじゃなくて、つながることが大事”って言っててさ……なんか心に残ったんだよね。」
美帆はポテチを食べながら首をかしげた。
「ふーん。でもさ、そういうの、けっこう大変そうじゃん。給料も高くなさそうだし。」
「うん。でも、なんか“やりたい”って思っちゃったんだよね。」
「マジで? すみれが? やりたいことが“寝ること”以外にもあるなんて!」
「うるさいわ!」
決意の夜
その夜。
すみれは机に向かってノートを開いた。
“社会福祉士”“介護支援専門員”“地域包括支援センターの仕事”といった言葉を調べる。
知らない言葉ばかり。
でも、なぜかワクワクする。
スマホを開くと、田村さんからLINEが届いていた。
「北村さん(ゴミ屋敷のおじいさん)、部屋の掃除ちょっとずつ始めたよ。ありがとう。」
その一文を見て、胸がじんわりと熱くなる。
自分の小さな関わりが、誰かの一歩になった――
それが、何より嬉しかった。
翌朝、進路票に書いた文字
翌日。
学校の廊下で、美帆が声をかけた。
「で、結局なに書いたの? “夢:ユーチューバー”とかじゃないよね?」
「書いたよ。ちゃんと。」
「ほう、見せなさい。」
すみれは照れくさそうに用紙を見せた。
『進路希望:福祉系大学 社会福祉学科』
美帆は目を丸くした。
「マジか! 本気じゃん!」
「うん。人のこと、ちゃんと見れる人になりたいと思って。」
「へぇー、すみれ、いつの間にそんな真面目キャラに……。」
「だって、地域包括の田村さんが言ってたんだ。“社会は人でできてる”って。私、ちょっとその一部になりたくなった。」
「いいじゃん。かっこいいよ、そういうの。」
「でしょ? でもまだ“ゴミ屋敷のニオイ耐性”しか実務スキルないけどね!」
二人で大笑いした。
エピローグ
春。
すみれは大学合格通知を手に、センターへ報告に行った。
田村さんが笑顔で言う。
「おめでとう! 最初、いやいや来てたのにね。」
「人生わかんないですね。“やらされ”が“やりたい”に変わるなんて。」
「それが福祉の面白さだよ。」
すみれは頷いた。
街を歩くおばあちゃんたちの笑顔が、なぜか少し誇らしく見えた。
女子高生と地域包括支援センターのボランティア経験が人生を変える 森の ゆう @yamato5392
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