第6話 目の見えないエルフ 2

「わたしの名前はイルファ。癒しの里出身のエルフです」


 イルファと名乗ったエルフの女性は遠くを見るように顔をあげた。


「わたしの里のエルフは癒しのスキルを使うことのできる部族でした。そのスキルを使って、稀に団体で外の世界へ出かけてお金を稼ぎ、必要なものを手に入れて生活していたんです。しかし、わたしは生まれつき、そのスキルが使えませんでした」


 イルファは目線を床に落とし、どこか寂しげに話をつづけた。


「そんなわたしに対して里のみんなは優しくしてくれました。癒しのスキルが使えなくても農作業や果実の育成を手伝っていましたから、他の仲間とおなじように接してくれていたのです。ですが、自分勝手なことだとわかっているのですが、わたしにとってはみんなの優しさが逆にツラかったんです」


 苦しそうに吐き出す言葉に、俺は声を発することができなかった。

 俺やリオみたいに何かができないから追放されたのではなく、逆に受け入れられて他のみんなと同じように扱われていることが苦しかったのだ。

 それはきっと心から仲間のことを愛していて、優しい心を持っているがための罪悪感。


「癒しのスキルが使えないのなら、それ相応になじってほしかった。悪口のひとつでも言ってほしかった。そうすればわたしも、悲しくて苦しいけれど部族の一人としてやっていけたと思います」


 イルファは両手の指を噛み合わせ、まるで祈るような形にして話をつづけた。


「そしてある日、わたしは部族のみんなの優しさに堪えかねて里を出ました。ある程度の魔法は使えましたので、外の世界で冒険者として生きていこうと思ったんです。そうしてあるパーティに参加し、ダンジョンにもぐる日々を過ごしていました。しかし先日、わたしたちパーティはあやまちを犯しました。無理な探索をしたせいでひどいケガを負ったんです。幸いなことに死者は出ませんでしたが、全員ひどいケガで冒険者を続けられなくなりました。パーティは解散となり、目の見えないわたしは数日間、路頭に迷っていました」


 そこまでいっきに吐き出したイルファは「これがわたしについてのすべてです」としめくくった。

 なんて声をかければいいのか分からない。

 気にしなくていいというのは簡単だが、そんな薄っぺらい言葉は気休めにもならないだろう。

 イルファ本人が気にしていることを本人以外がなぐさめたところで納得しないからだ。

 俺がどんな言葉をかけるか迷っていると、リオが元気に言った。


「過去のことはよくわかった! 大変だったね。でも、いまこうしてボクたちに出会って言いたかったことが言えたのはよかったよね!」


 どこまでも前向きな言葉に俺は驚いた。

 過去を否定するわけでもなく、安易になぐさめることもなく。

 それはイルファも同じだったようで、戸惑いぎみながらもリオの言葉を肯定した。


「そう、ですね……。わたし、言えました。今まで誰にも言えなかったこと、声に出して言えました」

「うんうん、それだけでボクたちが出会ったことには意味があるよ!」


 暴漢から助けてご飯を食べさせただけの出会い。

 たったそれだけのことなのに、イルファの包帯からは涙があふれてにじんでいた。

 リオがイルファのとなりに座って背中をさすってあげる。

 嗚咽を漏らすイルファに寄り添って、彼女のいまの在り方をそのまま受け入れてあげている。

 純真ゆえにまっすぐなリオの前向きさは、優しさすら拒んだイルファの胸に深く染み入ったようだった。




「なんだかさっきよりお腹が空きました」

「いっぱい食べるといいよ。足りなかったらまた持ってくる」


 泣いてスッキリしたせいか、イルファはパンとスープの残りをペロリとたいらげた。

 さらに俺とリオで食べる予定だった、焼いたイノシシ肉も分けてあげたらこれまた美味しそうに食べてくれた。


「このお肉、すごく美味しいですね」

「でしょー? ボクがイノシシを倒して、ライドが焼いてくれたんだ!」

「今日は屋台でそのイノシシ肉の肉串を売っていたんだ。すごく好評であっという間に売り切れたよ」

「屋台で、ですか……」


 イルファのつぶやきには今後の身の振り方を考えているような響きがあった。


「ちょっと聞きづらいんだが、イルファの目のケガは……」

「ケガが治っても、おそらくもう見えないと思います」


 やはりそうか。

 眼球にキズがなければ視力も回復してまた冒険者として生活することもできるだろう。

 だがそれが難しいとなれば、他の仕事を探してちがう生き方をするしかない。

 しかも目がまったく見えないとなると、できる仕事もだいぶ限られてくる。

 ここまでかかわった以上、何か手助けくらいしたいものだが……。


「それならボクたちと一緒に仕事しない?」


 唐突なリオの言葉に俺もイルファも驚かされた。

 待ってくれリオ、キミは考えなしにつっぱしるけど、イルファにも気持ちの整理とか、そういったものが……。


「……そうですね。わたしなんかでお役に立てるのであれば、ぜひ一緒にお仕事をさせてください」


 イルファの返答に俺はふたたび驚かさせた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! リオもイルファも、本当にそれでいいのか?」

「え、ボクはぜんぜんオッケーだよ」

「わたしもご迷惑でなければ、ぜひ働かせてください」


 まてまてまてまて。

 二人とも、俺を置き去りにして話を進めないでくれ。

 リオもイルファも良いと言うなら、俺もイルファに仕事を手伝ってもらうのを嫌がる理由はない。

 ただ、そんな簡単に決めていいものか、俺のほうが戸惑ってしまう。


「俺も迷惑とかそんなことはぜんぜん思わないけど、そもそも今までは薬草採取でご飯を食べていて、今日はじめて肉串を売ってうまくいっただけで今後も商売がうまくいく保証なんてないんだよ」

「押しつけがましいかもしれませんが、いまのわたしに行くところはありません。今日だってお二人に助けていただけなければ飢え死にするか、奴隷商人につかまって売り飛ばされていたでしょう」


 そう言われてしまうと否定もできない。

 実際に下心のある男たちに襲われていたのだから、目の見えないイルファをこのまま一人で追い出すなんて飢えたモンスターの群れに肉を放り投げるようなものだ。

 そんな無責任なことは俺にはできない。

 それならせめてイルファのケガが治って独り立ちできるまで仕事を手伝ってもらうほうが安全か?


「……ふぅ、わかった。イルファさえ良ければ、俺たちの仕事を手伝ってくれ」

「ありがとうございます……!」


 イルファは嬉しそうに感謝の言葉を述べ、両手を胸にあてた。

 その仕草から内心、今後はどう生活していくか心配していたのだろう。

 当面のあいだとはいえ、俺やリオという仲間がいたほうがイルファも安心できる。

 そう考えたらリオの突飛な提案も悪くない、のかも?


「ねえライド。どうせならイルファのこともテイムしてみたらどうかな?」


 とんでもない提案に俺は腰が抜けるかと思った。

 イルファはなんのことか分かっていない様子だが、俺にとっては突拍子もない提案で頭の中が真っ白になった。


「お、おいリオ! 俺のテイムはそんな簡単に使うようなものじゃないぞ!」

「え~、ちからも強くなるし、やるだけやってみればいいと思うけどなー」


 リオの言葉も間違ってはいないが、あまりにもぶっ飛んだ発想だ。

 俺の欠陥スキル、テイムはモンスターではなく亜人を従属させるスキルだ。

 意志がなく敵意をもって襲いかかってくるモンスター相手ならともかく、意志をもつ亜人にそう簡単に使っていい代物ではない。

 リオがいくら純粋だからといって気軽にやっていいことじゃない。


「テイム……? わたし、に……?」


 おそらく頭の中が疑問符でいっぱいになっているイルファに自己紹介もかねて説明しよう。


「ごめん、自己紹介も忘れてた。俺の名前はライド。元冒険者でクラスはテイマーなんだけど、実はテイムスキルがちょっと特殊でさ。モンスターはテイムできないのに亜人っぽい存在はテイムできるみたいで……」

「ボクはブルーウルフのリオね! ウルフの姿になれなくて群れから追い出されそうだったところをライドにテイムしてもらってすっごく強くなったんだ~!」


 俺のテイムスキルに欠陥があること、リオの生まれ持った人化のスキルに欠陥があることを説明した。

 それでようやくイルファもリオの言葉が理解できたみたいだ。


「なるほど、そういうことだったんですね」

「そうなんだ。だから、むやみやたらに使うものじゃないって──」

「それならぜひ、わたしにテイムを使ってください」


 俺は今日だけで何回おどろかされればいいのだろう。

 リオに驚かされ、イルファに驚かされ。

 しかし、イルファは考えなしに言っているわけではなかった。


「いまのわたしは正直、お二人の足手まといです。リオさんの言うように強くなれるのなら、お二人の仕事のお役に立てるかもしれません」

「そうは言っても……」

「それにテイムならいざという時、解除ができますよね? もしわたしがまったく役に立たなければ、その時は解除して見捨ててください」


 イルファは頭がよくまわるエルフだ。

 そして、いまの状況で自分が役に立つことを証明できなければ後がないこともわかっている。その覚悟もある。

 ここまで言われてしまっては人助けとしても応じないわけにはいかないか。


「……わかったよ。でも見捨てるなんてことはしないし、そもそも仕事の手伝いはキミの目のケガが治ってからだ。いいね?」

「はい!」


 元気よく答えたイルファに手のひらを向ける。

 集中して目の前のエルフ娘にテイムスキルを発動させる。


「……テイム!」


 手のひらが光ったと同時に熱くなった。

 イルファの全身が青い光でつつまれ、ゆっくり吸収されるように消えていった。


「この力が、テイムの……」

「ね? 体の底からチカラがわきあがってくるでしょ?」

「はい。それに……」


 イルファの細長い耳がピクピク、と動いた。

 立ち上がると俺のほうに近づき、俺の手を取って握手をした。


「音が、すごくよく聞こえます。お二人の位置、呼吸音、集中すれば心臓の音まで……」


 心音まで聞き取ろうと俺の胸に手をあてた。

 なんだか、そこはかとなくこそばゆい。


 イルファは俺から離れてリオの頭を優しくなでた。


「イルファ、ボクのいるところがわかるの?」

「はい、ぜんぶ分かります。まるで目が見えているかのように、いえ、見えていたときよりも細かいことがすべて分かります」


 どうやらテイムスキルの効果は能力の強化だけではなかったみたいだ。

 イルファの場合、目が見えない状態でテイムを使われたので、もともと優れていたエルフの聴覚がさらに良くなったようだ。


「これだけいろんなことが分かれば問題なくお仕事を手伝えます! ライドさん、リオさん、これからよろしくお願いしますね」


 リオが元気よく返事をした。

 目が見えている以上にまわりのことが分かるのなら安心だ。

 俺こそよろしく頼むよ、イルファ。

 こうしてリオに続いてエルフ族のイルファが仲間に加わった。

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