第5話 目の見えないエルフ

 肉串の屋台を店じまいして宿屋への帰り道。

 まだまだ日は高いが今日のところは商売おしまいだ。


「たくさん売れてよかったね!」

「ああ、リオも手伝ってくれてありがとう」

「えへへ~」


 笑顔にシッポをぶんぶん振ってよろこぶリオの頭をなでであげる。

 屋台のならぶ道を歩いていると急にリオが立ち止まった。


「ライド、血のにおいがする!」

「え、血?」

「うん、こっち!」


 急に険しい表情になったリオについていく。

 すぐ近くの路地に入ってすこし行くと、ローブの上からでもグラマーだとわかる女性が男二人にからまれていた。


「別に取って食おうってわけじゃねえんだからよお」

「そんなに嫌がることねえって言ってんだろ」

「いやっ、やめてください!」


 あきらかに嫌がっている女性の腕をつかんでいる男たちは、どう見ても親切に何かをしてあげようという顔ではなかった。

 下心が見え見えだ。

 リオが先行して腕をつかんでいる男に殴りかかった。


「やめろー!」

「ぐえっ!」


 殴られた男は情けない声をあげて壁に吹っ飛ばされた。


「な、なんだてめえ!」

「どう見ても嫌がってるだろ! やめろ!」


 俺が追いつくと女性の様子がわかった。

 フードのついたローブをかぶっているが、どうやら目をケガしているらしく、両目の部分を包帯でぐるぐる巻きにしている。

 これでは何も見えないし、複数の男にからまれたら警戒して当然だ。


「おい、お前ら何やってんだ!」

「俺らはこの目の見えない女に親切にもメシを食わせてやるって言ってるだけだ。邪魔すんじゃねえ!」

「どう見ても嫌がってるじゃないか! そういうのは余計なお世話っていうんだ!」

「なんだと、てめえ……!」


 残りの一人はナイフを取り出し、俺に向けた。

 俺が警戒するより早く、リオが動いていた。


「やめろって言ってるだろ!」

「ぐあ!」


 男の手を蹴り上げ、ナイフが地面に転がった。

 蹴られた手を痛そうにさすりながら、男は壁に叩きつけられた男を背負いながら、


「くそっ! てめえら覚えてやがれ!」


 そそくさと路地裏から逃げていった。

 リオががるるる……と威嚇の音をあげた。

 俺はからまれていた女性に声をかけた。


「大丈夫か?」

「え、ええ……ありがとうございます」


 リオも近寄ってきて安心させるように女性の背中をさすってあげた。

 近くで見ると女性の目に巻かれている包帯は血でにじんでいた。

 どうやら両目とも負傷しているらしい。

 リオが嗅ぎとった血のにおいはこれみたいだ。


「あぶないところだったね」

「ええ、本当に……」


 そこまで言うとどこからか、ぐぅ、とお腹が鳴る音が聞こえた。

 ローブの女性はほっぺたを赤く染めて恥ずかしそうにお腹に手を当てた。


「ライド、この人お腹が空いてるみたい。ボクたちでごはんを食べさせてあげちゃダメかな?」

「そ、そんな……お気になさらず!」


 女性は遠慮がちに手をふったが、お腹は正直にふたたび空腹の音をあげた。


「ケガもしてるみたいだし、さっきみたいな連中にまたからまれるかもしれないな」

「安心して! ボクとライドはさっきの悪いやつらとはちがうよ!」


 話し方や雰囲気から少なくとも俺たちは悪いやつじゃないと判断したのだろう。

 女性は申し訳なさそうに小声で「すみません、お願いします」と言った。




 目の見えない女性の手を引いて宿屋まで帰ってきた。

 女性が転ばないようゆっくり、また人にぶつからないように注意してかばいながら進むのは時間がかかった。

 宿屋の女将さんにパンとスープをもらい、俺たちが宿泊している部屋まで連れていくことにした。

 酒場でもある一階は他の宿泊客もいて落ち着かないだろうとの判断からだった。


「よし、もう安全だよ」

「ありがとうございます」


 部屋のドアを閉め、女性をベッドに座らせた。

 女性はようやく安心したのか、フードをとった。

 その下から現れたのは血のにじんだ包帯、そして細長い耳だった。


「え、エルフだったのか!?」

「驚かせてすみません」

「いや、キミが謝ることじゃないよ。こっちこそ勝手に驚いてごめん」

「ライド、エルフってなに?」


 エルフについて知らないリオに簡単に説明した。

 この世界には多種多様な亜人がいる。

 その中でも深い森に住み、自然や精霊とともに生きるエルフ族はあまり人里に出てくることがない。

 エルフ族は長命で見た目が美しい者が多く、その美貌から悪い人間に襲われたりすることもある。

 ウワサでは人身売買をやっているような闇の世界でめずらしい奴隷として高値で売られることもあるという。

 魔法や弓が得意で自給自足の生活をしており、仲間同士の結束も強いことからエルフの里以外ではなかなか見ることのない亜人だった。


「へー、そんなにめずらしいんだ、エルフって」

「そうですね。わたし自身、エルフの里から出て以来、わたし以外のエルフに出会ったことはありません」


 エルフの女性はパンをちぎって口に運び、ときおりスープに口をつけた。


「それじゃ、なんでキミはエルフの里から出てきたの?」


 リオの純粋な疑問に俺は待ったをかけた。


「リオ、人には事情ってものがある。あまり人の事情を詮索するのは良くないよ」

「いえ、構いません。助けてくださったあなた方にはそれくらいお話ししたほうが良いでしょう」


 エルフの女性は食べていたパンを置き、静かに話し始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る