第2話 ブルーウルフの少女
森に通うようになって一ヶ月。
はじめは大変だったものの慣れてくれば薬草採取も手ぎわよくできるようになり、その日のご飯と宿代には困らなくなってきた。
森の中にも多少はくわしくなった。
薬草が生えている場所を何ヶ所か覚えておけば困ることはない。
それにモンスターと出くわしたときの逃げ道や隠れられる場所なども理解してきた。
弱いモンスターなら逃げて隠れていなくなるのを待てばいい。
モンスターをテイムできない俺にとって逃げることは立派な生存術なのだ。
そんなある日、いつも通り薬草採取を終え、ついでに木の実でも探そうかとしていたところ、
「きゃあああああああ!!」
女の子の悲鳴が聞こえた。
たぶんそんなに遠くないところ。
もしかしたらモンスターに襲われているのかもしれない。
でも、どうする?
助けに行ったところで俺には戦う力なんてない。
モンスターをテイムすることもできない。
せいぜい逃げ道と隠れられる場所を教えるくらい。
ヘタしたら俺だってモンスターに……。
「ダメだ! 早くしないと助かるものも助からなくなる!」
俺は頭をふって駆け出した。
自分の身を心配して人を助けないなんて冒険者のやることじゃない。
いや、もう冒険者はやめたけど、でもそういう気持ちまでなくしてしまったら俺は自分を許せなくなる。
きっとあとで後悔する。
それだけは絶対にイヤだ。
悲鳴の聞こえたあたりに着くと複数のモンスターの気配がした。
俺は腰からさげたショートソードを抜き、気配のするやぶの中へ飛び込んだ。
目に入ってきたのはショートカットの青い髪の女の子。
そして、彼女を逃がすまいと囲っている五匹のブルーウルフの群れ。
「お前ら、こっちだ! 俺を見ろ!」
グルルルル……と低くうなるブルーウルフの群れは一瞬だけ俺に視線を向けたが、すぐに女の子のほうに向き直って威嚇を続けた。
クソっ、俺がたいした脅威じゃないってことがバレてる!
モンスターは野生の勘がするどい。
強い敵と判断したら一目散に逃げ、弱いとわかったら歯牙にもかけない。
モンスターにすらナメられて少し腹が立った。
倒すとまでは言わないが女の子一人くらい無事に逃がしてみせる!
「うおおおおおお!!」
一番近いウルフにショートソードで斬りかかった。
だが、そいつはサッと小さくジャンプして俺の攻撃を避けた。
続けざまに剣を振ってウルフに距離を取らせる。
攻撃が当たらなくても威嚇になれば十分だ。
青い髪の女の子のそばまで近づき、
「キミ、大丈夫か!?」
声をかけると女の子は震えながらうなずいた。
見たところケガはない。よかった。
おびえてはいるけど泣いてないのを見るに意外と肝が据わってるのかもしれない。
「お兄さん、だれ……?」
「そんなことより早く逃げるよ!」
俺と女の子を囲むブルーウルフたちは威嚇を解いていない。
「俺が囮になるからキミは先に逃げろ!」
「でも、お兄さんが……」
ごちゃごちゃ問答をしている暇はない。
俺は周囲に大きくショートソードを振って威嚇してから、最初に攻撃を避けたブルーウルフに突撃した。
でたらめに剣を振りまわす。
またしても避けられたが囲いに穴ができた。
チャンスは今しかない!
動けない女の子の手を無理やり引っ張ってウルフの囲いから追い出した。
ウルフたちは邪魔者の俺を先に始末することに決めたみたいだ。
一匹が駆け出すと同時に他のウルフも大きな口を開けて飛びかかってきた。
一匹は剣で受けたが腹に突進を喰らい、脚を噛まれた。
痛みがいっきに全身を駆けめぐった。
「ぐあっ……!」
「お兄さん!」
「俺のことはいいから、はやく、逃げて……!」
振りぬいたショートソードは空を斬り、飛び込んできたウルフに腕を噛まれる。
噛まれた腕を振り払っても次のウルフが突進してくる。
オオカミならではの連携攻撃に俺はついに地面に押し倒されてしまった。
マズイ!
このままだと殺される!
恐怖で動けないのか、女の子は逃げることができないでいる。
俺がヤラれたらあの子も殺される。
こんな時にクラススキルさえ使えたらなんとかなったかもしれないのに。
ブルーウルフは素早さとチームワークに優れているが強さだけで言うなら初級冒険者でも勝てない相手ではない。
テイムが使えれば、なんとかなるのに……!
俺はやぶれかぶれでウルフたちに手をかざした。
「テイム! テイム! テイム!」
踏みつけてくるウルフに向けた手は光るのに、まったく手懐けることができない。
失敗、失敗、失敗。
たのむ、奇跡よ起きてくれ!
「テイム! テイム! テイム! テイム!」
がむしゃらにスキルを使いまくった瞬間、青い光が輝いた。
手のひらが熱くうずく。
この感触はまさか、テイムに成功した……?
俺を見下ろすウルフたちを見てもその目は敵意に満ちたままだ。
ウルフたちの後ろに目がいく。
女の子が青い光に包まれていた。
光とおなじ青い髪が浮き上がり、おなじく青い瞳がキラリと輝いた。
「このチカラは……」
突然の出来事に驚いた女の子だったが、すぐに我に返ったように大声でさけんだ。
「みんなやめて! お兄さんをいじめるな!」
女の子は今までとは別人のように一瞬で近づき、俺を押さえつけていたウルフを殴り飛ばした。
「ギャインッ!」
今まさに頭に噛みつこうとしていたウルフをまわし蹴りで吹き飛ばす。
さっきまでの震えていた女の子はどこへ行ったのか。
俺を囲んでいたウルフたちは青髪の女の子に殴り蹴飛ばされ、俺たちから距離を取った。
低いうなり声は聞こえるが先ほどまでの威勢はない。
あきらかに女の子を警戒していた。
「ボクは群れを抜ける! だからこれ以上お兄さんを傷つけないで!」
それだけ言って、グルルルル……と重く低い威嚇音が女の子から聞こえていた。
群れを、抜ける……?
頭の中でその言葉が空虚に響いていた。
ブルーウルフの群れは威嚇しつつもゆっくりと後退し、すぐに駆け出して逃げていった。
なんとかなった、のか……?
俺も女の子もしばらく警戒していたが、ウルフたちが完全に去ったとわかると張りつめていた緊張の糸がいっきにほどけた。
女の子はドサッと尻もちをつき、俺のほうをふり返った。
「お兄さん、大丈夫?」
すっかり力が抜けた女の子を見て、俺も全身を大地に放り出して大きなため息をついた。
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