第一章 第一話 記憶、制服、そして恐ろしい鏡
目の前にあったのは、狭いが整えられた二階建ての家だった。
玄関の扉を押し開けると、木の床板と細長い廊下、壁に掛けられた簡素な収納ラック。
その
家に入れば「ただいま」と声をかける響き。
それは彼自身のものではない
けれども妙に身体を突き動かす。
無意識に足を下ろすと、マットが柔らかく沈み、かすかな音を立てた。
まるで足が代わりに
磨かれた
通学に毎日履いている証拠。
床に残る細長い
息を殺し、彼は一歩踏み出す。
木の床は小さな
ようやく気づく――家の中には誰もいないのだ。
食卓の上に、一枚のメモが置かれていた。
『
可愛らしい文字と、横に描かれた笑顔のイラスト。
優しい声での応答。
深夜に疲れた身体で帰宅する姿――。
その断片は刃物のように
彼は小さく息を吐き、声にならぬ声で
「これは……母の手か。」
気づけば手に、黒い布製のリュックを握りしめていた。
ジッパーには色褪せた人形のキーホルダー。長年使い込んだ
彼はそれを
朝の電車。
教科書の
同級生の
それは彼にとっては
けれども、このリュックと同じように確かな「
荒れていた胸の内が、次第に静まっていく。
彼はそっと手を伸ばし、確かめるように
細く白い指先。強く握りすぎて、赤くなっている。
「これが……今の私か。」
記憶と環境の
やがて意を決し、リュックのジッパーを引いた。
中には教科書やノートがきちんと収まっている。
角は
文字は清楚ながら急ぎ足で、追い立てられるような筆跡。
仕切りの間から、一枚のカードを指先が捉える。
取り出すと、そこには名前と写真。
横にはこう記されていた。
『東京都立櫻川高等学校』
カードの縁は白く
写真に映るのは制服姿の少女。
胸の奥が再び痛む。
「高橋惠美……」
小さく呟く。その名を
階段を上がる。木の段板が「ギシ」と鳴り、空気には木の香と紙の匂い。
扉を押し開ければ、小さな一室が広がっていた。
机には教科書、参考書、厚いノートの山。
隅には小さなランプ。シェードには子供っぽいシール。
本棚には小説や漫画。表紙は擦れて色を失っている。
ベッドは整えられ、薄桃色の布団の上にはぬいぐるみの猫。
耳は潰れ、何年も寄り添ってきたことを示していた。
その時。視線が偶然、
足が止まる。
映っていたのは制服を
白いシャツに灰色のベスト。赤いチェックのリボン。
紺のプリーツスカートは膝まで。黒いソックスに包まれた脚が床を軽く叩く。
背は高く、
黒髪は肩に流れ、光を受けてかすかに
乱れた前髪が瞳を隠し、その瞳は
まるで、今にも
鏡の中の顔は確かに見知らぬもの。
だが押し寄せる記憶の欠片と共に、その輪郭は「高橋惠美」という名で満たされていく。
思わず手を伸ばし、冷たい
その冷気が、
机の上のペン。
棚の
ベッド脇の充電器。
すべてが現実で、すべてが「高橋惠美」の日常。
机に戻り、学生証を指で
沈黙の中、彼は初めて
自分は、まったく異なる世界と身分に置かれたのだと。
日記帳を開けば、最初の
『新学期、今度こそ続けられますように』
だが進むにつれ、文字は乱れ、ページは破り取られ、黒い塗り潰しで覆われた|
その筆跡の裏に、
日記を閉じた瞬間、胸に重い影が落ちた。
彼の脳裏に、
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