第29話

 峠の高速区間へ入ると、車列は縦一列に伸びた。

 先頭のS15、そのすぐ後ろをホムラのS13が追い、さらに背後には男の仲間二台が貼り付き、包囲するように圧をかけてくる。


 そして、状況はさらに悪化する。


 背後の一台が、S13のリアバンパーを小突きはじめた。

 ガチャガチャという衝撃音が車内に響く。


「ッ……!」


 ホムラに苛立ちが走る。

 小突きは一度だけでは終わらない。

 もう一台も合わせるように寄せ、横からプレッシャーをかけてくる。


(コイツら……!)


 一瞬、怒りに意識が傾いた。

 その刹那、後ろの一台が前に飛び出す。


 結果――

 ホムラの前に二台の壁が完成し、道幅いっぱいを塞いでしまう。


 視聴者たちが一斉に荒れた。


【うわ、これじゃもう前出れねぇ!】

【こんなの勝負じゃないだろ!!】

【影狼やばいって!!】


 ホムラは荒い呼吸を一度整え、無言でステアリングを握り直す。


(まだ……この峠なら、が使える)


 男どもは勝利を確信しているのか、前方のS15は余裕のペースで走り続けていた。

 峠はすでにラスト区間へ差し掛かっている。

 前方には、急勾配の右カーブ――しかもイン側に“蓋のない側溝”が走っていた。


 普通なら寄れば即アウト。

 だがホムラの走りは

 次の瞬間、赤いS13が横へ飛び出す。


「ッ――そこだ!」


 右に旋回しながらブレーキを踏み、荷重を

 そしてS13が右前輪を浮かせ、


「なっ……!?」

「あいつ、何処走って――!?」


 S15の男が叫ぶ暇もなく、S13は二台の前へ躍り出る。

 荷重移動を利用したインホイールリフト。

 常識を捨てた、影狼の牙だった。


 予想外のインから現れた赤い影に、S15は驚愕し、ステアリングを乱暴に切る。

 その動きがトリガーになった。


 S15の車体は弾かれるようにスピン。

 仲間は慌てて急ブレーキを踏み、まるで三匹の犬が絡まって転げるかのように、道路の真ん中でごちゃごちゃになって停止した。


【ビビってスピンとかダッサww】

【影狼今どこ走ってた??】

【ぶつからなかっただけ運が良かったなw】


 配信に視聴者たちの嘲笑が流れる中、ホムラは淡々と配信を切り、S13から降りた。


 ◆ ◆ ◆


 S15の男が車から這い出てきた。

 ヘロヘロの姿で、悔しそうにホムラを睨む。


 ホムラが近づき、冷たい声で問いかけた。


「――あんた、なんで私が“女王”の事調べてるって知ってたの?」


 男は舌打ちし、肩を震わせた。


「……チッ。“女王の名前出して影狼を釣れば金をやる”って言われただけだよ。

 お前が来たらそれでいいんだとよ」


「誰に?」


「知らねぇよ! こっちは前金が支払われてたから受けただけだっての!」


 後ろの二人も同じように叫ぶ。


「マジで知らねぇ!」

「金になるって言われただけなんだよ!」


 ホムラは少しだけ目を細めた。

 これ以上の情報は期待できない。

 怒りすら湧かないほど浅い理由だった。


「もういい。好きに帰れ」


 呆れたように吐き捨て、ホムラはS13に乗り込む。


 夜の冷気を切り裂きながら、赤い狼が峠を下る。


(……いったい何者? なんのために私を?)


 闇の中、疑念だけが静かに積み重なっていった。

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