第22話

 夜気がひんやりと肌を撫でる、小さなガレージのシャッターは半分だけ開き、内側ではS13がジャッキアップされていた。


 ホムラは車体の下でレンチを回し、締め具合を確かめている。

 静寂を破ったのは、作業台の上に置いていたスマホの短い通知音だ。


 軽く舌打ちしつつ、工具を置く。

 床を滑るように這い出て、ツナギに付いた埃を払いながら画面をのぞき込む。


 通知はUnderLiveのアカウント宛のDM。

 ホムラは眉を寄せる。


(……また悪戯か?)


 “影狼”宛ての悪趣味なメッセージは珍しくない。

 だが――姉の事故に関する手がかりにつながるかもしれない。

 その可能性だけは、どれほど薄くても無視できなかった。

 だからホムラは、面倒でも毎回DMを確認している。

 今夜もその一つだと思った。


 しかし、開いた瞬間、思わず指が止まった。


「……鏑木レイナ?」


 画面には、Möbius Project所属の公式Vtuberレーサー、鏑木レイナ名義の挑戦状が並んでいた。

 文章は、明確に挑発的だ。


 “あなたの暴走行為は、業界のイメージを損なう。

 私が勝ったら、峠での走りをやめてもらうわ。”


 ホムラは鼻で笑う。


「偽物か……?」


 だが、添付されている直筆のサイン画像や、その他のデータ。

 どれも本物“らしさ”があった。


(……わざわざ公式プロが、峠の走り屋なんかに喧嘩売ってくるの?)


 呆れを通り越して笑うしかなかった。


 レイナの要求は単純。

 貸切状態にできる峠を用意するから勝負しろ、というものだった。


 「人の想いも知らないで……」


 ホムラがDMを無視しようとした時――ふと脳裏に浮かぶ。


(……プロの中には、元峠の走り屋もいる、か)


 姉に関係する情報を探すなら、レース業界を探るのも手か。

 そのきっかけとして、こうした“接点”は悪くない。


 それに――


(売られた喧嘩は、買わないとね)


 静かに笑う。

 ガレージの薄暗い光の下、画面に指を走らせ、ホムラは短い返事を打ち込んだ。


『――日時と場所は?』


 送信ボタンを押した瞬間、S13の赤いボディが蛍光灯の光を受けて鋭く光った。


 まるで次の獲物を前に、舌なめずりをしているかのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る