第4話

 山の斜面を縫うように伸びる長い上りは、序盤は緩いS字が続き、中盤から勾配が一気に増す。

 路肩には落葉が溜まりやすく、踏みどころを誤れば一瞬で姿勢が乱れることから、“走り屋泣かせ”として知られる場所だ。


 JZX100とS13は、まるで描かれた線のように道をなぞっていく。

 男はミラー越しにS15のライトを確認し、苦々しく眉を寄せた。


 (――まだ付いてくるのかよ……普通、初見じゃここで離れるだろ!)


 ブラインドコーナーが続く区間。

 地形を知らなければブレーキを早めに踏むしかないのに、S13は決して大きく突き放されることはない。


 男はアクセルを踏み増し、車体をわずかに滑らせながらコーナーへ飛び込む。

 だが、そのリズムを――すぐ後ろの少女も確かに掴んでいた。


 「……っ、く…!」


 中盤のヘアピンで、少女の操作に綻びが出た。

 ステアリングの切り始めが半拍遅れ、S13はわずかに外へ膨らむ。

 JZX100との距離が一瞬だけ広がり、追いついた熱が逃げていくようだった。


 けれど、少女は迷わない。

 アクセルを戻し、車体の姿勢を整え、再び加速へ繋ぐ。

 ぎこちなさが残る動きながら、それでも確実に“馴染み始めて”いる。

 前を行く男は、伸びては縮む距離に神経を削られ始めていた。


 「……マジで初見か?」


 疑うほどの追い方だ。自分の走りの癖をここまで読まれた覚えはない。


 少女のS13は、僅かにミスをしながらも、また距離を詰めに来る。

 しがみつくように、喰らいつくように。

 その姿はまさに獣のようだ。


 そして後半区間――最大の勝負どころが迫る。。

 下り勾配になり、そこへ鋭く現れる“スラローム”。

 左右に振られる連続の切り返しは、踏みすぎれば崖下へ真っ逆さま。

 走り屋たちが“峠の門”と呼ぶ難所だ。


 男のJZX100が第一の切り返しへ飛び込み、車体をインへ巻き込むように向きを変える。

 すぐ横に崖があるとは思えないキレだ。走り込みの差が如実に出る区間でもあった。


 「ここは、さすがに追ってこれないだろ……!」


 バックミラーの中で、S13はさっきより小さく見える。

 先ほどのヘアピンのミスが響き、差が開いたまま突入してきているのだ。


 ――これで勝負はつく。


 男はそう確信しかけていた。

 だが、次の切り返しで、S13が牙を剥いた。


 脱力した獣が全身で加速するかのように、車体が鋭く曲がる。

 荷重移動をギリギリまで詰め、JZX100よりも半歩深い角度でインへ飛び込んでくる。


 「……っ!?」


 男の声が漏れた。

 ミラーの中のS13は――広がったはずの距離を、再び削り始めた。


 男は歯を食いしばり、アクセルを踏み増す。


 「……上等だよ。ついて来れるなら来てみろ!」


 一方、S13の少女はステアリングを握りしめ、短く息を吐いた。


 ――もっと。もっと速く。


 余裕は一切ない。

 ひとつ判断を誤れば即座に置いていかれる。

 それでも、前を行く背中は確かに近づいてきていた。


 スラロームの終端、ゴール手前のストレートが迫る。

 二台のヘッドライトが重なり――勝敗を左右する一瞬が来ようとしていた。

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