OverRe"V"

寝子車

第一章

第1話

本作はフィクションであり、登場する人物・団体・地名・出来事はすべて架空のものです。

また、作中に描かれる行為は演出上の描写であり、実際に行えば重大な事故につながる極めて危険な行為です。


読者の皆さまは、絶対に真似をしないでください。

公道では法律・交通ルールを遵守し、安全を最優先に、ゆとりある運転を心がけてください。


本作はあくまで物語としてお楽しみいただくことを目的としております。

安全第一で、健全なカーライフをお過ごしください。 



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 夜の街を抜けると、信号のまばらな県道に入った。

 ハンドル越しに伝わるアスファルトのざらつきが、峠が近いことを教えてくれる。

 コンビニの白い照明、ひと気のないガソリンスタンド、閉店後の整備工場──

 眠りかけた街並みを横目に流しながら、男はアクセルをひと呼吸分だけ踏み増した。


 しばらく走ると街灯の数が減り、代わりに山の冷たい空気が窓の隙間から忍び込んでくる。

 峠の入口だ。

 エンジン音を抑えつつ進むと、薄闇の奥で仲間たちがたむろする駐車スペースが見えてきた。

 ライトを落として車を止めると、自然に口元がゆるむ。


 「おう、来たか」「遅いぞ」

 投げられる声に片手で応じ、熱い缶コーヒーを受け取る。

 しばらくは仕事の愚痴や、新しく付けたパーツの話で盛り上がる。

 

 そうこうしていると、やがて峠の上り区間で仲間内の勝負が始まった。

 エンジンが深夜の静けさを押し上げるように目を覚ます。

 ヘッドライトが闇を切り裂き、音だけが遠ざかっていく。

 駐車場に残った数人のスマホには、走行中の仲間の車載ライブ映像が映し出されていた。


 一本目。

 ヘアピンを抜けるタイヤの悲鳴と、タービンの鋭い啼き声が谷へ響き渡る。

 二本目も同じように熱が入ったが、誰も本気では攻めていない。

 あくまで仲間内の遊びだ。危険な走りをする者はいない。


 ──三本目に移ろうとした、そのとき。


 麓の方から、聞き覚えのない排気音エキゾーストノートが近づいてきた。

 深く、獣が喉を震わせるような低音。


 闇夜の向こうから姿を現したのは、深紅のS13シルビア

 光を受けて赤く脈打ち、駐車場に滑り込むように停まった。


 「……見ない車だな」


 誰かがつぶやく。

 車高は低く、フロントバンパーには大きく開いたダクト。

 タイヤは端まで使い切られた跡がある。

 走り込みの量が一目で分かる車だった。


 運転席から、ひとりの少女が降りてきた。

 黒髪の長い尾ポニーテール──だが、男たちはすぐに違和感を覚える。

 少女の輪郭が、わずかに“ノイズ”のように揺らいでいた。

 肉体リアルではありえない、仮想の影が重なるような歪み方だ。


 少女は周囲の反応など意に介さず、真っ直ぐこちらを見据えて言う。


 「――一本、勝負してほしい」


 紛れもなく少女の声だった。だがその姿は、霧と光の間で、時折“別人”のように形を変える。

 ――アバター。

 Vtuberの投影システムを重ねているのだと、男は直感した。


 何故そんな事を?という疑問もあったが、そもそも得体のしれない相手だ。

 勝負を受けようという意思を見せる者は誰もいなかった。


 地元の空気を乱した素人か──そう判断した誰かが言った。


 「悪いが、ここは仲間内だけなんだ。素人を巻き込んで事故らせるわけにはいかねぇ。帰りな」


 少女は反応を返さず、スマホを取り出すと画面を一度タップした。

 次の瞬間、そこから電子的なボイスが響く。


 《UnderLive:LIVE START》


 「断るなら、逃げたってことでいいよね。」


 表情は読み取れない。だが声には、挑発の意図が見えていた。


 「もう、100人くらいが見てる。逃げたら……この峠を走ってるのは"臆病者タマなし"って広まるだけ」


 一瞬、駐車場の空気が凍りつく。


 「おい、ふざけんな!」

 「配信なんてしたら警察が来るだろ!」


 怒号が飛ぶ。

 しかし少女は淡々と答えた。


 「位置情報も場所も特定できないよう細工してある。勿論車のナンバーもね。写してるのは“走り”だけ」


 その説明は妙に手慣れていた。

 ただのイキった素人ではない。

 それが、仲間たちの表情にじわりと警戒を滲ませた。


 沈黙が流れた後――

 男は息を吐き、前に出た。


 「……俺がやる。逃げたと思われんのは、癪だ」


 彼は少女のS13を、そして彼女自身をしっかり見据える。


 ノイズを帯びた輪郭。

 不自然なまでに静かな瞳。

 そして──赤い車体の奥に潜む異様な気迫。


 周囲がざわめく。

 男の愛車はトヨタ JZX100 チェイサーマークII ツアラーV。

 直6ターボの図太いトルクで路面を蹴る、地元でも名の知れた一台。


 対する少女のS13は、軽量FRの鋭い走りを得意とする日産の名機。

 K'sのバッジが輝くターボ搭載車。

 どちらも走り屋文化の象徴的車体マシンだ。

 

 だが何よりも──問題は“腕”だ。


 男はエンジンをかけ、少女をスタート地点へと促す。

 少女もS13に乗り込み、無言のままヘッドライトを点けた。


 静寂。

 誰もが息を呑む。

 少女のスマホの画面では視聴者数が跳ね上がり、コメントが飛び交う。


 やがて、二台のアイドリング音だけが、夜の山に脈打った。


 バトルスタート──

 その刹那の空気が、夜の山を張り詰めた弦のように震わせていた。





 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 作者はにわか知識で調べながら書いているので、車の情報など様々な点が間違っている可能性があります。ご注意ください。

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