第55話 「カヴシュマ(再会)」

「――姉さん!――姉さん!」

荷車の幌をまくり上げて、勢いよく荷台に身を乗り出したシャオチェンは大声でただ叫んだ。


「その声は――シャオチェン、シャオチェンなの?」

全体を幌で覆われた荷台の中は暗い。かろうじてシャオチェンがまくり上げた幌の隙間から差し込む外の光だけが、わずかに荷台の中を照らしていた。


その中から、聞き覚えのある声、――聞きたくて仕方のなかった声が聞こえた。

「姉さん、そこにいるんだね!」

シャオチェンの目に涙があふれた。それでも、拭っている暇などなかった。


「シャオチェン、なぜあなたがここに?」

シャオチェンはもどかしくなって、荷台の幌を大きく開けた。

薄暗い中の様子が、少しだけ鮮明になった。


女たちは皆、手と足を縄で縛られている。――たくさんの縛られた女の中に、シャオチェンは姉の姿を認めた。

シャオチェンはたまらず姉のもとへ身を寄せ、腰の短剣で姉の拘束を断った。

「姉さん、助けに来たんだ!助けに来たんだよ!もう大丈夫だ!」

その声を聴いた女たちの中から、安堵のため息が漏れ、歓喜の声が上がった。


「待って、シャオチェン。他の人たちも。――その短剣を貸しなさい!」

足の拘束が解けた時、シャオチェンの姉は再会を喜ぶよりも、まず他の女たちの拘束を解くことを求めた。

シャオチェンは、もう一本の短剣を腰から抜き、それを姉に渡した。


それから二人して次々と縄を断っていった。

拘束が解けたものは、お互いに抱き合ったり、泣き崩れたりしていた。

しかし中には、もう何の反応も示せないほど衰弱しきった者もいた。


全員の拘束が解けたころ、荷台の前の方から声がした。

「あー、シャオチェン。感動の再会に浸りたい気持ちはわかるが、まずお前はお前の役目を果たすように。」

リャンが荷馬車を前に進めながら、わざと平坦な声でしゃべった。


シャオチェンはそれには返事をせずに、女たちに説明を始めた。

「皆さん、今からあなたたちが移送される予定だった場所に行きます。そこにあなたたちを保護してくれる方が来てくれます。もう少しだけこのままで辛抱してください。大丈夫です。もう心配はいりません。」

女たちは改めて、口々に安堵の声をあげた。


シャオチェンは改めて姉のもとに近づき、そして抱き合った。

「シャオチェン、どうしてここに?」

「母さんと姉さんを探してここまで来た。――たくさんの人に助けてもらった。」

「そう。大変だったわね。偉いわ。――そうだ、母さん、――あなた、母さんのことは知らない?」

「――姉さん、母さんは、母さんはもう――。」

「――そう。そうか、そうなのね。」

姉はそう言ってシャオチェンを抱き寄せた。二人はただ泣いた。



「よう。戻ったか。ごくろうさん。」

俺とボリが逃げた馬を回収して戻ると、リャンがそういって俺たちを労った。


「中はちょっと湿っぽくなってる。もうすぐ到着するし、今はとりあえずそっとしといてやってくれ。」

「わかった。というか、俺たちも今は手いっぱいだ。到着するまでは何もできん。」

「違ぇねぇ。」



移送先に到着した。そこは山腹にたくさんの洞穴があるようなところで、そばに古びた寺院のような廃墟があった。長年放置された石窟寺院の跡だという。ここを改造して新たな盗賊砦を築くつもりだったようだ。

こういう場所はいくつかあって、イーニャンたちも盗賊たちの砦の候補地として、あらかじめ知っていたらしい。


俺たちが到着してしばらくすると、イーニャンたちもやって来た。荷馬車を三台ほど連れてきていた。日はもうほとんど落ちかけていた。


「イーニャン。あんたまでこっちに来てよかったのか。」

「ええ。問題ありません。これから移動すると夜になりますから、今夜はここで一夜を明かした方が良いでしょう。食糧などもお持ちしました。」

「そういえば、俺たちは何にも持ってなかったな。確かに助かる。」


「当然ですが、まだ本隊に動きはありません。ただ、明日動きがあるのは間違いありません。連絡はここで受けた方が都合がよいと思ったのです。あなた方も当然、そっちに向かうおつもりでしょう?」

「確かに、そのつもりだったが、、、」


この女、こっちの動きが早まったのをみて、俺たちが本隊の戦いにも加わるつもりだと見越して、次の段取りまで整えていたらしい。

なるほど。この女の本質がかなり見えてきた。

これは味方にいれば頼もしい。ただし、相当こき使われる覚悟は必要らしい。


「とりいそぎ私は女たちの様子を見てまいります。けがや病気の簡単な手当ならできる人材を連れてきております。女たちは明日の早朝にドンファンに連れていくつもりですが、応急措置が必要ならば今やってしまいますので。あ、食事の用意ができたらお呼びしますので、しばらくはご随意に。」


イーニャンが行くのを見送って、リャンが切り出した。

「俺たちの本隊もそう数が多いわけじゃねぇからな。一人でも多いに越したことはないし、俺も当然、明日はあっちにも行くつもりだったがよ、あの姉さん、俺たちが行くって決めてかかってやがったぜ。ありゃ相当なやり手だな。おそれいったよ。」

「ああ、俺もそう思う。」

ボリも横でうんうんと頷いている。


「カラ・サグ、あんたも、もちろん行くつもりだろ。」

「ああ。ここでぼうっとしてても仕方がないし、あの連中を残しておけば、また別の誰かが攫われる。」


「あの姉さん、酒でも持ってきてねぇかなあ。」

「さあ、酒は持ってきてないんじゃないか。」


「いや、ちょっと聞いてみろよ。こういうんじゃないか。『お酒は少量なら用意しておりますが、大量にはありません。大量に摂取しますと健康を害しますから。』ってよ。」

「はははは。本当にいいそうで怖いな。」

ボリも横でうんうんと頷く。


イーニャンがまたこちらに来た。

「何か、私を揶揄するようなことをおっしゃっておられましたか。」

「い、いや、なにをいう。そんなこと、あるわけねぇだろ。」

「そうですか。お食事の準備ができましたので、どうぞお越しください。」


「ちなみに酒とかは、あるのかな?」

「お酒ですか。お酒は少量なら用意しておりますが、大量にはありません。大量に摂取しますと健康を害しますから。では早くいらしてください。」


俺たち三人は互いに顔を見合わせて、肩を震わせながら笑いをこらえた。


食事の場に行くと、シャオチェンは姉の隣にいた。それでいい。

まあしばらくは姉の傍にずっといさせてやりたい。

俺たちは三人でかたまって食事をとり、少量の酒をいただいた。


夜が明け、俺はまた明け方の空を見ていた。

シャオチェンがいつの間にか横にやって来た。


「おはよう。今日もやるんだろ。稽古。」

「ああ。でも今日は木剣はない。真剣しかないぞ。それでもやるか。」

「かまわない。やるよ。」


俺たちは真剣で打ち合う稽古を始めた。

真剣なので、いつもの勢いでは打ち込まない。

一つずつ動きを確かめるように、剣を交えた。

少し心配していたが、碧眼は眠ったようにおとなしかった。どうやらこちらに殺意がないことを、分かっているらしい。

シャオチェンは短剣二本の扱いも、ずいぶん様になってきた。


姉との再会が果たせた。

母親を取り戻すことはできなかった。それでも、姉を救い出すことはできた。

もう後何度、こうして一緒に稽古が出来るだろうか。

シャオチェンにも多分、それはわかっているだろう。


さすがに今日の戦いには、連れていくわけにはいかない。

もしかしたら、今日のこれが最後になるかもしれない。――なんとなくそう思ったが、だからといって、特にやることを変えることはなかった。



朝、女たちを連れて、荷馬車三台はドンファン城内へと向かった。シャオチェンも同行させている。ついでに盗賊たちの馬も何頭か連れて行ってもらった。


俺たちも約束の待機場所へ向かおうとしたが、イーニャンに、連絡が入るまで待つよう言われた。

どうやら、俺たちに伝令役までさせるつもりらしい。

確かにその方が合理的だ。ただの伝令だけでなく、戦力も増えたとなれば、味方の士気もあがるというものだ。


今日の段取りはこうだ。

盗賊団は、こちらが偽情報を流したことを知っている。

だからこそ、逆にこちらを砦へ誘い込むため、必ず本隊を動かす。

俺たちはその隙に砦を襲う。

盗賊本隊は戻ってくる。

砦に残された伏兵と挟み撃ちにするつもりで。

こちらの狙いは、その伏兵を砦内に閉じ込め、本隊だけを迎え撃つことだ。


成否を分ける点は二つある。まず、砦内部の盗賊を閉じ込めておけるか。

二つ目は盗賊本隊をテムルの本隊だけで殲滅できるかだ。

盗賊本隊の数が想定より多ければ、失敗に終わる可能性もある。また砦内部の伏兵を首尾よく閉じ込めることが出来なかった場合も然りだ。


だが俺たちにはもう手札がない。少し強引でもこれに賭けるしかなかった。

したがって、ここまでうまく事は運んだが、決して楽な戦いではない。


しばらくすると、イーニャンに報告が入った。盗賊本隊が砦を出たという。

「数は?」

「三十騎だそうです。」

「三十か。」

「では、三人はすぐに待機場所でテムルたちの本隊と合流してください。」

「わかった。では行く。」


俺たち三人はボズ・エルレリ本隊が待つ、待機場所へ向かった。

ボズ・エルレリに増減がなければ、俺たち三人をあわせても総数は二十一騎。

いくつか策を弄したが、この時点で俺たちの数的不利は決まった。


あとは実際の戦闘でなんとかするしかない。リャンもボリもかなりの腕だった。

ほかの仲間も、あの二人ほどの腕なら何とかなるだろう。


俺たちは不安を抱えながら、細い勝ち筋だけを頼りに、待機場所へと馬を走らせた。





















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