第5話:新米管理人および転校生歓迎会!
波乱の昼休みが終わり、つつがなく授業を終え、放課後となった。さて帰ろうかと教科書類と書類をカバンの中に仕舞い、大きく伸びをする。
魔法傷女たちに声をかけようと思い立ったところで、真理がガタッと勢いよく立ち上がった。
「管理人さんと夏菜子さんの歓迎会しましょお!」
明日翔は目をぱちくりとさせ、全員の顔を見た。夏菜子だけが、明日翔と似た反応を示しているように見える。他の面々は、真理の言葉に頷いていた。
「歓迎会と言ってもな」
「不服かい? 柊管理人」
「いや俺がご馳走作って、俺が歓迎されるのか?」
夏菜子一人の歓迎会だというのなら、明日翔も喜んでご馳走を作った。
だが、自分の歓迎会も含むというのなら、サボれるところはサボりたい。明日翔に言われた真理は「たしかにい」と掌を打っている。
「じゃあ今日は外食にしてはどうだろうか」
優花が、ゆっくりと右手を挙げて言った。
支給されている管理人用の手帳をポケットから取り出し、規則を確認する。管理人同伴であれば、学園の外にも出られるらしい。
ほかに外出が許される条件は、里帰りのみ。それも、管理人が駅や空港まで送り届けなければならないとされている。
改めて、規則の厳しさに肩を竦める明日翔だった。
「じゃあ歓迎会してもらおうか」
夏菜子に笑みを向けると、彼女はそっぽを向きながらも頷いた。三人に目配せすると、優花は明日翔のように肩を竦めて微笑み、真理は満面の笑みを浮かべ、ユラは静かに頷いていた。
実を言えば、学園の外には興味があった。星雲島は、星雲学園を中心とした学園都市の様相を呈しているということまでは、調べて知っている。
だが、実態を知らない。学園のことをある程度調べていても、あれほどの治安の悪さだとは見抜けなかったこともあり、知識より経験だと明日翔は考えた。
「じゃあ行きましょお!」
「今から行きますの?」
「善は急げ、遊びは超特急で、だよお!」
聞いたことのない言葉だったが、妙な説得力があった。
全員連れ立って学園を出て、しばらく歩く。優花が上機嫌そうに鼻歌を歌いながら、あれが最近流行の服屋だとかカフェだとか、指し示しながら解説している。
「学園付近の一帯は学生区画と呼ばれていてね、若者好みの店が多いんだよ」
「教師陣や保護者たちのために、大人向けのお店も少なからずありますわね」
「居酒屋とかね、だがそうした店や施設の多い区画は、少し離れたところにあるんだ」
優花の解説に、ユラがほんの少し付け足し、さらに優花が解説し直す。そんなやり取りを何度も聞いた。
健全な青少年育成を促すため、大人向けの店が並ぶ歓楽街区画と学生向けの区画をしっかりと区分しているのか、と明日翔は静かに頷く。
「お二人さん、何が食べたいですかあ?」
隣を歩く真理が、人の良さそうな笑みを向けてきた。
「そうだな……」
激辛料理が好きだが、この場では相応しくないだろう。酒を飲みたいという気持ちはあるが、未成年を連れ立って歓楽街区画に行くわけにもいくまい。
そうして考えているうち、わからなくなってきた。
「柊管理人は酒を嗜むのかな?」
悩んでいると、前を歩く優花が振り返りながら聞いてきた。
「無類の酒好きだ」
「では酒が飲める店がいいね、笛吹さんは何が食べたいだろうか」
良いのだろうかという気持ちがある反面、内心ガッツポーズした。
夏菜子はというと、どこか虚空を見つめて一瞬の間を空けた後、首を横に振った。
「ウチは特にねえから任せるよ」
「そういうことなら、あの店だね」
優花達三人が、顔を見合わせて笑っている。どうやら、三人のおすすめの店が合致していることが言外で判明したようだ。
最初からそこに連れて行くつもりだったのだろう。計画通りという笑みなのだろうか。
連れてこられたのは、歓楽街区画と学生区画の中間に位置する路地の、奥まったところにひっそりと佇む店。地下へと続く階段があり、見るからに隠れ家的な店といった雰囲気だった。
優花が言うには、ここは魔法使いが営んでいる店だそうだ。
「ここは酒類も提供しているし、万が一魔法を使ったとしても騒ぎにならないよ」
「ん? いくらなんでも一般客がいたら騒ぎにはなるだろ」
「まあ百聞は一見に如かずだね」
訝しむ明日翔に微笑みかけながら、階段を降りきって扉を開く優花。
入店すると、人の良さそうな顔立ちをした女性がカウンター越しに笑顔を向けてきた。黒髪を短く切り上げており、まっすぐこちらを見据え、程よい角度でお辞儀をしているところを見るに、真面目な人なのだろう。
「優花ちゃんたちやん! 久しぶりやねえ」
地味で真面目そうな雰囲気とは裏腹に、元気いっぱいの関西弁。面食らっていると、三人は会話に花を咲かせ始めた。
その会話を聞くに、彼女はこの店の店長であり、星雲学園のOG。名前は
会話を聞きながら見渡す。内装は至って普通の居酒屋といった風情だ。そうしてキョロキョロとしていると、奥の半個室に案内された。
「ここはねえ、認識阻害をかけとるから一般客からは見えんし聞こえんよ」
「だから魔法を使っても問題ないんだよ、柊管理人」
なるほど、と思うと同時に明日翔は疑問に思った。
「認識阻害って、そんなポンポン使えるような代物なのか?」
魔法傷女寮にも、魔法傷女学級の教室にも、認識阻害がかけられている。魔法を応用した技術だということだけは知っているが、そのコストなどは明日翔は知らない。
ただ、それほど安くはないということは想像に難くなかった。
「ああ、あたしが作った技術やからね!」
えっへん、と陽香留は胸を張って笑みを浮かべている。
「へえ、あんたがねえ……ええ!? あんたが!?」
一瞬涼しい顔をして澄まして言ってから、目を見開いた。思わず上体を逸らしてしまうほどの衝撃だった。
「いいリアクションやねえ」
「いやいやいや」
「あたしの魔法は光属性、それを応用したんよ」
「光……」
光属性の魔法というと、確か防壁魔法じゃなかったか。そう思ったが、すぐに思い出した。魔法傷女寮に来るまでに調べた内容に、強大な光魔法を自在にコントロールできる者が一人だけいるという話があった。
その人物により判明したのは、光魔法が強力になれば認識操作ができるようになるということ。防壁も、相手の認識を歪めることで距離感を誤認させ、相手の攻撃を自分に届かなくさせる魔法なのだと。
「なるほど」
満足気に笑う陽香留を見て、改めて魔法という力の強大さと複雑さを理解させられた。
「さあさあ! 立ち話してないで、入りましょお!」
「最初の飲みもんのオーダー取るでえ」
靴を脱いで半個室の座敷に入り、各々勝手に座りながら、注文をしていく。明日翔はビール、ほかは全員思い思いのソフトドリンクだ。
席は自然と、明日翔が誕生日席になった。入口から向かって右側、壁を背にできるから酒を飲むにはありがたい。
一番近い席には、右側に優花が、左側に夏菜子が座った。
かくして、新米管理人および転校生歓迎会が開催となった。
ここの料理は、どれも絶品だった。陽香留が全て作っているらしく、料理が唯一の特技と自負する明日翔にとっては、ライバルが出現したかのような焦燥感に駆られるほどの美味しさ。
酒との相性もよく、明日翔は段々と気分がよくなってきた。
優花たちも、羽目を外しているように見える。真理が特に、いつにも増して賑やかだ。
「よおし! ここで一発芸しまあすよお!」
真理がスクと立ち上がり、唐揚げのレモンを手に取り、むむむと唸っている。次の瞬間、彼女の足元から風が噴き上がった。
ふわりと宙に浮く真理が、高所から唐揚げにレモンをかけはじめた。ユラが額に手を当てて首を横に振っているのを見て、なぜか笑みが込み上げてくる。
「いつも言っているだろう、大皿の唐揚げ全てにレモンをかけるのはやめるんだ」
優花がピシャリと咎めたが、明日翔は内心いやそこなのかよと思った。優花も、魔法で一芸を披露すること自体には反対ではないらしい。
案外、優花もノリが良いのかもしれない。
「まあまあ、唐揚げもう一皿頼もうな」
注文のための呼び鈴を鳴らすと、優花は唐揚げと一緒に激辛麻婆豆腐を注文していた。聞き捨てならない言葉だった。
「激辛あるのか!」
思わず声をあげると、優花はニタリと微笑んだ。
「ほう、柊管理人も辛いのが好きなのかな?」
「無類の激辛好きだ」
明日翔もまたニヤリと笑いながら答えると、優花は、くすくすと口元に手の甲を当てて笑った。麻婆豆腐を2つに変更してもらった。
そのときだった――。
「目がああああ! 目が痛いですわああああ!」
ユラが、両目をおさえて悶絶。
「おい大丈夫かよ」
慌ててユラに治癒魔法をかける夏菜子に、流石に悪いと思ったのか着地して素直に謝罪する真理。魔法という異質な力は介在しているが、仲睦まじい普通の高校生同士の微笑ましい一幕に、明日翔は「ふっ」と微笑みながら芋焼酎のグラスを傾ける。
「あいつ案外優しいやつだぞ」
本人に聞こえないよう、優花に耳打ちすると、今度は彼女が明日翔の耳元に唇を寄せた。
「ああ、そうみたいだね」
それから離れて、微笑む優花を見て、「ああ」とまた微笑みながらグラスを傾ける明日翔だった。
終始賑やかだった歓迎会は、騒ぎ過ぎて真理が力尽きて寝てしまったことでお開きになった。真理を背負いながら寮に戻り、大浴場に入りながら考えを整理しようとしたが、酔っているのを自覚しているため、シャワーだけに済ませておいた。
シャワーだけと言っても、やはり大浴場の洗い場だったが。ただ一人の男のためにあるにしては、広々としすぎていて寂寥感がある入浴体験だった。
タバコを吸おうと中庭ベンチに座り、火照った体を風が撫でる心地よさに目を細めながら、ポケットを探る。またも、ライターを持ってきていなかった。
「またライターを忘れたのかい? 柊管理人は忘れん坊なのかな」
そんな明日翔の前に、笑顔をたたえながら優花が近寄ってきた。
「どうもそうらしいな」
明日翔は肩を竦めながら、彼女が差し出す火をもらう。
二人でベンチに腰掛けながら、明日翔はほっと薄紫混じりの息を吐いた。煙は二人の間で遮断され、立ち消える。
「どうかな? 管理人業務には慣れたかい?」
「最初はどうなることかと思ったが、なんとかやっていけそうだ」
「何よりだよ」
だが、ひとつ気になることがあった。
「どうして優花は、最初から友好的だったんだ?」
真理とユラは、初日は少しぎこちなかった。それが当然だと思うから、2日目の朝に優花が代わりに謝罪してきても、いまいちピンとこなかった。
むしろ、優花の態度のほうが異常に思えたのだ。
聞かれた優花の顔を見ると、彼女は澄ました顔で空を見ていた。
「正しくありたい、他人に対してなるべくフラットでありたいんだよ」
「なるほど、それはいい心がけだな」
「ただ、自分が正しいなどとは到底思えないのだけれどね」
また、寂しそうな顔をした。
昨日ここで会ったときと同じような顔だった。
「そりゃあ、誰だってそうだ」
「そうかな」
「管理人だからあれこれ言うこともあるだろうけど、俺は常に自分を疑っている」
彼女の抱えるなにかの解決の糸口になれば、と思いながら明日翔は自分の考えを語る。
優花はそれを、ただ静かに聞いていた。
「自分を正せるのはいつだって自分だから、自分を一番信じるのも自分であるべきだし、自分を一番疑うのも自分であるべきだ」
言い終えて、また煙を吸い込む。夜空に向かって吐き出すと、体に悪い毒煙はとぐろを巻きながら夜空へと昇り、消えていく。
「あなたは変わっているね、柊管理人」
「そうでもないだろう」
「いや、これまでの管理人とは何かが違いそうだ」
思わず、彼女の方へ顔を向けていた。彼女の声が、わずかに震えていたから。静かに震える声で言った彼女の瞳は、少しだけ潤んでいる。
(なにか、思うところがあるんだろうな)
そして、優花はベンチに両手をついて勢いをつけ、立ち上がった。ぴょこっとほんの少し跳び上がり、着地する。
そうしてくるりとこちらへ振り返り、微笑んだ。
「改めて歓迎しよう、ようこそ青雲学園魔法傷女寮へ」
優花に差し伸べられた手を、明日翔はタバコの火を消して取る。
「こちらこそ、よろしく頼む」
二人の間に、もう謎の結界は存在しなかった。
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