第14話 美紗和の意外性2
いつものダイニングルームの大きなテーブルでなく、奥のキッチンテーブルにぼんやりする彼女を拝見してから、彼女の瞳の奥に去来するものを感じた。今日は柳沢が当番なのか、夕食が終わりキッチンで食器を美紗和と洗い出した。みんな部屋に戻ったが山上一人、キッチンの洗い物が終わるのを待っていた。やがて食器を片付け終わり部屋に戻る柳沢に声を掛けた。
「冴木さんから缶ビールを頂いたので呑みませんか?」
「あたしも付き合うから。ロング缶が一ダースもあると冷蔵庫が一杯になって少し減らして欲しいけど」
躊躇する柳沢に美紗和さんが助け船を出してくれた。
彼女のひと言に気を良くして、柳沢は好いですよと奥のキッチンテーブルに座った。つまみとコップ三つ、美紗和さんが用意してくれた。急に彼女は積極的に手を貸してくれるのは冴木さんのために一生懸命のようだ。彼女のお陰か勧められると柳沢はよく呑むみたいだ。
「しかしロング缶は飲み応えありますね」
この顔ぶれは一人ロング缶一本では足らないようだ。
「まさか柳沢君は今日ひと晩で呑むんじゃないでしょうね」
「呑めるわけないでしょう」
「山上さんがどうしてあなたを誘ったか、報告したいのよ」
「何ですか」
彼は酒を呑まなくても陽気だ。冴木が彼を運転手に呼ぶのはそのあたりにあると思うほどだ。
「僕が来た最初の日に君が美紗和さんの仕事が大変だと言っただろう。来週から
「伯父に吉行君があたしの家事は大変と云われた話をすれば、直ぐに都合つけてくれたのよ」
もちろん山上さんにひと押しされて、それならと頼んだ。これで柳沢も山上に対して好感を持ったようだ。しかも来週からとなるとますます柳沢は来たばかりの山上を見る眼が変わった。美紗和さんの手伝いを当番制にしているのが来週からなくなれば他の者も山上に対して一目置くだろう。
「本当ですか」
「君が昨日の夕食のあとの歓迎会で美紗和さんの家事を聞いてこれはほっとけないとあんまり乗り気でなかった美紗和さんにぼくからも頼んだ」
「シェアハウスで言ってるのは吉行君だけだったけど、二人いれば伯父も考えるかも知れないって言ってみたの」
来週から来る賄いの人は、五十を過ぎて子どの手も離れご主人も帰りが遅いから丁度空いた時間が埋まって、収入も増えるから向こうも喜んだ。なんせ歩いて十分もかからない近所で、午後から来て貰ってキッチンとダイニングルームを掃除してもらう。それから買い物して仕度すれば、丁度六時の夕食と後片付けで、夜の七時には引き揚げてもらう予定で平日のみ来てもらう。
「そう言う事だ。それで此処では車の免許を持っているのは、今までは美紗和さんと君で冴木さんの用事で良く休日は運転手に呼ばれているそうだが、休みの冴木さんは何処に行くんだ。俺の場合は前の会社まで運転したが、休日に冴木さんはそんなに出掛けるのか」
「先生は気まぐれなんですよ。美紗和さんだと市内が多いそうですが僕の場合は山道をよく走らされますよ」
「何だそれは、山に分け入って自然を堪能するのか」
「まあそんな所ですか。色々ですが、山上さんも運転できるので、やっと休日は先生の運転からぼくは解放されますね」
「でも冴木さんは君を気に入ってるんだろう」
「僕は用事を作って、これからは山上さんと交代できて、ホット一息吐けます」
「それほど冴木さんには気を使うのか」
「気を遣うのは先生でなく道、凄い山道ですよ。悪路だと片側は崖になって気が抜けないですからね」
「何でまた冴木さんはそんな所へ行きたがるのか、美紗和さんは心当たりありませんか」
「どうでしょう。あたしの時は平日で市内ばかりで、吉行君がそんな場所ばかり行ってるなんて言ってくれないんですもの」
「だって平日は会社が有るから美紗和さんとはすれ違いが多くて、言いそびれてしまいます」
「じゃあ次からぼくが暫く代わりましょう。昨日の運転で冴木さんも任せられると思っていますから」
「さあそれはどうでしょう。あたしの時も市内ばかりしか頼まないから、山上さんもまだ山道は頼まないかもしれませんよ」
「その心配は要りませんよ。ぼくがどうしても行けない用事を言えば山上さんに頼むしかないでしょう」
「これで、はかどるわね」
美紗和さんに言われて、山上も無理に冴木さんを誘わなくて、これで気分が楽になった。
「美紗和さん、何がはかどるんです ?」
柳沢吉行は変な顔で美紗和さんを見て、美紗和は慌てて何でもないと顔を逸らした。
「ところで柳沢くんは明日の土曜も仕事か」
「各週事に入れ替わるんで、こん週は休みです」
「それは冴木さんも知ってるのか」
「どうでしょう。時々間違いますから気にしてないんでしょう」
「そうか、ぼくの時は朝急に言われたけど、休日なら冴木さんも予定はなさそうだが、そんな時も車の運転は急に言われるのか」
「あたしが居るから伯父は気にしてないみたい。でもこれからはもっと気にしなくなるわね」
「明日もし言われれば、用事があるって言って俺に振り替えてくれ」
「でも山上さんも仕事があるんでしょう」
「俺の仕事はフリーで何でもやる。よかったら君のデザインの仕事も美紗和さんのアニメの仕事も引き受けるよ」
「へ〜え、そうなの」
柳沢は任す気はないようで助かった。
「そうなの。以前急ぎの仕事が入って誰か引き受けてくれる人を頼んだ処、山上さんを紹介されてそれからの付き合いなの」
そんな話は聞いてないし、賄いも山上のお陰だと吹聴してくれて彼女のホローの仕方は凄い。良く気の利く人だと改めて見直した。しかもかなり協力的なところも気に入ってしまった。
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