第12話 奥平梨沙2

 梨沙とはほんの数日前にシェアハウスの夕食で顔を合わしたばかり。ほかの面々も同じだ。いずれじっくりと話してどう言う考えを持っていて、それが冴木にどういう影響を与えているかを観察する。先ず最初に大学の練習室が空くまで一時此処で練習をしていた梨沙が、最初の話し相手になって昼食を共にした。同じ家の住人でなければ直ぐにこうも行かなのが此のシェアハウスの利点だ。先ずシェアハウスの五人中では素描き友禅をやっている北原祥吾があの中では一番付き合いが下手そうで中々話に入りにくかった。所詮は人見知りするタイプだと小野田美由紀が言っていた。おそらく此の二人は油絵と素描き友禅で、絵を描くという接点があるからだろう。一方目の前の梨沙は余り人見知りしない。今日もドア越しで話せば、直ぐに乗ってきてくれて、揚げ句に大学まで案内してもらった。昼から演奏仲間が来るまでの時間内に話し込んで多くの情報を仕入れておきたい。

 スパゲッティをフォークで上手く絡めて梨沙は、小気味よく口元に運んでは咀嚼する活力には驚かされる。フォークを持つ手と弦を弾く手も、あのように鮮やかな動きになるのかと見取れてしまう。

「あのシェアハウスは一般の賃貸情報には載ってないのに、しかもあの部屋は先生が物置に使っていたのに、そこまでしてなぜ美紗和さんに取り入ったんですか」

 しかも咀嚼する口と喋る所は別ものだと言わんばかりに、こっちが伏せていた事をもろに言われてしまった。当然、返す言葉は用意してない。即興で考えさせられる。

「美紗和さんのお父さんと僕が習っていた大学の先生が友人でその関係で……」

「それって、此の前聞きました。探すにもどうしてそんなややこしい伝手を利用しなければならないんですか。ほかにも適当な借家物件はなかったんですか」

「嗚呼、そう言う事か。そう言うときは先ず身近な人に当たるだろう。それより梨沙ちゃんはあのシェアハウスを大学で知ったけど。僕と違って伝手がないのに、社会人の柳沢君と北原君はどうして知ったんだ」

「翔吾が美由紀と友達なのよ、で、翔吾と吉行が同じ高校で卒業してからも時々付き合っていたみたい」

 それ以上、彼女は干渉しなくて、詳しいことは本人に聞けと打ち切られた。

「そうか、二人の繋がりは判ったけど、小野田さんと北原君はどうして知ったんだ」

「美術館で知り合ったって聞いたけど詳しいことは知らないし。あのシェアハウスでもベタベタした関係でもないし。ただあの二人は絵だけが共通しているだけみたい。でもどうしてそんなこと聞くの?」

 突っ込みすぎたのか逆に返された。

「そりゃあ入居したばかりだから、どんな繋がりの人達が居るか、気になったまでですよ」

「どうして気にするの、みんなそんなに聞かないのに」

 そう言えば彼らはひと癖あって、みんな深く立ち入らないと美紗和さんが言っていた。この辺で変に疑われればまずい。

「それもそうだ、梨沙ちゃんはどうしてチェロを弾いてるんだ」

「もうー、山上さんって、どうして生きてるのって聞かれたらどう答えるの」

「そりゃあ、天が与えた命を粗末にしないため」

「ずるい、そんなありきたりなもんじゃ答えになってない」

「だってそうしか答えようがないだろう」

 答えようのない質問をするなと言うように呆れている。学生の頃はもっと気の利いた質問を浴びせて先生を困らせたもんだ。あの頃の向学心はとっくに冷え切って、いかに目立つように振る舞って得点を稼いでいた。今こうして芸大の生徒を相手に、ろくな言葉しか選び出せなくて、深層心理の何かを語る資格が、四年近いバイト生活で色褪せて黴びてしまった。

「天から与えられた命だけなら、他の動物と変わらないでしょう。自分は何をなす為に、でしょう」

 何だそれは、音楽と言うより哲学だなあ。

「聴き方が悪かった。どうして音楽が梨沙ちゃんには快く自分に響くんだ」

「動機はそうでも、深入りするとそんな風に音楽を感じたことは一度もないわ。音楽だけじゃない。みなんなそうよ。此の大学に通っている人は」

 要するに新しいものを作り出す産みの苦しみに、多くの創作者がえている。日々、作品の完成を夢みて押しつぶされそうな自分に必死に耐えている。その気持ちを聞かれても、同じ苦しみを味わってない人に、どう伝えていいか戸惑う。

「でもいつもパニック状態で演奏はしないでしょう。落ち着いて冷静沈着と言うより、多分無の境地で弦を弾いているんでしょう」

 大抵ホールでの演奏を見ていると、眼を閉じて自分の音色に酔うように演奏する演奏者を見ている所為せいなのか、そう言う場面しか浮かばなかった。

「心の葛藤は外でなく、旋律にどれほど反映出来るかが演奏家の骨頂ですよ」

 そうかそんな突っ込んだ話になるとついて行けん。

「和歌山か、大阪にも芸大はあるのに何でわざわざここまで来るの」

「ギスギスしてないところかなあ。そんなことより、あたしに構ってないで山上さんもアニメの仕事があるんでしょう。下絵の依頼をため込むと仕事が来なくなるんじゃあないの」

 此処で話の打ち切りは良くない。もっと気の利いた誘い文句はないか、気を揉んでいると、楽器のケースを持ったまま数人が彼女を見付けて寄ってきた。梨沙も「ようー」と気軽に応じている。

「じゃあ山上さん、メンバーが揃ったからこれから練習するわ」

 梨沙は他のメンバーと一緒に店を出た。どうしてあんな単調な乗りの出来る子を、冴木は入居を決めたのか。今朝の冴木と今の梨沙との接点が皆目掴めなかった。

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