第7話 最初の日々
翌日は朝の八時頃に山上は夕べと同じダイニングルームに顔を出したがあの大きなテーブルには誰も居なかった。吹き抜けでない奥のキッチンテーブルに美紗和さんが居た。
「あれ、みんなまだ?」
「朝はバラバラで、起きた順にこっちのテーブルで食べてるわよ」
彼女は飲んでいた紅茶を保温のティーポットから淹れてくれた。一階に居る社会人の柳沢と北原がやって来た。二人は挨拶もそこそこに、美紗和さんが作ったハムエッグを食べながらテーブル上のトースターからトーストされたパンにバターと蜂蜜を塗り、ティーポットの紅茶を飲み、時間に追われるように朝食を済ました。あとはサッサと茶碗だけ洗って「行ってきまーす」とそのまま家を出た。
「何だ、社会人は慌ただしいなあ」
「まあねぇ、あの二人は会社があるから特に吉行君はタイムカードがあるのよ」
素描き友禅の北原祥吾は、反物一つ仕上げての出来高払いで、タイムカードはないが出勤時間は決まっていた。
「どう、昨日はシェアハウスの面々の様子もだいたい解って、山上さんの今までの研究活動から特に興味を惹く事ばかりでしょう」
「そうだなあ、一番真面なのは柳沢吉行君か、彼はどうなの。仕事とかプライベートは聞いてないのか」
「そうね吉行君は、どっちか言うと伯父さんはあの中では真っ先に入居者に決めた人で、何か気に入るものがあったのは確かね」
それを調べるのもあなたの仕事と彼女の目は言ってる。
「昨日の話を見ても一番頼りになりそうなのに、吉行君は我を前面に出さなかった。けど他の人がオロオロするばかりでも、いざとなれは力を発揮する人なのよ」
「そんな場面にでくわしたのですか」
「幸か不幸かまだないの。雲行きが怪しくなれば収めてくれのも彼のようだけど……」
これはあたしのヒントで、後は自分で考えろと彼女の眼は手厳しい。
「一番何もしないのが北原君か。同じ歳らしい岸部君は口は達者だが、手の方はそうでもないなあ。彼は何を彫ってるんです。見たことはあるんですか」
「大学には殆ど行かなくて、まあ文化祭の時は顔を出すけど。そう言えば来月かしら」
「何かイベントあるんですか」
「それが、あの人たちは関わってないらしくて、そんな話をしないのよね」
「梨沙さんはチェロって聞いたけど、何処で弾いてるんだろう」
「此処では余り弾いてるのを聞かないわよ」
「一度聞いてみたいし。それより岸部君の彫刻も見てみたい。後は美由紀さんの油絵か、みんな興味が尽きないのも決めた冴木さんの気持ちが何処かに繁栄してると思えば気になるなあ」
そうは言っても冴木自身は文化祭に顔を出さないし、北原や柳沢の会社にも顔を出したことはないそうだ。
「大学に一般者が自由にも立ち入れるのは文化祭だけか」
「そうらしいし、文化祭も近いし、それまで楽しみに待ってれば良いでしょう。それより山上さんのお仕事は冴木さんでしょう」
「うん、まあそうです。それで美紗和さんは小さいときから冴木さんを知っていたんですか」
「いつからかしら」
彼女が想い出に耽りだすと、眩しいほど目の輝きが山上の心の中に飛び込んでくる。その目に囚われていると、急に顔を上げた彼女の視線と合ってしまった。思わず視線を逸らした。
「父は結婚するときに此の家を出たのです。その時に伯父は丁度あなたと同じ歳かしら。父は伯父より四つ下で母と結婚して三人の子供が出来て兄と姉とあたしなんです。上の二人とももう結婚して小さい子供も居ます」
「するとお父さんは」
「今年で五十八です厳密には十カ月間は五つ違いです。父が三十半ばであたしが生まれた。姉とは七つ違い兄とは九つも違う。ですからあたしが生まれた頃伯父さんは四十前でした」
「すると冴木さんはもう直ぐ六十三か。還暦はとっくに過ぎてる」
彼女は薄笑いをして、伯父は還暦を過ぎてから歳を聞かれると誰にでも還暦だと言っていた。
「結婚してお父さんは此の家には時々来るんだろう」
「そう、あたしが覚えているのは三つか四つぐらいかしら。おばあちゃんからもらったおにぎりが甘かったのを覚えている。実家は塩味なのに甘くて驚いた。そのおばあちゃんはあたしが中学の頃に亡くなって、おじいちゃんは大学生の時かしら。それから伯父さんは一人で此の家に居て、時々あたしが来てシェアハウスの話をすれば気に入って今の環境が整ったの」
美紗和さんが此の家に両親とたまに来ていたのは小学生まで、それ以後はおじいちゃんが亡くなるまではずっと来ていなかったらしい。
「それじゃあ美紗和さんは小学生のころと最近の冴木さんしか知らないのか。小学生ぐらいだと、たまに来れば伯父さんは可愛がって貰って良い印象しかないか」
「そうね」
「同じ屋根の下に居れば最近でも良く解るだろう」
「でもね、一対一じゃないのよ。昨日の夕食でも解ったようにあの人たちと一緒だから。細かいところは解らないからあなたに来てもらったのよ」
要するに身内である彼女は当てにするなって事だ。それじゃあ夕べ会ったシェアハウスの面々から何を聞き出せばいいんだ。少なくとも姪である美紗和さんより冴木を知っているはずもないのに。要するに冴木本人からさりげなく心に渦巻き居座るものを摘まみ出せと言っているのか。そうでなければわざわざ山上に頼まなくて済む。それだけ期待されていると任されるほど、伯父はいったい何に心を追い詰められているのだ。
昨日会ったばかりで何が解ると思っても、うぬぼれないでと彼女の目は告げていた。最初から誰が見てみても
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