第5話 最初の夕食2

 此処に居るのは岸部も例外なくみんなひと癖あり、二面性を持っていなければ無から有で、色んな作品は生まれないだろう。人間を見る山上には、いまだ到達仕切れない未知の世界だ。研究室では味わえない人が此の家には満ち溢れている。

「岸部君は芸大で何を学んでるんです」

「京都芸大と違って白川のは造形芸大で、あたしがやってるアニメの学科もあるのよ」

「じゃあ、彼もアニメを学んでいるのか」

「ううん、彼は総合造形コースで彫刻をやってるの。同じ芸大でも向かいに居る小野田さんは油絵を専攻して、その隣は今出川キャンバスにある大学でチェロを専攻している。隣の柳沢君が出版関係のデザインの仕事、その隣の北原君が素描き友禅の会社で素描きをやっているの」

「冴木さんと喋っている岸部君が彫刻か、さっきはそんなイメージじゃなかったなあ」

「そう、でも彼の手を見れば 細かい傷だらけよ」

「へぇー、そんな人にキッチンを任すのも何か気が乗らないなあ。のみと金槌で、毎日格闘している男が台所に入るなんて信じられへん」

「ルームメイトもね、最初は良くないって、でも伯父様は、今もああして喋っているように、仏像にはかなり関心があって『俺の仏壇に収まる仏像を彫ってくれ』って以前言ってたわよ。でも小さいのは結構手間が掛かるみたい」

「丁寧に彫ろうとするからだ。円空みたいに一刀彫りにすればいいのに、なんせあの人は生涯十二万体の仏像を彫ったと言う伝説の持ち主なんだ」

「あらッ、そうなの、凄い。でもそんな話を彼はひと言も云ってくれないのよ」

「仏師はあまり語らない。作品作りに集中すれば喋り出す暇がないより、本当は真似されたくないんだろう。第一、同じ物に取り組んでる人もいない。みんなひと癖ありそうで個性がバラバラな人を冴木さんはわざと選ぶのか」

「伯父様がそうなのよ。その方が関心の幅が広がっていいらしいの」

「あっ、冴木さんがそろそろ引き上げる。エッ、此処の主人なのに食器は自分でキッチンまで持って行くのか」

「そうよ、別に驚くことはないでしょう」

 冴木は流しに食器を置くと山上の所まで来て、肩を軽く叩きながら「今日はゆっくりこの場で話せばいい」と先に一人階段を上がり部屋に向かった。下から部屋に行くまでずっと山上は見上げていた。

「どう、こうして下から退場するのを見られるのも、主役が舞台から袖に下がるみたいで格好良くない」

 アンコールがなければ淋しいけど。

「それも冴木さんの趣向なのか」

「まさか、リフォームのときは、とにかくみんなとワイワイやれるような家にしたいと、中央にこんな吹き抜けとそれを囲む廊下を作ったけど、今考えるとそうこじつけられても仕方ない内装になっちゃった、て感じね」

 そろそろみんなも食器持ってぞろぞろと流しに移動した。美紗和さんは当番の岸部君に声を掛けて二人はキッチンに行った。山上も食器を持って行きかけると向かいの小野田さんに「このままお部屋に戻ってもつまらないでしょう」と食器を片付けたら此処で残った四人でビールを呑む話がまとまった。

「冴木さん一人部屋に行ってしまって、いいんですか」

「いいわよ。週に何回かこうして座談会をやるの。伯父様も部屋から出て加わることもあるわよ」

「そう、その時は伯父様がお酒は持ってくれるからラッキーよ」

 此処では冴木さんでなく、みんな伯父様で通しているのか。美紗和さんに聞くと男性は親しみを込めて親父さんと呼んでるが、冴木先生でも本人は気にしてない。その時その時で呼び方が変わるらしい。

 みんな冷蔵庫から缶ビールとコップを持ち出した。

「持ち出すときはキッチン奥にある白の冷蔵庫が此の家で、銀色の方が我々住人専用の冷蔵庫で間違わないように」

 柳沢君から言われた。つまみは食器を使わないように乾き物ばかりがテーブルに並んだ。この辺はまだキッチンで食器を洗っている美紗和さんと今日の当番への心遣いだ。

 此処に居るシェアハウスの四人はみんな表情がいい。夕食準備をするさっきの岸部のようなニヒルな表情はなかった。一体どっちが本当の素顔なのか、初めて見る限り見当が付かない。更に酒が入るとどう変わるのかも判らない。小野田と奥平と社会人の柳沢が向かいに座り、山上の隣には北原が座った。

「みんな此処は何で知ったの?」

 ネットと一声に返って来た。

「じゃあ、ほとんどの情報はネットか」

「そうじゃないけど、じゃあ山上さんは何で知ったの」

 缶ビールのまま呑んでいる前の小野田が関心が強いのか身を乗り出してきた。

伝手つて、美紗和さんからお父さんと友人に当たる人の紹介なんだ」

「人聞きでも三人ではえらいネットワークですね」

 バイトだった山上は、この中で一番真面そうに見える社会人の柳沢の質問には頷けるものがある。

「柳沢君は社会人らしく、得意先や顧客なんかで横の繋がりが多いからネットより、その方が耳に入りやすいだろう」

「でも情報が偏りますよ。そこに行くとネット配信は色んな情報がありますからね。此処のシェアハウスの住人募集なんて無理です」

「あたしはバイト先の人から聞いた」

「小野田さんか、バイトは多いの」

「前は多かったけど、ここに来て家賃は安いし朝晩食事にありつけるから。だいぶ生活費が浮いて私用の冷蔵庫にはビール以外にワインも買い込んで、ワインは部屋で梨沙と一緒に呑むの」

「梨沙さん? ああ奥平さんか」

「そうだよ、それより山上さん、此処では名字でなく、みんな名前で呼び捨てにしてるんだけど。山上さんも敬一でいいかしら」

「でもなあ、俺たちは歳は近いが、山上さんは三十手前でどうかなあ」

 流石は社会で揉まれている柳沢らしい意見だが歳は余計だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る