冴木とシェアハウスの五人
和之
第1話 先生からの依頼
厄介な依頼を
阿倍の研究室を山上は訪ねた。阿倍が此の男に会うのは五年ぶりだろうか。それほど忘れられてはいないが阿部にすれば、上下関係に揉まれるのが嫌な男だけに頼みにくい相手だった。今度はまったく関係ない個人的な依頼だけに、やっと山上敬一に相応しいと声を掛けたのだ。
山上は大学に入ってずっと阿倍先生の講義を受けて、時には研究室にも押し掛けた。阿倍先生は将来を見込まれたせいか個室だった。これに気を良くして山上は此の部屋を頻繁に訪れるようになった。阿倍も山上の誠実そうなところが気に入っていつも愛想良く迎えてくれた。だが大学を出ると研究室に足を運べる時間はなかった。主に大学講義の続きのようなメールや電話の遣り取りは細々と繋げていた。それだけ山上の素質を気に掛けていた。そこに彼の為に降って湧いたように、先生は直ぐに山上を呼び出した。
郊外にあるモダンだが古い家を捨てきれず、持ち主の
伯父の冴木は還暦を過ぎた歳になっても、まかないもお手伝いも雇わずに此の広い家を管理していた。そこに一族では一番若い姪を寄越した。此の屋敷をシェアハウスにしたのは姪だった。
「私に伯父のケアを頼んだのはその姪の美紗和さんのお父さんで、彼女から伯父の事を聴けば良い。本人は真面だと思って何ともないようだ。まあこれは阿倍氏だけでなく依頼を受けた対象者の総てはそう思っている。希に普通じゃない、俺はおかしいと駆け込む者もいるが今は別扱いとして、それとシェアハウスの五人は冴木氏が面接した入居者で彼らの動向も君のケアに役立つだろう」
大まかな概要を聴いて、山上は先生の頼みを受けることにした。
「冴木さんですか、どんな人です」
「俺もよくわからんのだ」
「エッ!」
これには一瞬驚かされたが、想い出したように笑ったところで、此処が学習のど壺だと先生に言われた。これに君がはまって要領を得れば、我が大学に招くように働き掛けると言われた。あの頃と違って、バイトに明け暮れると学校の先生も悪くないと思うこの頃になって意欲も湧いた。
阿倍と冴木は親が顔見知りでわしと永一が小学生の時に家族で冴木が持っている山の別荘に夏休みに三四日一緒に泊まった。近くの小さい川で子供ばかり五六人で遊んだが彼、冴木永一は我々の中には入らずに中々観察力が凄くて川の中の魚や昆虫を熱心に捕まえていた。あの時はわしと永一は五つも歳が離れてただ遊ぶのでなく、どう遊ぶかを考えていたのは彼一人だった。あの時はわしもみんなとワイワイと遊ぶのに夢中になったが、それが五十年ほど前なのに、今では強烈に印象に残っている。そう言えば昨年、わしの父が亡くなった時に君も弔問に来てくれた。あの時に君の隣に座っていた八十の老人が居た。あの人が冴木永一のお父さんだ。尤もあの後お父さんも亡くなったが、まあ行ってみれば解る。
夏の盛りが過ぎても残暑は残るが、流石に朝晩は涼しいのを通り越して冷え込む日もある。まして京都の洛北となれば、大阪より朝晩は冷えるらしいが盆地独特の地形から暖まり出すと、盆地の底に居座って暑さがぶり返す。依頼された阿部先生から健康には注意するように聞かされて送り出された。
観光ルートからズレているのか、京都駅から
「ばか言え、姪の美紗和さんからバス停から歩いて十分と聞いた」
あれは充分歩けばいいの聞き違いか。あの面倒見のいい阿倍先生がそんなええ加減なことは云わない。
第一、俺はあの先生から色々教わった。実に丁寧に受け答えされていたが、時には禅問答でひと言発して後は考えろと言わんばかりに黙られた。あれは先生特有の優しさだと知るのにそう時間が掛からない。それほどユーモアの中に熱意を込めて教えてもらった。その熱意に応える為にも、ここは今までの努力に対する勝負所だろう。
今回、お目に掛かるのは、阿倍先生の亡くなったお父さんの知り合いの息子の永一さんだ。その気分が優れないので永一の弟が心配になり、心のケアにお父さんに相談して引き受けたのが昔からの友人の阿倍先生だ。学部長候補の先生は冴木氏の了解を得て、教え子の山上敬一が、わしより筋がいいと本人には内緒で彼を派遣した。
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