こぎつね食堂アル・モンデ -羽菜とかみさまと食材減らずの冷蔵庫-

吉岡梅

地味な白身が今日の主役。お稲荷さまのきつね色たまごナーラ

冷蔵庫をチェックするのじゃ

羽菜はなは冷蔵庫を覗き込み、思わず「おぅ……」と呟いた。


賞味期限が近いもやし、常に存在している気がする卵。半分だけのにんじん、豆腐三丁。三丁!? そして所せましと陣取るいつ何を入れたのか分からないタッパーたち。


「おかしい……。きちんと買い物リストを作ってスーパーに行って、ついでに目についたお得な安売り品を買い込んでるだけなのに……」


スマホの中には綺麗にメモされた買い物リスト。そうです。私ってこういうところは割ときっちりしてるんです。なのに、几帳面に選んだはずの食材がいつの間にか冷蔵庫を占拠しているのはなぜ。


むむむと唸っていると、肩口からぴょこりと少年が顔を出した。


「うはー。また凄いのう。羽菜どのは冬眠でもするつもりか」

「もう! なに言ってるの! 冬眠なんてしないっての」


姿かたちは6~7歳。この子の名前は「こぎ」。紺藍こんあい作務衣さむえにぴょこぴょこ跳ねたきつね色の短髪。ちょっと吊り上がった大きな瞳をまるで糸のように細めて呵々と笑ってる。パッと見は子供らしくて可愛いのに、所作がいちいち爺むさい。


と、いうのも実はこのこぎ、人間ではない。お稲荷いなり様だ。なんだだそうだ。見た目はちっちゃい子供なのに、本当はなんと880歳――と、本人は言っている。本当かしらん? 羽菜はちょっと疑ってる。


本当にお稲荷様かどうかはわからない。だけどテンションが上がると、ときおりやしっぽがぴょこぴょこ飛び出てくる。だから、少なくともきつねではあるんだろうなって思う。


いまのところ確実なのは、ウチにふらりとやって来てはご飯を作ってくれる不思議な少年ってことと、可愛いってこと。


ちょっと胡散臭い気もするけど、正直なところ、ズボラな一人暮らしの身にとっては助かります。


そんなこぎが、楽しそうに羽菜の冷蔵庫の中をゴソゴソ確認している。


「ふむふむ。羽菜どの見るのじゃ! 卵6個入りパックが2つもあるのじゃ」

「ああー。安かったから……かな?」

「しかも両方賞味期限がピンチなのじゃ」

「賞味期限ってすぐ来るよね。なんでだろうね」

「買ってくるだけで作らないからでは?」

「くっ。い……いろいろ忙しくて料理してる暇無いっていうかー」

「ならば全部外食でいいのでは?」

「うっ。それはお金がー。っていうか、やっぱり料理はきちんとしなくっちゃっていうかー。大人だし? でも暇がー。作っちゃうと洗い物も出るしー。つか買い物自体は楽しいからついついー」


自分でも分かっている。買い物は割と得意なのだ。栄養バランスを考えて、色どりも考えて、そして安い時にまとめ買いをする。かしこい。


スーパーの棚を見ながら「これとこれを合わせたら〇〇が作れる」と考えるのは嫌いではない。


……なのに、台所に立つと途端に手が止まる。レシピ通りにしているはずなのに、なぜか味が決まらない。焦げる。固まる。水っぽくなる。ちゃんとできない。その度に心の中で小さな戦いが起きる。


そういうちょっとしたことが積み重なって、なんだか料理するのがおっくうになってしまってるのだ。ちゃんとしたい、とは思っているんだけどね。


ぼんやり考えていると、野菜室を開けたこぎが驚いた声を上げた。


「羽菜どの! にんにくから結構な芽が出てるのじゃ」

「おぉ……植物の生命力すごい……」

「確かに。いやそうじゃないのじゃ! 放置しすぎなのじゃ。冷蔵庫はプランターではないのじゃ!」

「いやあ、にんにくって放っておいてもあんま腐んないから、つい。てへ」


舌をぺろりと出して頭をコツンとやってみた。

こぎは少年とは思えないジト目で羽菜を見つめている。き、きつねか? これが野生の視線なのか?


「まあいいのじゃ! つまりは卵とにんにくがたっぷり使えるという事じゃな。そうなると……ううむ。羽菜どの、ベーコンとかチーズはあるかのう?」

「あー、肉類は無いかも。冷凍庫見てみて」

「どれどれ。無いみたいじゃ」

「じゃあ無いかな。チーズはこないだまで粉チーズあったけど、使いきっちゃったところ」

「むむ。ベーコンとチーズがあればカルボナーラを作ろうと思ったのじゃが、無いのなら仕方ないのじゃ」


カルボナーラと聞いて羽菜はぱちんと手を合わせた。


「わあ、カルボナーラ! いいじゃん! そういえば今日はご飯を炊いていないから、パスタだとそのへんも助かるなあ」

「ふむ。じゃあパスタにしてみるのじゃ」

「わーい。でも、ベーコンとチーズ無いけどどうするの? ちょっと買ってこようか?」


羽菜が外に出ようとすると、こぎは首と手をブンブンと振ってそれを止めた。


「いいのじゃいいのじゃ! むしろ行ったら駄目なのじゃ」

「ええ? だって材料ないよ」

「ここでまた食材を買って来たら、冷蔵庫がまたパンパンになるだけなのじゃ」

「それはそう」


羽菜は思わず頷いた。


「だけど、どうするの?」


こぎはヌフフフと少年らしからぬ(そして、きつねらしからぬ)悪い顔でにやりと笑った。


「お稲荷様に任せるのじゃ。あるものだけで何か作る。それがわしの流儀なのじゃ」

「あるものだけで」


冷蔵庫の余り物だけで作るごはん。確かに助かるけれども、大丈夫なのかしらん。心配していると、こぎはなにやらムニャムニャ口の中で唱えはじめた。


「えっ、ひょっとして神様の力で追加の食材を!?」


こぎはピョンと飛んでとんぼ返りを1つした。たちまちぼわん、と煙が上がる。おお、何かの術っぽい。


煙の中から登場したのは神様の食材……、ではなく、料理人みたいな服に身を包んだこぎだった。


「じゃじゃーん!」

「着替えただけじゃん!」

「形から入るのが好きなのじゃ。どうじゃ! 似合うであろう。パスタは洋食なのでコックコートにしてみました」

「それってコックコートって言うんだ」


料理人が良く着ている短い襟の白い服。腰にはこげ茶色のハーフエプロンを締め、頭にちっちゃなコック帽まで被っている。


「エプロンの結び目も一文字結びにしてみたのじゃ!」

「そ、そうなんだ」


よくわからないけど、こぎが嬉しそうで何よりだ。というかさては可愛いなこいつ? 知ってたけど。


いちおう写真撮っておくかとスマホを向けると、こぎがポーズをとってびしっとこちらを指さしてきた。


「それでは、ごはんを作るのじゃ!」

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