5話 血の味がする



〜イリス視点〜


私が部屋の中へ入ると、もうすでに事は片付いていたようで、レナータが首領らしき男の体をつついて遊んでいた。


「おう、やっと来たかイリスよ。随分と遅かったではないか。」

「道に迷った。」

「はぁ…お主は相変わらずじゃのう。」

しょうがないじゃないか。この洞窟、かつての硫黄島並みに入り組んでいるんだもの。


「まあ、そんなことは良い。で、これで全部倒したのか?」

「うむ、おそらくは…むっ、待て。まだ2人残っておるぞ。」

「何?」

「方角は……こっちかの?はて、この先は行き止まりじゃが…ああ、なるほど。」

私には到底理解できない魔法を使いつつ、レナータが何やらぶつぶつと呟いている。

レナータは近くの魔導通信機の裏に手をやり、ごそごそと動かした。すると……


ゴゴゴゴッ…!


「おお…!?壁が開いた!?」

行き止まりだったはずの壁が、音を立てて開いた。

「どうやらこの先に残りがいるようじゃが…妙なことに、少しも動いておらん。生きてはいるようじゃから、気を失っているのかも知れぬな。」

「ふむ…まあ、見に行けば済む話だ。行くぞ、ティルマン。」

「は!」

私は壁の通路へと踏み込んだ。



ーーー┃ーーー



「これは…?」

通路を抜けると、高さ数メートル、幅と奥行き数十メートルの部屋に出た。薄暗いが、隅にはしっかり照明がある。

それよりも、私の興味は部屋の中央にあった。


「ひ、人…?」

隣でティルマンが呟いた。


確かに、あれは人だろう。

だが、その人は鉄製の板の上に、仰向けの大の字に拘束されていた。

それが、2つある。

顔には布のようなものがかぶせられていて、顔は確認できない。だが、体格からして女性……しかも少女と言える年齢のはずだ。


「人体実験、か。」

あとからやって来たレナータがぽつりと言った。

「人体実験?なんだ、それは?」

「人を実験台にして、改造を施して兵器にしたり、毒薬の効果などを確認することじゃ。この世で最上級の禁忌とされておる。」

「なんと…!そんな、たかが盗賊ですよ!?」

ティルマンが驚いたように言った。

「ううむ、組織にその手の者が紛れていたか、はたまた外部からの手引きか…」

レナータはたちまち思案顔になってしまった。

うーん、それにしても人体実験か。

……ま、難しいことは分からぬし、今はとにかく彼女らを救出するとしよう。

そう思って、台に近づいた。と、その時である。

「あっれー?あいつらやられちゃったのー!?」

突然、反対側の陰になっているところから1人の青年が現れた。

「イリス様!」

直ぐにティルマンが私とそいつの間に割って入る。

「貴様、何者だ!」

「あ、僕?僕はねぇ〜、ザズドルク帝国のスパイかな〜!で、同時に……」

青年はそこで一旦言葉を切ると、にんまりと笑って言った。

「君たちを殺す人間さ!」

——青年が言い終わらぬうちに、青年は魔法で拘束された。

「………は?」

どうやら魔法を放とうとしていたらしい青年は、突然の事態に困惑しているようだ。

「あれ?…ああ、レナータ様か!」

驚いていたティルマンも、ようやく状況を理解した。

「ま、待て待て!何だこれは!?クソッ、ほどけない!」

青年は無様にのたうち回っている。

「やれやれ…4公に対して「殺す」などと脅迫したら、即座に拘束されるのは当たり前だろう?」

「そんな…!僕は、こんな魔法になんか…!」

「レナータ、黙らせておけ。」

「了解じゃ。館の地下牢に送っておけば良いかの?」

「ああ。」

「おい!何をする気だ?残念だったな、僕は決して口は割ら——」


シュン!


青年は転送されていった。

「…何だったんだ、あいつ?」

「さあ?」

「まあ、良いではないか。それより、さっさとその2人を解放してやったらどうじゃ?」

「おっ、そうだな。」

レナータに促され、おぼつかない魔法で拘束を破壊する。

唯一学園に行っておいて良かった点、魔法が上手くなる。非常に悔しいが。


さて、拘束を破壊すると、私は片方の少女の頭の布を取り払った。

すると、中からは私と同等の美人の顔が現れた。

「おーい、起きろー。」

レナータの予想に違わずに気絶していたため、頬をペチペチ叩いてみる。


…お、起きた。

「ん…あれ…?貴女は…?」

「やあ。私は…新しくアルディーティの分領主になった者だ。君らを救出しに来た。」

「救出…?じゃあ、あの賊どもは?」

「全員お陀仏ですよ、安心してください。」

「ああ…。良かった。ありがとうございます。」

「……随分と、落ち着いているのだな。」

「あ…すみません、賊に色々実験?されたら、なんだか喜びにくくなっちゃって…」

少女はすまなそうに言った。

「ふーむ、恐らく感情制御じゃの。感情に乏しくなる。兵器転用の第一段階じゃ。」

「なるほど…ところで、君は何という名なのだね?」

「あっ、えっと…私はナルヴィクと言います。ナルって呼んでください。」

「ナルヴィクか、良い名だ。で、そっちの娘に心当たりは?」

私は奥の少女を示しながら言った。

「さあ、分かりません。話したことも無いので…。あ、でも、賊たちの話しぶりからするに、私よりだいぶ前からここにいるらしいです。」

「だいぶ前か…イリス、もしかしたら、彼女はもう…」

「……確認する。」

私はもう一つの台に近づき、ゆっくりと布を除けた。

「見た目には、異常無いな。」

「人間兵器なんて、そんなものじゃよ。イリス。」

苦々しげにレナータが言った。もしかして、経験があるのだろうか?

「昔、妾に楯突こうとした人間が腹に爆発魔法陣書いて突っ込んできた事があっての…あれは未だにトラウマじゃ。」

「ふうん…」

先ほどと同じように、少女の頬をペチペチ叩いてみる。


「う…あ…?」

ゆっくりと少女の瞼が開いた。

「やあ。私は最近新しくアルディーティの分領主になった者で——」

「イリスッ!」


ガキィン!


「…え?」

今、何が起こった?

「イリス、やはり奴は手遅れじゃ。恐らく自我が消えておる!」

言われてみて、ようやく事態を理解した。

起き上がりざまに少女が攻撃してきて、命中する寸前でレナータが防いでくれたのだ。

「あ…あ、ありがとうレナータ。」

「構わん。最初の少女は一旦館の適当な部屋に送っておいた。大事を取ってティルマンも一緒じゃ。」

「流石だな、レナータ!」


ガキィン!


レナータと会話している合間にも、少女から攻撃が飛んでくる。

……意外と力が強いな。魔王と同等…いやそれ以上か?流石は人間兵器といったところか。

「目標を…排除する…」

何やらブツブツと呟いているが、よく聞こえんな。

「ふっ!」

防戦一方もよろしくないので、試しに接近してみる。


ガァン!


魔法で阻まれた?なかなか良い使い方だな!

「レナータ!私が突っ込む、援護しろ!」

「了解じゃ!」

レナータは魔法のムチを目にも止まらぬ速さで振り回した。だが、少女はその全てを裁ききっている。

凄まじい動体視力だ。

「ふっ…!」

再び接近。先ほどより魔法の威力が弱い。これなら突破可能…!


ガギィン!

ドサ!


「ふー…ふー…捕まえたぞ、この暴れん坊め。」

私は少女は確保することに成功したのだった。

「お手柄じゃの、イリス。」

レナータも近づいてくる。

「では、トドメを…ん?」

レナータが少女の生気のない瞳を覗き込んだ。

「むむむ…なんじゃ、この魔法か!」

何か合点が行ったらしく、ポンと手を叩くレナータ。

「イリス、妾なら此奴を救えるぞ。なんじゃ、ただの中級洗脳魔法じゃったか!カカカ!」

「む、そうなのか?なら、治してやってくれ。」

正直、あんな戦力をむざむざ殺すのは惜しいと思っていたのだ。魔王と同等だぞ?救えるなら救いたい。

「了解じゃ。じゃが…少々悪質なかけ方をされておる。恐らく記憶が全部消し飛ぶが、構わぬか?」

「……ああ。」

「うむ、分かった。」

そう言ってレナータは手のひらに魔法陣を浮かばせると、少女の頭に押し当てた。

「うわっ!?」

ビクンと少女の身体が跳ねた。結構しっかり拘束していたのだが…反射とは侮れぬものだ。

「当然の反応じゃの。妾は今、此奴の頭を丸ごと浄化しておる。」

何かしれっととんでもないことをしてないか、お前…?


ーーー┃ーーー


「…よし、これで良いはずじゃ。起こしてやるといい。」

「ん、分かった。」

しばらくして、ようやく終わったらしい。

私は先ほどと同じく、しゃがんで少女の頬をペチペチ叩いた。

「…あ…れ…?こふぉは…?」

「起きたか。」

「あたは…?私は…あれ?私は…」

記憶が消えた影響か、赤ん坊のような舌足らずな話しぶりの少女。

「安心しろ、ここは安全だ。私はイリス・ムローメツと言う。君を助けた者だ。」

「助けた…?どういう…こと…?」

「まだ混乱しているよな。…よし、君、私の配下にならないか?」

「配…下?」

「イリス?何を言っておるのじゃ?」

「私はとある貴族でな。君が安心して生きていけるようになるまで、手助けすることができる。」

「手助け……。」

「ああ。どうだ?悪い話では無いぞ。」

「……お願い…します…」

「そうか。では…」

私は立ち上がり、少女に手を差し伸べた。

「このイリス・ムローメツの名において、君に意味を与えよう。」

「…はい…!」

少女は、私の手をしっかりと握った。



ーーー┃ーーー



「まったく、イリスの考えることは分からぬな。まあ、反対はせんが…適当に放り出しておけば良かったのではないか?」

「あの戦力だぞ?そうそう手放せるものか。」

「まあ、確かにそうじゃが…」

レナータが不満気にこちらを見ている。すまんな。

「まあよい。では、帰るとするかの。」

「ああ、頼む。」

次の瞬間、私たちは館の玄関ホールに立っていた。

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