本章 第一章 アルディーティ分領へ
1話 領主の引き継ぎ準備
「我が娘、イリスよ。お前ももう18となり、立派に責任を果たせる年齢になった。よって、長兄ミューラーに続き、領主教育の一環として、お前をアルディーティの領主に任ずる。その才覚を活かして領土を繁栄させ、領主としての力量を証明せよ。」
「仰せのままに、父上。」
「おめでとう、イリス。」
魔王討伐から1週間後。
十分な休息を取った私は、父と母の前に跪き、分領主の任を拝命していた。
現在地はムローメツ領の領都アミアン。その中心に建つ、豪華な領主館の中の大ホールだ。私の背後には、大勢の下級貴族や領民が見物している。
領都といえば、どうもこの世界、国の中に領があり、その中にさらに分領が分けられているようなのだ。
日本で例えると、県と、町や村に分かれているようなものである。
そして私が分領主として向かうのは、ムローメツ領でも屈指の名分領、アルディーティ分領である。
ここは古来より優秀で恐れ知らずな戦士が多く生まれると言われている。
分領主とは、その名の通り分領を治める貴族である。流石に領主一人で領全域を管理するのは難しいのだ。ちなみに王国の法律によると、領主の認めた人物しか成ることはできない。国王が選ぶことはできないが、悪政対策のために、5人の上級貴族か2人の4公が告発すると辞めさせることができる。
それと、兄のミューラーは、数年前にシナイ分領とラインラント分領を任ぜられている。
…正直、面倒なことこの上ない。
先に分領主となった兄が、会うたびに領土の愚痴を零していたからだ。
やれ盗賊が現れただの、冒険者ギルドが従わないだの、教会が勝手な法律を広めるだの……
こんな話を聞いて、どう希望を持てば良いのか。
そんなこんなで、表の私は極めて厳粛な顔をしていたが、内心ゲンナリしていたのである。
ああ、一体どんな苦行が待ち受けているのやら…。
「期待しているぞ、イリス。」
「…はい、父上。」
ああ、父上の期待の目が辛い……
ーーー┃ーーー
「いよいよですね、イリス様」
「ああ…」
現在地は、アルディーティ分領に向かう馬車。
期待に満ちた目でこちらをチラ見しているのは、御者を務める近衛・ティルマンだ。
通常は召使などが付いていくことはあまり無いが、前々からの約束通り、ティルマンは私についてきてくれた。
「まあ、そんな憂鬱そうにしないでくださいよ。私も文官の友人からいくらか教わったことがありますから、多少は手伝えると思いますし。」
私の気怠げな雰囲気に気づいたのか、ティルマンが励ますように言った。
「うん、まあ…期待しているよ。」
私はありきたりな言葉を返すに留めた。
「…ぐー…」
「……」
…何だこの
他人の馬車の中で、我が物顔で寝ていやがる。
ていうか何でいるんだよ。「お主が行くなら妾も行くじゃろ?」とか言ってたけど。
…いたずらしてやろうか。
してやろう。
「…んむ〜…」
私は、その白くて柔らかな頬をつまんでみた。
レナータが可愛らしい唸り声を上げる。
「…おお。」
頬は、見た目を裏切らずにもちもちぷにぷにだった。まるで餅のよう。
そのまますべすべと撫ぜてみる。
なかなか良いな、これは。
「ん〜…やめるのじゃ…イリス…むにゃ…」
なにか寝言を言っているが、無視だ無視。今はこっちのほうが重要…
「やめるのじゃ!」
パン!
「うわ!?」
「イリス様!?」
…気分を害したらしいレナータが起き上がりざまに小爆発魔法を放ってきた。危ないやつだ。
「まったく…イリス、お主という奴は…」
寝ぼけ眼をこすりながら、レナータがこちらを向いた。
「すまんな。良い触り心地だったので、つい…」
「ついってなんじゃ、ついって!」
ぷんぷんと怒るレナータ。
しかしそれもまた可愛らしい。腕をぶんぶん振り回しているから余計に。
私はレナータを落ち着かせようと、その薄紫の髪を撫でた。
「どうどう、落ち着け落ち着け…」
「な!こ、こんなことで妾は屈しないぞ…!」
「ほほう?」
ふふ、この1週間でコイツの弱点は把握済みだ…!
ぎゅ。
「な、な、な!」
「ほーら、よしよし…」
「ふ…ふにゃあ…」
攻略完了…と。
「おういティルマン。あとどれくらいだ?」
私はレナータを抱いたままティルマンに聞いた。
「あと三十分ほどでしょう。もうすぐですよ。」
「分かった。」
レナータは、いつの間にか再び眠りに落ちていた。
…ちょろいなぁ。
結局、何事もないまま馬車はアルディーティ分領の領館に到着したのだった。
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