第Ⅷ話
「うおらぁ!」
ガキィン!
「グオオオオッ!」
ブン!
「ふっ!」
ギィン!
私と魔王の戦いは、一進一退だった。
私が攻撃すると魔王が防ぎ、魔王が攻撃すると私が防いだ。
「なかなかやるようだな。だが!」
私は一層強く精神的優越を発動させた。
剣がみるみる軽くなり、魔王の動きが遅く見える。
実際は、私が速くなったのだろう。
私は魔王の隙を見つけては斬りつけまくった。
表情的に、魔王には確実に攻撃が効いているようだ。
接近、攻撃、離脱。それをひたすら繰り返す。
「グオオオオッ!」
すると、突然魔王が咆哮を上げた。
次の瞬間、魔王の背後に、円を描くように火の玉が出現した。
「ちっ!」
くそ、アイツが何をしようとしているか何となく分かるぞ。
きっとアレをこっちに飛ばすつもりだ。…なら!
「ふっ!」
意表を突く、接近!
魔王との距離は1メートル以下に縮まった。
「グオッ!?」
まさかそんな動きをするとは思わなかったのか、魔王は呆けている!
火の玉はあらぬ方向に飛んでいった。
「くたばれ!」
魔王の目線より少し上に跳躍し、私は魔王の首に剣を振り下ろした。
「グオオオオッ!」
魔王は死んでたまるかとばかりに、剣と己の首の間に両腕を挟んだ。
「この、しぶとい野郎だ!」
ドンッ!
剣を振り下ろす力を一層強くする。
「グ…オ、オ、オオオオオッ!!」
ぶちっ、ブシュッ!
とうとう、魔王の左腕が切り飛ばされた。
残るは右腕…!
「グルアアアアアッ!」
「っ!?」
何か来る―—。
ギュアアアアアッ…
魔王は胸のあたりで、謎の火球を生成していた。
これは、見覚えがある!
教導本に書いてあった、伝説級の自爆魔法…!
「くそっ」
私は慌てて魔王から飛び退いた。
「グアアアアアッ!」
魔王はなおも火球を成長させている。
この距離で、無事で済むとは思えない…
1度退くべきか…?
……退くべきだ!
そう決めるや、私は即座に部屋から離脱した。
「おい!逃げるぞ!」
途中で、へばっているレイモンドたちを見つけた。
「魔王が自爆魔法を使いやがった。早く離脱を!」
「イリス!?無事だったか!自爆魔法だと?よし、分かった。オスカーはエーファを背負ってやってくれ。マルタ、歩けるか?」
「うう…ありがとう、オスカー…」
「へへっ、良いってことよ!」
「レイモンド、ボクも背負ってもらえると嬉しいかも…」
「分かった、こっちへ。」
…レイモンドたちはボロボロだった。
しかし、あの数の魔物を防ぎきったのは賞賛に値するだろう。
レイモンドはマルタを、オスカーはエーファを背負って、一目散に砦の出口へと向かった。
「あそこだ!」
ようやく、出口が見えてきた。
あと、少し——
ゴゴゴゴッ、ガッシャアアアン!
「なっ!?」
——だったのだが、その出口は、突然降り注いだ瓦礫によって塞がれた。
上を見ると、人型に近い腐敗した魔物、いわゆるゾンビが下卑た笑いを浮かべていた。
恐らく、事前に細工をしていて、あのゾンビがそれを作動させたのだろう。
しかし、それは絶望的なまでも最悪なタイミングで成された。
これが魔王討伐後であれば、ああ面倒だ、くらいにしか思わなかったろう。だが、今、私たちの後ろでは…。
「まずい、まずすぎるぞ!」
オスカーが焦ったように言った。
「このあたりには窓もないし…!」
そう、ここは腐っても砦、それも正面の出入り口なのだ。窓や他の出入り口があるわけがない。
恐らく対魔法障壁も張られているだろう。唯一の希望エーファは、直ぐには使えない。
もちろん、砦全体で見ればどこかしらに出入り口の1つや2つ、他にあるだろう。
だが、それを見つけるのにどれほどの時間がかかるだろうか?
もう、時間が…
「っ!?お、おい!」
突然、地震が起こった。
そして私は、砦の奥から、『何か』がすさまじい速度で近づいているのを感じた。
これは—!
「皆!防御体勢を!」
「えっ?」
「魔王の自爆魔法だ!来るぞ!」
「あ、ああ!」
「エーファ!」
「分かってる!『シールド』!」
エーファが決死の覚悟で魔法を発動し、赤色に輝く盾を形成した。
ゴゴゴゴッ!
「く、来る—!」
次の瞬間、視界を光が支配した。
次いで、衝撃と、浮遊感。
数秒遅れて、轟音が耳に届いた。
ドッゴォオオオオオオン!!!
「ぐふっ!」
ものすごい衝撃を受けた私たちは、そのまま背後の瓦礫に叩きつけられた。しかし、その瓦礫もまた吹き飛ばされてゆく。
私たちは、砦の外へと盛大に飛んでいった。
ーーー┃ーーー
「ぐぇ」
着地の瞬間、運悪く頭から着地してしまった者が見えた。
レイモンドだ。
レイモンドはそのまま、ピクりとも動かなかった。
「…は?」
口から、そんな言葉が漏れる。
一瞬、頭が状況を受け付けなかった。
だがそれでも、強引に理解する。
「れ…レイ!レイ!」
私は着地して受け身を取ると、レイモンドの愛称を叫びながら駆け寄った。
レイモンドは、白目を向いて、息をしていなかった。
「い、イリス!レイモンドは…?」
近くからマルタが駆け寄ってきた。
「ま、マルタ!レイモンドが、頭から…!」
「…なんだって!?…分かった、これならまだ何とかできる…!」
そう言うと、マルタは真剣な面持ちで回復魔法をかけ始めた。
そうだ、マルタは国一番の回復術師。
時間は掛かるだろうが、レイモンドも、もしかしたら…
「イリス!」
「エーファ、オスカー!」
良かった、他の二人も無事だったようだ。
だが…見たところ、かなり重傷だな。やっと歩けている感じだ。
……まあ、多少の損害はあったが、魔王は倒す事ができた。後はレイモンドさえ何とかなれば、万々歳――
「グオオオオッ!」
…とは、行かなかった。
「な…!」
「魔王!?自爆したんじゃ!」
「…ちっ。」
まだ、戦いは終わらない。
「エーファ、オスカー。私の援護を頼む。…私が、とどめを。」
「イリス…やるんだな?」
「ああ。」
「分かったわ。…私の全てを、イリスに貸すから。」
「………」
私は魔王を睨みつけた。
魔王は片方だけになった腕で暴れ、目には怒りしか浮かんでいないようだ。
…レイモンドを瀕死にした恨み。
ぶつけても、良いよな?
ーーー┃ーーー
〜〜エーファ視点〜〜
それは、「いたぶる」としか言えませんでした。
イリスがその美しい顔に狂気的な笑みを浮かべた後、次の瞬間イリスは魔王の直ぐ側まで迫っていました。
「…え?」
これまでとは違う、完璧な突撃。
援護する必要すら、感じない。
ただただ美しく、完璧としか言えませんでした。
両者がぶつかった後に聞こえてくるのは、断片的な叫び声のみ。
「おい、どうしたんだエーファ!援護は!」
オスカーに言われて、私は慌てて適当な魔法を放ちました。
「『フィア・ボル』!」
ボン!
手のひらから火球が飛び出し、ヒュルヒュルといいながら魔王へ飛んで行きます。
ただ、先の戦いで魔力を損耗していたこともあり、精度はイマイチでした。
でも、イリスを援護するにはこれで十分なのでしょう。
「っらぁ!」
より精確に援護するために、オスカーの提案で距離を詰めました。
自然と、戦いの様子も詳しく分かります。
「グオオ!」
魔王の声には、ほぼ恐怖しか含まれていませんでした。
無理もないでしょう。
イリスは、やっと目で追える速さで縦横無尽に飛び回り、魔王の体の至る所を斬りつけています。魔王は一本だけの腕と魔法で、かろうじで急所を守っている形です。
だが、それがいつまで持つのやら。
「グアッ!」
数分後、決着がついたようでした。
イリスが、首を守っていた魔王の腕を弾き飛ばしたのです。
「…!」
その時のイリスの顔を、よく覚えています。
狂気的な、歪んだ笑みで、それなのにもともとの顔が良いだけに、とても美しくて。
…イリスはその顔のまま、間髪入れずに魔王の首を切り飛ばしました。
「ガ…ァ…」
魔王はようやく安心したかのように、それでいて寂しそうに鳴きました。
ズザァッ…
魔王の体が、崩れ落ちました。
3メートル近いその巨躯は、もはやただの肉塊と化したのでした。
そして、戦場には不釣り合いな、今ではお馴染みとなってしまった、あのあどけない声が聞こえてきたのです。
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