第24話 親友~Side緑~
7月下旬。金曜日の1時間目、数学のテスト返却。
「佐々木」
俺は名前を呼ばれて、前に出る。テストを受け取る。点数を見る。……58点。まあ、いつも通りだな。俺、数学苦手だし。
席に戻る。教師が次の名前を呼ぶ。
「黒澤」
黒澤が前に出る。テストを受け取って、席に戻る。黒澤の顔……微妙な顔してる。点数、悪かったのかな。
周りがざわつく。
「黒澤くん、珍しく点数低いね」
……マジで?黒澤が点数悪いとか、珍しい。黒澤、いつもほぼ満点だろ。
ホームルーム。担任が順位表を配り始める。
「今回のテスト、みんなよく頑張ったな。個人票を配るから、自分の順位を確認するように」
教室がざわつく。
俺の順位表を受け取る。見る。……65位。まあ、いつも通りだな。
その時、教室の後ろから声が上がった。
「うおお、今回俺総合一番!マジで!?」
田中の声だ。……え?田中が1位?いつも10位くらいの奴なのに。
教室がざわつく。
「田中、マジ?」「すげえじゃん」
それから、別の声。
「私、2位だ!やった!」
佐藤の声。……佐藤が2位?ということは。
俺は反射的に黒澤を見る。黒澤が自分の順位表を見て、少し眉を動かした。無表情だけど、驚いてる。
……黒澤が1位じゃない。いつも1位だったのに。
それから、白石さんを見る。白石さんが順位表を見つめたまま、固まってる。顔が青い。
……白石さんも。
教室がざわついてる。
「黒澤くん、何位だった?」「5位だって」「マジで?」
「白石さんは?」「10位らしいよ」「二人とも順位下がったんだ」
……黒澤が5位。白石さんが10位。二人とも、ガタ落ちじゃん。同じタイミングで。しかも、最近よく一緒にいる。
……やっぱり、何かあるな。
昼休み。黒澤のところに行く。
「黒澤、5位とか珍しいな」
黒澤が顔を上げる。
「……ああ」
素っ気ない返事。いつも通り。
「どうした?何かあったか?」
「……別に」
嘘くさい。だって、黒澤、目、充血してる。
「最近、忙しそうだな」
「……そうでもない」
「嘘つけ。目、充血してるぞ」
黒澤が少し驚く。
「……ちょっと、な」
「何してんの?」
「……色々」
……教えてくれないか。まあ、いいけど。
「無理すんなよ」
「……ああ」
黒澤は本を開いた。……やっぱり、隠してる。
◆
その日の放課後。黒澤が教室を出ようとするところを呼び止める。
「おい、黒澤」
「……佐々木」
「ちょっといいか」
「……何だ」
「話そうぜ。ファミレス行こう」
「……別に」
「いいじゃん。どうせ暇だろ」
黒澤は少し考えて、頷く。
「……わかった」
ファミレスに移動した二人は、席に座る。
俺はドリンクバーを取りに行き2人分のコーラを注いで戻ってくる。黒澤は、ぼんやりと窓の外を見てる。
「で、どうしたの?成績」
俺は聞く。黒澤が俺を見る。
「……創作に夢中で、勉強が疎かになった」
「創作?」
「……ああ。同人誌を作ってる」
「ああ、同人誌の件か。結局コミティア、出たんだ?」
「……出た。4冊売れた」
黒澤が小さく答える。
「マジで?すげえじゃん」
「いや……全然ダメだった。反省点だらけで」
「でも、完成させたんだろ?それだけでも十分すごいって」
黒澤が少し驚いたように俺を見る。
「……そうかな」
「そうだよ」
俺は言う。
◆
時を遡って、ある日曜日の東京ビッグサイト。そう、その日は黒澤が参加するというコミティア開催の日だった。
別に、黒澤を見に来たわけじゃない。前から同人誌即売会には来てたし、たまたま、黒澤が出るって言ってたから、ついでに覗いてみようかなって思っただけで。
会場に入る。すげえ人だ。
創作エリアを歩く。色んなサークルがある。ファンタジー、SF、恋愛、ギャグ。オリジナルの世界観を作ってる人たち、すげえな。
(……黒澤のサークル、どこだ?)
歩き回る。色んなサークルを見る。でも、黒澤が見つからない。
サークル名も場所も聞いてない。
前に「コミティア出るんだ?サークル名は?」って聞いたら、黒澤が顔を真っ赤にして「……まだ言えない」とか言って、教えてくれなかったんだよな。
恥ずかしがって、ついぞ具体的な話をしてくれなかった。
まあ、黒澤らしいけど。
どこだよ、黒澤。
創作エリアの端の方まで来た。
そして――
あ。
黒澤だ。
あそこにいる。
遠くから見る。テーブルの前に座ってる。
……え?
隣に、白石さん?
二人で、並んで座ってる。
マジで?
黒澤と白石さん、一緒にサークルやってんの?
近づいたら気づかれる。少し離れたところから、様子を見る。
目を凝らす。
テーブルに、サークル名のプレート。
「黒白」
……黒白?
黒澤の「黒」と、白石さんの「白」?
そのまんまじゃん。俺は思わず笑いそうになる。ストレートすぎるだろ。
でも、なんか、いいな。二人の名前を合わせたサークル名。あの普段いがみ合っている二人の名前が並んでいるわけだ。
あの二人がねぇ。
テーブルの上に、同人誌が並んでる。
表紙に、女の子の絵。白石さんが描いたのかな。遠くからでもわかる。上手い。
タイトルは……『隣の席の吸血鬼』?
……なんかかわいい。
でも――
表紙の端に「R18」のマーク。
……え、R18?
エロ本?
黒澤が、エロ本?
しかも、白石さんと?
マジで!?
俺は驚きを隠せない。
だって、あの優等生二人だぞ。いつも成績争ってる二人が、エロ本かよ。
人が来た。本を手に取る。
「これ、ください」
黒澤が本を渡す。白石さんがお釣りを渡す。
二人、慣れてない感じ。緊張してる。
でも、真剣だ。
本が売れた後、二人が少し笑う。
「……1冊売れた」
「……うん」
そんな会話が聞こえる。
俺は、近づけない。
買いたい。でも、買えない。
黒澤のプライド、傷つけそうで。
それに、エロ本だし、白石さんもいるし、気まずい。
遠くから見守る。
黒澤と白石さんが、作品について話してる。
「……この絵、良かったと思う」
「……本当?」
「……ああ。表情が、すごく良い」
「……ありがとう」
白石さんが嬉しそうに笑う。
黒澤も、少し笑ってる。
……あの顔、初めて見た。
黒澤が、こんな風に笑うんだ。
成績のことじゃない。創作のこと。
楽しそうだ。
俺は、その場を離れた。
買わなかった。
でも、見られて良かった。
黒澤の、新しい顔を見られた。
◆
「で、新作作ってんの?」
「……ああ」
「一人で?」
「……いや」
黒澤が少し言葉を濁す。
言いたくないみたいだ。
まあ、無理に聞くこともない。俺は知ってるけど。
「そっか。頑張れよ」
「……ありがとう」
「でもさ、黒澤」
「……何?」
「お前、最近変わったよな」
「……変わった?」
「前は、成績しか見えてない感じだったけど。今は、何か楽しそう」
黒澤が少し驚く。
「……楽しい、のか?」
「そう見えるぞ。いいことじゃん」
「……そうかな」
「ああ。でも、勉強もちゃんとしろよ。このままだと進路ヤバいぞ」
「……わかってる」
黒澤が頷く。
「じゃ、頑張れ。応援してるから」
「……ありがとう」
黒澤が少し照れたように笑う。
珍しいな、こいつがこんな顔するの。
やっぱり、変わったんだな。黒澤。
「黒澤」
「……何?」
「お前、このまま創作続けるの?」
「……ああ」
「成績、戻す気は?」
「……戻したい。でも、創作もやめたくない」
黒澤が真剣な顔で答える。
「……そっか」
俺は頷く。
「まあ、頑張れよ。お前なら、両立できるだろ」
「……そうかな?」
「ああ。お前、真面目だし要領いいし。本気出せば、すぐ戻るって」
「……最近要領よくないんじゃないかと思うことが多くて自信失ってたんだけどな……まあありがとう」
黒澤が少し照れたように笑う。
「じゃ、俺も頑張るわ。お前に負けないようにな」
「……ああ」
黒澤が立ち上がる。
「……帰る」
「おう。また学校でな」
黒澤は、ファミレスを出て行った。
◆
家に帰る。自室で、ベッドに寝転ぶ。
……黒澤、変わったな。
前は、いつも一人で、本読んでて、誰とも話さなくて。冷たい奴だと思ってた。
でも、最近、違う。
楽しそうにしてる。
白石さんと一緒に、何か作ってて。
コミティアで見た黒澤の顔。真剣で、楽しそうで。白石さんと並んで座ってて。
あんな顔、初めて見た。
……白石さんのこと、意識してんのかな。
わかんないけど。
でも、いいじゃん。
黒澤が、何か夢中になれるもの見つけて。
俺、アホだから、難しいことわかんない。
でも、黒澤が楽しそうなら、それでいい。
頑張れよ、黒澤。
俺は、見守ってるから。
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ライバル優等生とエロ漫画描いたら恋に落ちた @hoshimi_etoile
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