第22話 新作会議~Side黒~
金曜日の夜。俺は帰宅し、自室に入る。
机の上に、ノートを置く。
今日のプロット会議では『雨宿りの君へ』の大枠が決まった。
明日は、白石の家で後半の会議をし、エロシーンの指示方法を詰める。
……でも。
俺は、エロを理解しているのか?
前回は「童貞が描いた」と言われた。それは、俺がエロを理解していなかったからだ。
他の作品は、何を考えて、どういう構成にしているのか。それを、ちゃんと自分の血肉にしているのか。
……していない。恥ずかしいから、逃げていた。「研究だ」と言い訳して、ちゃんと向き合わなかった。
でも、それじゃダメだ。白石は、デッサンで裸に向き合った。俺も、エロに向き合わないと。逃げずに。恥ずかしさを言い訳にせず。
……今夜、ちゃんと理解しよう。エロとは何か。売れてる作品は、何が違うのか。明日会う前に、自分の血肉にしておこう。
PCを開く。エロ動画サイトにアクセス。
……恥ずかしい。でも、逃げない。
ノートとペンを用意。動画を再生。
展開の流れを観察する。
最初は、背景の説明。場所はどこか。どんな人が、どうしてここに来たのか。そして、どうなってしまうのか。その説明がある。
そこから、きっかけ。ためらい。迷い。でも、一度触れると、堰を切ったように。
キス。服を脱がせる。少しずつ少しずつ。焦らし。期待感。表情が変わる。声が変わる。
そして、本番。でも、そこで終わりじゃない。展開が変わる。深度が変わる。
二人の関係が、どんどん深まっていく。
……気づく。
エロは「展開」なんだ。いきなり本番じゃない。背景の説明。場所、人物、理由、状況。その背景があって、きっかけがあって、導入があって、本番に至る。
◆
もう一度、動画を見る。今度は「動き」に注目する。
ビクッと体が動く。それが、気持ちよさを表している。
表情が歪む。呼吸が乱れる。声のトーンが変わる。
手が相手の体を求める。背中を掻く。髪を掴む。
それが、感情の変化を伝えている。
動画は「動き」で感情を見せられる。言葉がなくても、体の反応で、気持ちが伝わる。
……なるほど。
「展開の流れ」と「動きによる感情表現」。この二つが、動画のエロを作る。
ノートにメモしていく。
【エロの展開】
・背景の説明(場所、人物、理由、状況)
・きっかけ(ためらい、迷い、触れる)
・導入(キス、服を脱がせる、焦らし)
・本番(展開の変化、深度の変化)
・関係の深まり(感情の高まり)
別の動画も見る。今度は、ラブラブ系。
さっきのとは違う。もっと、感情的。
キスの時間が長い。見つめ合う時間が長い。「好き」という言葉がある。
……気づく。
エロにも、種類がある。ハードなエロ。ソフトなエロ。ラブラブなエロ。それぞれ、違う。
『雨宿りの君へ』はどれ?
一夜限りの関係。でも、惹かれ合ってる。ラブラブ寄りか。
感情が大事。信頼、安心、高揚。それがあってのエロ。
次は、エロ漫画。pixivで、評価の高い作品を見る。売れてる同人誌のサンプルも見る。
動画と、漫画は違う。動画は動きがある、音がある。漫画は静止画、セリフとモノローグ。動きを直接見せられない。だから、別の方法で感情を伝える。
売れてる作品の共通点。
感情の描写が丁寧。内心の葛藤。高揚していく感情。恥じらいから快感への変化。
体位の見せ方。アングルが工夫されている。正面だけじゃない。斜め、下から、上から。
でも、それだけじゃない。
目のアップ。潤んだ目。とろんとした視線。
手のアップ。握りしめたシーツ。絡み合う指。
全体を描かなくても、部分を大写しにすることで、感情が伝わる。
効果音も重要だ。
「ぬちゅっ」「びくっ」「くぱぁ」
動画と違って、漫画は音がない。でも、効果音で「音」を想像させられる。
「ぬちゅっ」で、濡れた感触。「びくっ」で、体の反応。「くぱぁ」で、開く様子。
文字だけで、状況と感情を想像させる。
動画は「実際の動き」を見せる。漫画は「効果音」で動きを想像させる。
……なるほど。
特に「くぱぁ」は、すごい発明だと思う。音がするわけじゃない。でも、この文字を見ただけで、状況が想像できる。視覚的な動きを、音で表現している。
漫画は「想像させる」ことが重要なんだ。全部を見せるんじゃない。部分を見せて、効果音で補完して、読者に想像させる。
ノートにまとめる。
【漫画でエロを描くコツ】
・感情の流れを丁寧に
・アングルのバリエーション
・部分のアップ(目、手、表情)で感情を表現
・効果音で状況と感情を伝える
・細部の描写(汗、息、表情)
・読者に想像させる余白
『隣の席の吸血鬼』を読み返す。DLsiteで「童貞が描いた」と言われた作品。
……何が、童貞感なのか。
本番シーンが、あっさりしすぎ。感情の描写が薄い。体位が曖昧。前戯がほぼない。いきなり本番。以上。
──これじゃ、リアルじゃない。
……わかった。
俺たち、経験がない。だから、本番シーンだけ描こうとした。でも、エロは本番だけじゃない。前戯、感情、信頼、高揚。全部が揃って、エロになる。
『雨宿りの君へ』では、この全てを描く。前戯を丁寧に。感情の流れを大切に。信頼関係を描く。そして、本番シーンへ。……これなら、リアルになる。
ノートを閉じる。時計を見る。もう深夜2時。……研究しすぎた。
でも、わかったことがたくさんある。
エロを描くには。1. 感情の流れ。2. 前戯の重要性。3. 体位とアングルのバリエーション。4. 細部の描写(汗、息、表情)。5. 信頼関係。
これを、全部ネームに落とし込む。白石が描きやすいように。白石が困らないように。
……明日、白石に見せよう。この研究ノート。ちゃんと準備してきたって、わかってもらえるはず。
◆
翌日、土曜日。放課後。
白石の家に向かう。カバンには、昨夜まとめた研究ノート。
……緊張する。でも、準備はした。ちゃんと指示できる。
白石のマンションに着く。インターホンを押す。
ドアが開く。
「……来たわね」
白石が立っている。
「……ああ」
「上がって」
白石が俺を部屋に案内する。床に座る。白石も向かいに座る。
スケッチブックとノートを広げる。
「じゃあ、昨日の続きね」
白石が言う。
「……その前に」
俺はカバンから研究ノートを取り出す。
「これ、見てくれ」
白石がノートを見る。【エロシーンの要素】【漫画でエロを描くコツ】【第2作の目標】
ページをめくる白石。……黙って見ている。
「……すごいわね」
「……結構頑張った」
俺は熱くなる。
「エロって、展開が重要なんだ。背景の説明があって、場所、人物、理由、状況。そこからきっかけ、ためらい、迷い、でも一度触れると堰を切ったように。キス、服を脱がせる、焦らし、そこから本番。でもそこで終わりじゃない。展開が変わる、深度が変わる、二人の関係が深まっていく」
白石が目を丸くしている。
……あれ?いつもこんなに喋らない蓮が、珍しく熱弁してる、という顔だ。
でも、止まらない。俺は続ける。
「それに動画と漫画は違う。動画は動きで感情を見せる。ビクッと体が動く、表情が歪む、呼吸が乱れる、声のトーンが変わる、手が相手の体を求める、背中を掻く、髪を掴む。でも漫画は静止画だから、目のアップ、潤んだ目、とろんとした視線、手のアップ、握りしめたシーツ、絡み合う指。部分を大写しにして感情を伝える。それに効果音。『ぬちゅっ』で濡れた感触、『びくっ』で体の反応、『くぱぁ』で開く様子。特に『くぱぁ』はすごい発明で、音がするわけじゃないのに文字だけで状況が想像できる。視覚的な動きを音で表現してて──」
「セクハラ……」
「う……」
思わず熱心に語っていた。気づかなかった。
「すまん」
冷静になった俺は素直に謝罪する。
「なんてのは冗談よ冗談。そんなこといったらヌードのデッサン見せたあたしのほうがよっぽどセクハラだわ」
白石がカラカラと笑う。
俺はポリポリと顔を掻く。
「まあともかく、あんたの本気が伝わったわ」
白石が小さく笑う。
「あんたがそこまで準備してくれるなら、あたしも全力で描くわ」
「……本当に?」
「ええ。あんたの本気にあたしも精一杯答えるわ。任せて!」
「心強いな」
二人は頷きあう。
「じゃあ、改めて役割分担ね」
【役割分担】
・遥:キャラデザ、作画、肉感表現
・蓮:ストーリー、ネーム、エロシーンの具体的指示
「いつまでに完成させる?」
白石が聞く。
俺は考える。
「……1ヶ月」
「早いわね」
「コミティアから、もう2週間経った。次のイベントに間に合わせたい」
白石が考え込む。
「……そうね」
「じゃあ、1ヶ月で完成させましょう」
「……ああ」
スケジュールを確認する。
・今週末:キャラデザ(白石)
・来週:ストーリー執筆(俺)
・再来週:ネーム・作画
・最終週:仕上げ
タイトなスケジュール。
でも、やれる。
二人なら、やれる。
◆
俺はミーティングを終えて帰路につく。
……白石。
一緒に作品を作るのが、自然になってきた。
前は「ライバル」だった。大嫌いだった。
でも、今は――「パートナー」。一緒に作品を作る仲間。
……不思議だな。でも、悪くない。むしろ、いい。
白石の笑顔を思い出す。
「あんたの本気にあたしも精一杯答えるわ。任せて!」と言ったときの笑顔。
……。
胸が、温かくなる。
……何だ、この感覚。
わからない。でも、悪くない。
昨日の夜、必死で研究した。
白石が困らないように。白石が描きやすいように。
……白石のために。
その気持ちで、研究した。
でも、それは――パートナーだから?一緒に作品を作る仲間だから?それだけか?
……わからない。
自分の気持ちが、わからない。
……考えすぎだ。今は、作品のことだけ考えよう。
研究ノート。白石も見た。
白石も、本気だ。
俺も、本気でやる。
エロシーンも、ちゃんと書く。
白石が、描きやすいように。白石が、困らないように。
……白石のために。
また、その言葉。でも、いい。
この気持ちのまま、書こう。
次は、絶対いいものにする。
決意を新たにする。
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