第21話 新作会議~Side白~

金曜日の放課後、帰宅したあたしは自室を片付けていた。


今日もまた蓮が来る。次の作品について、プロット会議をする予定だ。


床に散らばっていたスケッチブックを片付け、液タブの前を整理する。


……緊張する。


昨日、あたしは蓮に裸体デッサンを見せた。自分の体を鏡で見ながら描いた、あんな恥ずかしいものを。


でも、蓮は真剣に評価してくれた。


……嬉しかった。死ぬほど恥ずかしかったけど。


そして蓮はあたしのデッサンをみて、興奮していた。間違いなく。


『隣の席の吸血鬼』よりは格段によい手応えを得られた。


この調子だ。頑張ろう。


インターホンが鳴る。あたしは深呼吸して、玄関に向かった。


ドアを開ける。


「来たわね」


「……ああ」


蓮が立っていた。いつも通りの無表情で。


ノートを脇に抱えている。


「入って」


あたしは蓮を部屋に案内した。


二人で床に座る。


蓮がノートを広げ、あたしはスケッチブックを開く。


……正直少し、気まずいが気を取り直す。


「……で、次の作品だけど」


あたしから切り出した。気まずい空気を振り払うように。


「次の作品の前に、前回の課題を確認しましょう」


あたしはスケッチブックを開いた。


この前、二人で分析した内容。第1作『隣の席の吸血鬼』の反省点。


「第1作の課題はこれよ」


スケッチブックには、箇条書きで書かれている。


・設定が甘い(血と生命力の混在)

・エロから逃げた

・構図が単調

・本番シーンが不明瞭


「次は、これを全部クリアする作品にしたいの」


「だな」


あたしの言葉に蓮も答える。


前回は、色々と甘かった。設定も、エロシーンも。


今回は、ちゃんとやる。


「……わかった」


蓮が答える。


「それを踏まえて、次は何描く?」


あたしが聞く。


蓮がノートを開いた。


「……『雨宿りの君へ』」


「タイトル?」


「ああ。前回の課題を解決するために、考えた」


あたしは前のめりになる。


「どういうこと?」


蓮が説明を始めた。


「前回の作品は『設定の甘さ』があった。これを解決しないといけない。そこで設定を単純にした。雨の日、見知らぬ二人が雨宿りで出会う。話しているうちに惹かれ合う。雨が止まず、一夜を共にする」


「随分シンプルね」


確かに、シンプルだ。


「ああ。吸血鬼みたいな複雑な設定は入れない。現代、現実、わかりやすく」


なるほど。吸血鬼の設定は、血と生命力が混在していて、読者を混乱させた。そしてその設定は活かしきれなく消化不良となってしまった。


でも、雨宿りなら、そんな複雑なルールはいらない。


「いいわね」


あたしは頷いた。




「次に、エロから逃げない」


蓮が続ける。


「大人な設定にする。大学生と社会人」


「……高校生じゃないのね」


「ああ。高校生だと、制約が多い。エロを描きにくい」


「……確かに」


あたしも頷く。


前回は高校生設定で、どこまで描いていいか迷った。キスシーンは描いたけど、本番シーンは曖昧にした。


「──というのを言い訳に俺達はエロい表現をすることから逃げてしまったんだ」


あたしは無言で頷く。全くを持ってそのとおりだ。


『童貞がかいただろ』という言葉が脳裏に浮かぶ。


「大人同士なら、恋愛もエロも自然に描ける。これなら俺達はエロから逃げる口実がなくなる」


「……そうね」


これで「エロから逃げた」を解決できる。


「それに、一夜を共にする展開だから、本番シーンは必須」


「……必須ね」


蓮が真剣な顔で言う。


「今回は、逃げない。ちゃんと描ききる」


「もちろんよ」


あたしも覚悟を決める。


前回は、恥ずかしくて曖昧に描いた。


今回は、ちゃんと描く。




あたしも考える。


『構図の単調さ』を解決するには。


「『雨宿り』の設定はいいわね。『構図の単調さ』の問題を解決しやすいわ。ほら、雨って色々なシチュエーションかけるじゃない。雨の描写、濡れた服、体温……視覚的にバリエーションを出しやすいの」


あたしが説明する。


「雨粒、傘、濡れた髪、服の透け感」

「バス停からホテルまでの移動、部屋の中」

「アップ、引き、斜め、色々な角度が使える」


蓮が頷く。


「……なるほど。それで構図のバリエーションを増やせる」


「そういうこと」


あたしは続ける。


「それに、濡れた服っていいでしょ」


「……え?」


蓮が戸惑う。


あたしはニヤリと笑った。


「あんた、この前AVビデオ見てた時も、素っ裸の時より、脱がすところの方が興奮してたわよね」


「……!」


蓮の顔が一気に赤くなる。


「濡れた服からのチラ見せとか、そういうのが好きなんでしょ」


「……言葉にするな」


蓮が恥ずかしそうに目を逸らす。


……図星か。


「でも、あたしもその通りだと思うわ。全部見せるより、見え隠れする方がエロい。過程があたしたちを興奮させるんだわ」


「……まあその通りだけど、言葉にされると、恥ずかしいな」


蓮がぼそっと言う。


あたしは笑う。


蓮が恥ずかしがってるの、珍しい。


「濡れた服の透け感とか、脱がす過程とか、丁寧に描くわ。任せなさい」


「……ああ、頼む」


これで「構図が単調」を解決できる。




さらにキャラクター設定を詰める。


「主人公は、爽やか系がいいわね」


あたしが提案する。


「……わかった」


蓮がノートにメモする。


「ヒロインは、大人っぽい美人」


「……いいな」


あたしが提案する。


「ヒロインは、大人っぽいけど、ちょっと天然」


「……天然?」


「そう。完璧に見えて、ちょっと抜けてる」


「……いいな、それ」


蓮が考える。


「主人公は、真面目だけど、押しに弱い」


「……あ、それいいわね」


キャラクターが立ってくる。


プロットが具体的になる。


……楽しい。


蓮と一緒にプロットを考えるの、楽しい。


二人でアイデアを出し合って、キャラクターが生まれていく。


前回より、ずっといい作品になりそう。




時計を見る。もう1時間経ってる。


「今日はここまでにしましょうか」


あたしが言う。


「……ああ」


蓮が頷く。


「次は、エロシーンの具体的な指示とか、役割分担を詰めないとね」


「……わかった。また明日」


「明日?」


「ああ。続きをやりたい」


……積極的ね。


でも、嬉しい。


「じゃあ、明日また来て」


「……ああ」


蓮が立ち上がる。


あたしも立ち上がる。


玄関まで見送る。


「明日、続きね」


「……ああ」


蓮が出ていく。


ドアが閉まる。




一人になった部屋を見る。さっきまで蓮が座っていた場所。


……楽しかった。


蓮と一緒に作品を考えるの、楽しい。


前は「ライバル」だった。大嫌いだった。


でも、今は――「パートナー」。一緒に作品を作る仲間。


……不思議。でも、悪くない。むしろ、いい。


蓮の横顔。真剣にノートを見てる姿。「爽やか系がいいわね」と言ったとき、頷いた顔。


……かっこよかった。


え?


「……何、今の」


あたし、蓮のこと「かっこいい」って思った?


顔が熱くなる。


……違う違う。ただのパートナーよ。創作仲間。それだけ。


でも――心臓が、ドキドキしてる。


「明日も、来るんだ」


蓮が積極的に「続きをやりたい」と言った。


……嬉しかった。会えるのが、楽しみ。


「……楽しみ?」


あたし、蓮に会うのが楽しみ?


……そうかもしれない。


「……バカみたい」


あたしは枕に顔を埋めた。

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