第18話 覚悟~Side黒~
コミティアの2日後の放課後。
白石から、メッセージが来た。
『反省会やるわよ。うちに来なさい』
『……わかった』
何の、とは書いてない。
でも、わかる。
コミティアのことだ。
なぜ、売れなかったのか、何が悪かったのか、白石も考えてたんだ。
白石の家の前に立つ。住宅街の一軒家だ。
インターホンを押す。
「……来たわね」
ドアが開く。
白石が、俺を出迎える。
「……ああ」
「入って」
玄関を上がる。
部屋に通される。
白石の部屋だ。
整理されてる。
本棚には、漫画と画集。
机の上には、スケッチブックとペン。
「……座って」
白石が、床に座る。
俺も、向かいに座る。
二人とも、黙ってる。
気まずい。
話さないと、前に進めない。
◆
俺は、ノートを取り出した。
「……昨日、色々分析した。なんで売れなかったのか」
「奇遇ね。あたしもよ」
白石も、スケッチブックを開く。
二人とも、メモがびっしり書いてある。
俺は、ノートを白石に向ける。
「……俺は、AIDMAで分析した」
「……AIDMA?」
「ああ。マーケティングのフレームワークだ」
白石が、ノートを覗き込む。
俺のメモ。
【AIDMA分析】
課題1: Attention(注意)
- SNS告知なし
- WEBサイトなし
- ポップなし
- スペース位置が悪い
- 表紙が地味
課題2: Interest(興味)
- コピー文なし
- 絵の魅力を伝える工夫が足りない
課題3: Desire(欲求)
- エロから逃げた(最重要)
- 作り手として無責任
課題4: ネーム
- コマ割りが単調
- 視線誘導が甘い
白石が、メモを読む。
「……すごいわね。ロジカルで体系的」
「結局『作れば売れる』って信じてたのが俺達の敗因だったんだろうな。知ってもらわないと始まらないのに。まあ知ってもらったうえでの反省もかなりあるんだが」
「……なるほど」
白石は、自分のスケッチブックを俺に向ける。
「……あたしは、絵の技術的な反省をしたの」
俺は、白石のメモを見る。
【絵の反省】
課題1: 絵作りが単調
- 構図のバリエーション不足
- カメラワークが固定
課題2: エロ絵が弱い
- キスの角度が単調
- 肌の描写が甘い
課題3: 本番演出が不十分
- 体位が不明瞭
- 表情が描けてない
課題4: エロへの向き合い方が甘かった
- 恥ずかしくて避けた
- 参考資料を見なかった
課題全てが俺に突き刺さる。ぐうの音も出ない。
「全くを持ってそのとおりだ。俺も、エロから逃げた」
白石が、顔を上げる。
「ネームで省略した。恥ずかしかったから」
「……あたしも。参考資料を見なかった。恥ずかしくて」
二人とも、黙る。
エロから、逃げていた。
恥ずかしいから、避けた。
エロ同人誌を作ると決めたのは、俺たちだ。
なのに、逃げた。
その『逃げ』はあまりにも無責任だった。
しばらく、沈黙が続く。
俺は、口を開いた。
「……あと、もう一つ」
「……何?」
「設定が、甘かった」
白石が、顔を上げる。
「……設定?」
「ああ。吸血鬼の設定」
俺は、ノートをめくる。
「血を吸うのか、生命力を吸うのか。曖昧だった」
「……」
白石が、黙る。
「『血が必要』『血を吸う』『血をもらってる』って書いてたのに、実際は接触で生命力を吸う設定だった」
「……確かに」
「統一してなかった。読者が混乱する」
白石が、スケッチブックを見る。
「……あたしも気づいてた。でも、言えなかった」
「……」
「あたしは絵担当だから、ストーリーには口出ししちゃいけないって思ってた」
「……いや、言ってくれ」
俺は、白石を見る。
「俺たちは、パートナーだ。おかしいと思ったら、指摘してほしい」
「……わかった」
白石が、頷く。
「次は、ちゃんと設定詰める。吸血鬼のメカニズム、はっきりさせる」
「……うん」
俺は、口を開いた。
「……役割が、見えてきた」
「……うん」
俺のノートを指す。
「俺の担当は――マーケティング。AIDMA全体。SNS告知、会場展示。そして、ネーム。コマ割り、視線誘導、エロシーンの具体的指示」
白石が、うなずく。
「……あたしの担当は――作画。構図のバリエーション、カメラワーク。そして、エロ絵。肌の描写、肉感、本番演出」
「……ああ」
俺は、白石を見る。
「次は、ちゃんとやる。エロから逃げない」
白石も、俺を見る。
「……うん。あたしも」
二人で、決意を確認した。
俺は、スマホを取り出した。
「そういえば、DLsiteに登録した」
「……DLsite?」
「ああ。同人誌のダウンロード販売サイトだ」
白石が、首を傾げる。
「データで、売るの?」
「ああ。在庫リスクがない。そして――レビュー機能がある」
「……レビュー」
「購入者が、評価を書き込める。星の数と、コメント」
白石の表情が、少し強ばる。
「……怖いわね」
「……ああ」
俺は、DLsiteのアプリを開く。
『隣の席の吸血鬼』のページ。
DL数:2
レビュー:2件
「……レビューが来てる」
「……見せて」
白石が、俺のスマホを覗き込む。
俺は、レビューを開く。
【レビュー1】
評価:★☆☆☆☆(1つ星)
「絶対童貞が描いたでしょこれ」
白石が、固まる。
俺は、続きを読む。
「エロシーンが全然エロくない。正直、お金返してほしいレベル。キャラは可愛いけど、それだけ。ストーリーも薄いし、エロも中途半端。次は期待しません」
……。
「……まあ、図星だな」
俺は、冷静に言った。
白石は、何も言わない。
次のレビューを開く。
【レビュー2】
評価:★★☆☆☆(2つ星)
「エロシーンが全然エロくない。絵は綺麗だけど肉感がない。本番シーンが何してるかわからない。もっとちゃんと描いて」
白石が、小さく声を出す。
「……全部、正しいわ」
「ああ。俺たちが分析したのと、同じだ」
白石は、スマホから目を離さない。
「……」
声が、出ない。
俺は、スマホを閉じた。
「次は、もっと良くする」
白石が、顔を上げる。
「……うん」
でも――
白石の頬に、涙が伝っている。
泣いてる。
拭おうともしない。
ただ、涙が流れるままにしている。
……胸が、痛い。
白石が泣いてるのを見るのは、初めてだ。
いつも強気で、負けず嫌いで。
そんな白石が、涙を流してる。
何か、言葉をかけないと。
でも、何を言えばいいのかわからない。
「……大丈夫か?」
「……大丈夫よ」
声は、震えてない。でも、涙は止まらない。
……俺のせいだ。
俺が、もっとちゃんとネームを描いてれば。
エロから逃げずに、ちゃんと向き合ってれば。
白石は、スケッチブックを閉じる。
「……次は、絶対もっと良くするわ」
「……ああ」
俺は、立ち上がる。
「……今日は、帰るわ」
「……うん」
白石が、俺を玄関まで見送る。ドアの前で、白石が立ち止まる。
「……ありがとう。来てくれて」
「……ああ」
ドアが、閉まる。
俺は、白石の家を出る。住宅街の道を歩く。
……白石、本当に大丈夫か? なんか、様子がおかしかった。何も聞けなかった。
◆
家に帰る。自室で、ノートを開く。
次の作品のプロット。『雨宿りの君へ』。エロシーンを、もっと具体的に描く。体位、角度、表情。全部、細かく書き込む。白石が、迷わないように。読者が、満足するように。
スマホが光る。
白石からメッセージ。
『……今日は、ありがとう』
『……ああ』
『……レビュー、見られて良かったわ』
『……そうか』
『……現実を、知れたから』
『……ああ』
しばらく、既読がつかない。
数分後。
『……次は、絶対もっと良くする』
『……ああ』
『……あたし、本気よ』
『……わかってる』
『……本当に、本気なの』
……何が、あったんだ。白石の様子が、おかしい。でも、聞けない。白石が、自分から話すまで待とう。
『……わかった。俺も、本気だ』
『……うん』
メッセージを閉じる。
……白石。何を考えてるんだ。
窓の外を見る。夜空に、星が光ってる。
……白石の涙が、頭から離れない。
あんな風に泣かせたくない。
もう二度と。
次の作品。もっと上手く描く。もっと、エロく描く。
白石と、一緒に。
二人で。
……守りたい。
白石の夢を。
白石の努力を。
白石の笑顔を。
……絶対に。
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