第12話 ネーム~Side 黒~
翌日の放課後、自分の部屋。
俺は『隣の席の吸血鬼』のネームに取り組んでいた。
全16ページの読み切り作品だ。プロットはできている。
ハルトとルイーゼが教室で出会い、吸血鬼であることがバレて、恋に落ちる話。
キャラデザもできている。
白石が描いた、魅力的なヒロイン。
あとは、ネームを描くだけ。
……あとはネームを描くだけなんだが
でも、手が止まる。
コマ割り。
視線誘導。
セリフの配置。
全部、考えることが多すぎる。
……小説なら、こんなに悩まないのに。
小説は、文章を書けばいい。
読者の想像に任せればいい。
でも、漫画は――
絵とセリフを、コマの中に収めなければいけない。
どのコマに何を入れるか。
どういう構図で見せるか。
どういう順番で読ませるか。
全部、決めなければいけない。
難しい。でも、やるしかない。
(……コミティアまで、あと1ヶ月半)
ペンを取る。
ラフな絵で、コマを描き始める。
◆
1ページ目。
ハルトとルイーゼが教室で出会うシーン。
コマ割りを決める。
1コマ目:教室の全景。朝の光が差し込む。
2コマ目:ハルトのアップ。無表情。
3コマ目:ルイーゼの登場。ドアを開ける。
4コマ目:ハルトの驚いた顔。
(……これで、いいか?)
図書館で借りた漫画創作の参考書を見ながら、描く。
視線誘導はZ字。
右上から、左上、右下、左下。
キャラクターの位置関係を保つ。
ハルトは常に左、ルイーゼは常に右。
吹き出しは、キャラの顔を隠さないように。
セリフは短く、読みやすく。
全部、気をつけながら。
ラフな絵で、キャラクターを描く。
顔だけでいい。
体は棒人間でいい。
ネームは設計図だから。
――1時間後。
「……やっと、1ページか」
遅い。
こんなペースじゃ、16ページなんて終わらない。
でも、焦っても仕方ない。
(……丁寧に、一つ一つ)
2ページ目に進む。
ハルトとルイーゼの会話シーン。
「君、転校生?」
「ええ。シュミット・ルイーゼよ」
「……変わった名前だな」
「ドイツ系のハーフなの」
セリフを吹き出しに入れる。
読む順番を考えて、配置する。
(……これで、いいか?)
でも、なんか読みにくい。
吹き出しの位置を変える。
もう一度、読んでみる。
(……こっちのほうがいいな)
――2時間後。
「……やっと、3ページか」
遅い。
でも、少しずつ慣れてきた。
コマ割りのコツが、わかってきた。
(……白石は、これを元に絵を描くんだ)
適当には描けない。
わかりやすく、丁寧に。
構図も、ちゃんと指定しないと。
もう一度、描き直す。
キャラクターの角度。
カメラの位置。
全部、メモを書き込む。
「このコマは、ハルトのアップ。正面から」
「このコマは、二人の会話。横からの構図」
白石が描きやすいように。
(……これで、いいはずだ)
◆
――その日の深夜。
「……ここまでか」
8ページまで描いた。
半分。
時計を見る。深夜2時。
(……明日、学校あるんだけどな)
さすがに限界だ。
◆
翌日の放課後。教室の隅。
周りに誰もいないことを確認してから。
「……8ページまで、できた」
俺はノートを白石に見せる。
机の陰に隠すように。
白石が身を乗り出す。
「……見せて」
ノートを渡す。
白石が真剣に見る。
ページをめくる。
1ページ、2ページ、3ページ……
「……すごいわね」
「……そうか?」
「ちゃんと、コマ割りできてる」
「……本の通りにやっただけだ」
白石がさらにめくる。
4ページ、5ページ、6ページ……
そして、8ページ目。
「……ここまでね」
「……ああ。残りは、これから描く」
「わかったわ。この8ページは、あたしが先に作業始めてもいい?」
「……構わない」
「じゃあ、クリスタに取り込んでおくわ」
白石がスマホで、ネームを撮影する。
(……できたところから渡していく)
そうすれば、白石も早く作業に入れる。
効率的だ。
「……残りも、頼む」
「……ああ」
◆
その日の夜。
俺は続きを描き始めた。
9ページ目から。
ここから先が、問題だ。
(……エロシーン)
プロットを見る。
8ページ目まで:ハルトとルイーゼが仲良くなる。
9ページ目から:ルイーゼの正体がバレる。吸血鬼だと。
12ページ目から:二人がキスをして、その先――
(……どう描けばいいんだ?)
エロ小説なら、書けた。
文章で、雰囲気を出せばいい。
「彼女の唇が、甘く誘う」
「彼の手が、彼女の肌に触れる」
でも、漫画は――
絵で、表現しなければいけない。
どういう構図で。
どういう角度で。
どういう表情で。
どこまで描くか。
全部、決めなければいけない。
(……参考資料、見るか)
Pixivを開く。
R-18タグで検索。
色々な絵が出てくる。
エロ漫画も、たくさんある。
構図を研究する。
「なるほど、この角度か」
「このコマ割り、いいな」
参考になる。
メモを取る。
でも――
(……これを、白石に描かせるのか)
急に、気まずくなる。
白石も、エロ絵を描いてる。
Pixivで見た。
上手いし、エロい。
でも、俺が指定した構図を描かせるのは――
なんか、恥ずかしい。
「このコマは、キスシーン。舌を絡ませて」
「このコマは、ベッドシーン。肌を露出させて」
そんな指定を、白石に出すのか。
(……まあ、やるしかないか)
深く考えないことにした。
俺たちは、エロ漫画を描くと決めた。
恥ずかしがってる場合じゃない。
ペンを取る。
9ページ目。
ルイーゼの正体がバレるシーン。
コマ割りを決める。
そして――
12ページ目。
キスシーン。
(……顔、赤くなってる)
自分でもわかる。
でも、描き続ける。
参考資料を見ながら。
構図を決める。
角度を決める。
表情を指定する。
――深夜3時。
「……ここまでか」
12ページまで描いた。
キスシーンまで。
時計を見る。深夜3時。
(……さすがに限界だ)
ベッドに倒れ込んだ。
◆
翌日の放課後。教室の隅。
「……12ページまで、できた」
俺はノートを白石に渡す。
白石が真剣に見る。
9ページ、10ページ、11ページ……
12ページ目。
キスシーン。
白石が、じっと見る。
「……」
何も言わない。
でも、顔が赤い。
「……エロシーン、これから先もあるけど」
「……わかってるわ」
白石が小さく頷く。
「ここまでの分、撮影してもいい?」
「……ああ」
白石がスマホで、ネームを撮影する。
「……残り4ページ、頑張って」
「……ああ」
◆
その日の夜。
俺は最後の4ページに取り組んだ。
13ページ目。
ベッドシーン。
全部、メモを書き込む。
14ページ、15ページ、16ページ。
――深夜2時。
「……終わった」
16ページ分、全部。
ネームが、完成した。
(……やっと)
疲れた。
でも、達成感がある。
初めて、漫画のネームを描いた。
完成させた。
3日かかった。
でも、完成した。
(……明日、白石に見せよう)
そう思いながら、ベッドに倒れ込んだ。
◆
翌日の放課後。教室の隅。
「……残り、できた」
俺は最後の4ページを白石に見せる。
白石が真剣に見る。
13ページ目。
ベッドシーン。
「……これ、あたしが描くの?」
「……ああ」
「……」
白石が黙る。
でも、ネームを見続ける。
14ページ、15ページ、16ページ。
最後まで見る。
「……どう?」
俺が聞く。
「……構図は、いいと思う」
「……そうか」
「でも、このコマ」
白石が13ページ目を指す。
「この角度だと、描きにくいわね」
「……どう描きやすくすればいい?」
「もうちょっと、正面寄りのほうが……」
白石がペンを取って、ノートに描き込む。
ラフな線で、構図を修正する。
「こう?」
「……ああ、そっちのほうがいい」
「それと、このコマ」
白石が最初の8ページを開いて、12ページ目を指す。
「キスシーンだけど、表情がもっと見えたほうがいいわ」
「……なるほど」
「アップにして、二人の顔を大きく」
「……わかった」
二人で相談しながら、ネームを修正する。
白石が描き込み、俺がメモを取る。
(……やっぱり、二人でやったほうがいいな)
一人で悩むより、ずっと早い。
白石の意見も、的確だ。
絵を描く人間の視点。
俺にはない視点。
「ありがとな」
「……べ、別に」
白石が照れたように顔を逸らす。
「じゃあ、この修正を反映させてくるわ」
「……ああ」
「修正できたら、あたしが本格的に作画に入るわね」
「……頼む」
二人で頷く。
コミティア。1ヶ月半後。
間に合わせる。
絶対に。
◆
その日の夜。
俺はネームを修正した。
白石の指摘を元に、構図を調整する。
12ページ目のキスシーン。
アップにして、二人の顔を大きく。
表情が見えるように。
13ページ目のベッドシーン。
角度を正面寄りに。
白石が描きやすいように。
(……これで、いいはずだ)
修正完了。
16ページ分、全部。
『隣の席の吸血鬼』第1話のネーム。
完成。
(……やっと、見えてきた)
漫画の描き方が。
ネームの描き方が。
まだ完璧じゃないけど、少しずつわかってきた。
小説とは違う。
でも、面白い。
コマで物語を見せる。
絵とセリフで表現する。
新しい挑戦。
(……白石が、これを絵にしてくれる)
どんな絵になるんだろう。
どんな漫画になるんだろう。
楽しみだ。
コミティア。
そこで、この本を売る。
俺たちの第1作。
『隣の席の吸血鬼』。
(……絶対、完成させる)
俺は拳を握った。
明日、修正したネームを白石に渡す。
そして、白石が作画を始める。
いよいよ、本番。
(……頑張ろう)
そう決意して、眠りについた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます