第11話 勉強~Side 白~

翌日の放課後、あたしは即帰宅、自分の部屋にいた。


机の上には、液タブ。


液タブは決して安くない買い物だ。お父さんにおねだりしたら、デレデレした顔で買ってくれた。


CLIP STUDIO PAINTを起動する。


いつもPixivに投稿する絵を描いているソフト。通称クリスタ。


イラストも漫画も描けるし、トーンも貼れる。


でも、あたしが普段使っているのはイラスト用の機能ばかり。漫画の機能は、ほとんど触ったことがない。


でも、今日は漫画の練習。


(……黒澤がネームを描くなら、あたしは作画の練習しないと)


昨日、役割分担を決めた。


黒澤がプロットとネーム。あたしが作画。


ネームは黒澤がアナログで描いて、それを元にあたしがクリスタで清書する。


(……でも、漫画の絵って、イラストと違うのよね)


新しいキャンバスを開く。


漫画原稿用のテンプレート。


B5サイズ、600dpi。


昨日、ネットで調べた。同人誌のサイズはB5が一番多いらしい。解像度は、トーンを綺麗に表示するために600dpi以上が必要だと。


コマ枠を引いてみる。


1コマ目、2コマ目、3コマ目……


(……コマの中に絵を描くって、難しい)


試しに、キャラクターを描いてみる。


ハルトとルイーゼが教室で話すシーン。


――30分後。


「……ダメだ」


顔のアップを描いたら、背景が入らない。


全身を描いたら、表情が見えない。


吹き出しにセリフを入れたら、キャラが隠れる。


文字数が多いと、吹き出しが大きくなる。


でも、そうするとキャラが隠れるし、読みにくい。


(……イラストとは全然違う)


ため息をつく。


でも、諦めない。


諦めたら、そこで終わり。


コミティア。2ヶ月後。


そこで本を売る。


具体的な目標ができた。


(……頑張らないと)


もう一度、描き直す。


遥の創作活動は夜遅くまで続いた。



翌日の昼休み。学校。


「遥~」


親友の灰島綾が声をかけてくる。


グレーがかった茶髪が、廊下からの光を受けて柔らかく揺れる。冷静な印象の目。落ち着いた雰囲気。


中学からの付き合いで、あたしのことを一番よく知っている。


良くも悪くも、観察眼が鋭い親友。


「お弁当、一緒に食べよ」


「あ、うん」


あたしは綾と一緒に教室の隅へ移動する。


お弁当を広げる。


いつもの日常。


でも、今日の綾は、何か意味ありげな顔をしている。


ひとしきり他愛もない話をした後。


「ねえ、遥」


「何?」


「最近、黒澤くんとよく話してるよね」


「!」


あたしの箸が、宙で固まる。


(……バレてる?)


「べ、別に!なんで急に!?」


「ふーん」


綾が意味ありげに笑う。


その笑顔が、怖い。


綾の観察眼は、いつも鋭い。


「いつも喧嘩してたのに、最近仲良くなったなーって」


「仲良くなんかなってないわよ!」


「でも、昨日も放課後、二人で何か話してたでしょ?」


「そ、それは……」


あたしは言葉に詰まる。


(……何て言えばいいの?)


漫画を一緒に描いてるなんて、言えない。


ましてや、エロ漫画なんて。


「……ちょっと、勉強教えてもらってただけよ」


「へー。遥が黒澤くんに勉強教えてもらうんだ」


「な、何よその言い方!」


「だって、遥いつも『絶対黒澤に負けない!』って言ってたじゃん」


「……」


確かに。


あたしはいつも、黒澤に勝とうとしてた。


テストで1位を取ろうと。


次こそは、次こそはと。


でも、今は――


(……違う勉強してる)


漫画の勉強。


テストとは違う、答えのない勉強。


「まあ、いいけど」


綾が笑う。


「遥が楽しそうなら、それでいいよ」


「た、楽しくなんか……」


「すごく楽しそうだよ?最近」


綾がじっとあたしを見る。


その観察眼。


まるで、心の中を見透かされているみたい。


(……綾には、隠し事できないな)


でも、全部は言えない。


言えるわけがない。


「……別に、普通よ」


「ふーん」


綾はそれ以上追求しなかった。


でも、心の中で思っているはず。


(……遥、何か隠してるな)


綾の直感は、いつも当たる。


放課後。図書館で『漫画の描き方 作画テクニック』という本を借りた。


その日の夜。自分の部屋で借りてきた本を開く。


『漫画の描き方 作画テクニック』


ページをめくる。


「漫画のキャラクターは、コマに合わせて構図を調整する」


なるほど。


「背景は必要最低限に。キャラクターを目立たせることが重要」


(……イラストとは全然違うのね)


液タブを見る。


クリスタの画面。


練習用に描いた絵。


(……これじゃダメだ)


もっと、漫画らしい絵を描かないと。


本を読み進める。


効果線の引き方。トーンの貼り方。ペン入れのコツ。


全部、初めて知ることばかり。


(……漫画って、奥が深いのね)


スマホが光る。


黒澤からメッセージ。


『明日、打ち合わせできるか?』


あたしは返信する。


『できるわ。作画の練習してるけど、難しいわね』


すぐに返信が来る。


『……俺もネームの練習してる。アナログで描いてみたが、思った以上に難しい』


『じゃあ、明日』


『……ああ』


メッセージを閉じる。


(……二人で、頑張ってる)


黒澤と、あたし。


ライバルだったのに。


いつも張り合ってたのに。


今は、共同制作のパートナー。


(……不思議ね)


でも、悪くない。


一人で悩むより、二人で悩む方が楽だ。


液タブを見る。


クリスタの画面。


描きかけの練習絵。


(……まだまだだけど)


でも、少しずつ進んでる。


コミティア。2ヶ月後。


そこで、本を売る。


(……絶対、完成させる)


あたしは拳を握る。



翌日の放課後。あたしは黒澤と、教室の隅で打ち合わせ。


周りに誰もいないことを確認してから、二人で机を寄せる。


「……作画の練習、どう?」


黒澤が聞いてくる。


「クリスタで描いてみたけど、難しいわ」


あたしは液タブの画面キャプチャを見せる。


スマホに保存してきた、練習絵。


黒澤が画面を見る。


じっと、見つめる。


あたしの心臓が、ドキドキする。


どう思われるだろう。


ダメ出しされるかな。


「……いいな」


「本当?」


「ああ。キャラが可愛い。表情もいい」


黒澤が続ける。


「……それに、エロい」


「!」


あたしの顔が、一瞬で真っ赤になる。


「な、何言ってるのよ!」


「褒めてるんだよ」


黒澤が冷静に言う。


「エロ漫画描いてるんだから、エロくないと意味がないだろ」


「そ、それはそうだけど……」


確かに。


でも、面と向かって「エロい」って言われると、恥ずかしい。


「……ただ、ここはもう少し修正したほうがいいかもな」


黒澤が画面を指差す。


「このコマ、もう少しアングル変えたら、もっと色っぽくなると思う」


「アングル?」


「ああ。上から見下ろす感じじゃなくて、下から見上げる感じ」


「……下から見上げる?」


「見上げるとあざとさが出る」


黒澤が冷静に言う。


「なるほどぉ」


あたしは頷く。


確かに、そっちのほうが色っぽい。


見上げる角度だと、上目遣いになって、あざとくなる。


「それから、このシーンは吹き出しの位置をずらしたほうがいい。キャラの顔が隠れてる」


「あ、本当ね」


二人で画面を見ながら、修正点を話し合う。


いつも、テストで負けてばかりだったのに。


漫画では、対等に話せる。


いや、むしろ黒澤のアドバイスが的確で、勉強になる。


(……悪くない気分)


「そろそろ、本番のネームに取り掛からないとな」


黒澤が言う。


「そうね。練習ばかりしてても仕方ないし」


「……ところで、ネームを試しにかいてみたんだが、こんなんでわかるのか?」


黒澤が自分のノートを見せる。


棒人間みたいなラフな絵。


顔は丸に点と線。体は棒。


「……あんた、絵下手ね」


思わず言ってしまう。


「うるせー」


黒澤が不機嫌そうに言う。


「だから俺は文章担当なんだろ」


「まあ、そうだけど」


あたしは笑いを堪えながら、ノートを見る。


「でも、場所、立ち位置、誰なのか、視線がわかれば大丈夫よ」


「……本当か?」


「ええ。あたしが清書する時に、ちゃんとした絵にするから」


「……そうか」


黒澤がホッとしたような顔をする。


「じゃあ、俺が本番のネームを描いたら、お前がクリスタで清書する」


「わかったわ」


二人で頷く。


少しずつ、進んでる。


役割分担も、はっきりしてきた。


黒澤がアナログでネーム、あたしがクリスタで清書。


コミティア。2ヶ月後。


そこで、本を売る。


あたしたちの目標。


(……絶対、叶える)

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