第06話 黒白~Side黒~

家に帰る。


自分の部屋。


ドアを閉める。


ベッドに座る。


(……今日は最悪だった)


白石に、俺がSchwarzだってバレた。


なろうのPV一桁も見られた。


クラスで一番のライバルに、一番見られたくない部分を。


溜息が出る。


スマホを取り出す。


『小説家になろう』のマイページ。


PVカウンター:8。


……1だけ増えた。たった1。


(……なんのために書いてるんだろうな)


スマホを置く。


ベッドに寝転がる。


天井を見る。


白い天井。


なにも変わらない日常。


なにも評価されない日々。


(……白石は、どう思ってるんだろう)


明日、学校で顔を合わせたら。


気まずい。


絶対に気まずい。


というか、笑われるんだろうな。


「PV一桁、笑っちゃうわね」


白石の声が、頭の中で聞こえる。


……最悪だ。


ブーン。


スマホが振動する。


LINE?


誰だ、こんな時間に。


スマホを取る。


画面を見る。


……知らないアカウント。


「Alba」


……誰だ?


メッセージを開く。


『明日、放課後。屋上に来て』


……は?


誰だよお前。


『誰だよお前』


返信する。


すぐに返事が来る。


『白石よ』


……は?


白石遥?


『話せばわかる。来て』


いや、でもなんで。どうやって俺のLINE調べたんだ。


『どうやって俺のLINE調べた』


返信する。


しばらく待つ。


返事が来ない。


……寝たのか?


(……まあ、明日になればわかるか)


スマホを置く。


また天井を見る。


白石が、何の用だ?


また笑いに来るのか?


それとも――


(……わからない)


不安と、少しの期待が、入り混じっていた。


翌日。


放課後。


屋上。


白石遥が、俺を待っていた。


フェンスに寄りかかって、スマホを見ている。


俺が近づくと、顔を上げる。


「……来たのね」


やっぱり、お前か。


「どうやって俺のLINE調べた」


「佐々木から聞き出したのよ。あんたたちつながってたでしょ」


佐々木、あいつ──。個人情報保護法違反だぞ。

まああいつ美人に弱いから、話しちゃったんだろうけど。


俺はため息を付く。


「……で、何の用だ」


白石が俺を見る。


そして――


深呼吸。


「……あんたの文章、読んだわ」


「……」


俺は黙る。


また笑われるのか。


白石が続ける。


「PV数は確かに低かったし、面白さにも課題はあった」


「……」


図星だ。


「ヒロインの感情がよくわからないし、展開は唐突。説明不足で読者は置いてきぼり」


言い返せない。


でも――


「それでも、あたしには作れないわ」


「……え?」


俺は思わず聞き返す。


白石が真剣な顔で言う。


「あんたの物語の発想力、構成力、文章のリズム感。これは……あたしには、書けない」


「……」


俺は唖然とする。


白石遥が、俺の文章を……認めた?


白石が頭を下げる。


「昨日はひどいこと言ってごめんなさい」


「ひどいって──」


「昨日、PV一桁ってバカにして」


「ああ、あれか」


まあ地味に傷ついた。


「……でも、あんたの文章、ちゃんと読んだら……悪くなかったわ」


俺は、言葉を失う。


白石遥が、謝罪?


あの白石が?


学校で一番のライバルが?


「……何が言いたい」


白石が顔を上げる。


真剣な顔。


目が、真っ直ぐ俺を見ている。


そして――


「それで――」


白石が深呼吸する。


「つべこべ言わずあたしと一緒に漫画を描きなさい」


「……は!?」


俺は思わず声を上げる。


何を言ってるんだ、こいつは。


「……漫画?」


「そうよ。あんたの物語と、あたしの絵で最強のエロ漫画を作りましょう」


「……」


俺は唖然とする。


エロ漫画?


お前と?


「……無理だろ」


「なんで?」


「お前と俺、犬猿の仲だろ」


「あたしだって嫌よ」


「じゃあなんで――」


「でも、これが一番効率的でしょ」


白石が俺を見る。


「あんた、このままPV一桁で満足なの?」


「……」


満足なわけない。


でも――


「あたしも、オリジナルは全然伸びない」


「でも、エロは伸びる」


「あんたのエロ短編も、他より少しマシだったわよね」


「……」


確かに。


エロ短編『女騎士がエロスライムに凌辱された件について』は、PV 23。


他の作品より少し高い。


「どうせエロしか読まれないなら、最強のエロ作ってやろうじゃない」


その言葉に、俺は言葉を失う。


……俺も、似たようなことを考えてた。


純文学が書きたい。


でも、読まれない。


エロしか読まれない。


絵があったらどんなにいいのに、と思ったことは何度あっただろうか。


でも、口には出さなかった。


白石が続ける。


「あんたの物語構成力は認めるわ」


「あたしの絵も、悪くないでしょ。応援コメントくらいには。二人で組んで、バズらせるわよ」


「……」


俺は黙る。


確かに、白石の絵は上手い。


Pixivで見た。


女性の心理描写も細かい。


でも――


「……お前と組むのは嫌だ」


「あたしも嫌よ」


「じゃあなんで――」


「でも、あんたと組まないと、あたしはオリジナルで伸びない」


白石が俺を見る。


「あんただって、このままじゃ誰にも読まれないまま終わるわよ」


「……」


図星だ。


「あたしは、1位になりたいの」


「認められたいの」


「評価されたいの」


「……でも、一人じゃ無理なの」


白石が手を差し出す。


「だから、協力しましょう」


「エロ漫画、一緒に作りましょう」


俺は迷う。


白石と組む?


学校では犬猿の仲の俺たちが?


でも――


(……これが、唯一の方法なのかもしれない)


俺は深呼吸する。


そして――


「……条件がある」


白石が手を引っ込める。


「何?」


「誰にも言うな。絶対に」


「当然でしょ。あたしだってバレたくないわ」


「……それから、嫌になったらいつでも辞める」


「……わかったわ」


白石が再び手を差し出す。


「じゃあ、契約成立ね」


俺は白石の手を握る。


握手。


白石の手は、思ったより小さい。


でも、強く握り返してくる。


「……で、サークル名どうする?」


白石が聞く。


「サークル名?」


「同人誌作るんだから、サークル名は必要でしょ」


「……そうだな」


俺は考える。


サークル名。


何がいい?


「……黒白(こくびゃく)」


「黒白?」


白石が首を傾げる。


「お前の白と、俺の黒」


「白黒じゃなくて?」


「黒白をつける、って意味もある」


「優等生競争に?」


「……腹が立つわね」


口ではそう言うが白石はまんざらではなさそうだ。


「別に逆でも俺は構わないが──」


「まあいいわ。決まりね。サークル『黒白』」


「……ああ」


白石が立ち上がる。


「明日、初打ち合わせ。放課後、またここで」


「……わかった」


「覚悟しておきなさい」


白石が俺を見る。


その目が、真剣だ。


「エロ漫画を描くんだから。資料も用意しておくわ」


「……資料?」


「TL、BL、エロ漫画……色々ね」


白石がそう言い残して、去っていった。


ドアが閉まる。


俺は一人、屋上に残される。


「ティーンズラブはともかくとして、ボーイズラブ、エロ漫画って……あいつ本当に優等生か?」


これまでの印象──俺に突っかかってくるけれどクラスでは評判のよい美少女優等生。このイメージと実際の彼女のギャップがすごい。


風が吹く。


夕日が、屋上を赤く染めていた。


……覚悟、か。


俺は何に覚悟すればいいんだ?


(まさか、エロ漫画を描くために……あの白石遥と)


白石と組む。


学校では犬猿の仲の俺たちが。


でも、これが唯一の方法なのかもしれない。


PVを上げるために。


認められるために。


(……サークル『黒白』、か)


俺はスマホを取り出す。


『小説家になろう』のマイページ。


PVカウンター:8。


……これが変わるのか?


白石と組めば。


(……わからない)


でも、やってみる価値はある。


俺は屋上を後にした。


明日から、白石遥との共同制作が始まる。


サークル『黒白』。


エロ漫画制作。


(……どうなるんだろうな)


不安と期待が、入り混じっていた。

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