第05話 秘密~Side 白~

放課後。


「じゃあ、気をつけて帰れよ」


担任が教室を出ていき、クラスメイトが帰り支度を始める。


「部活行く?」

「うん、行く」


友達同士で帰る声が聞こえる。


あたしも荷物をまとめる。


ふと、前を見ると、黒澤が、カバンを持って立ち上がる。


いつもの無表情。

いつもの冷たい雰囲気。


(……相変わらずね)


でも、ここ最近あいつは変だ。どこか上の空だ。


何かを考えているような――


黒澤が教室を出る。


(……今日も、また?)


あたしは、なんとなく気になった。いつもなら気にしないけど、今日は、何か違和感がある。


あたしは荷物を持って、黒澤の後を追う。廊下の向こうに黒澤の後ろ姿が見える。一人で歩いている。


(……どこ行くの?)


普通なら、そのまま帰るはずだが、黒澤は下駄箱に向かわない。


階段を――上がっていく。


(……上?)


上には何がある?屋上?


(……何しに行くの?)


あたしは、なんとなく後をつけた。足音を忍ばせて。


階段を上がる。


黒澤が、屋上へのドアを開ける。


ガチャリ。


(……やっぱり屋上)


あたしは、少し待つ。


10秒、20秒。


そして、そっとドアに近づき、ドアノブに手をかける。


ゆっくり、開ける。





強い風。が吹く。


髪が舞い上がる。


空が、広い。


雲が流れている。


遠くで部活動の声が聞こえる。


バスケ部の掛け声。


野球部のバットの音。


でも、ここは静かだ。


フェンスの近くに、黒澤がいた。何か真剣な顔でスマホを見ている。


夕日が、黒澤の横顔を照らしている。


(……何してるんだろう?)


あたしは足音を忍ばせて近づく。


黒澤の背後。


そっと、覗き込む。


画面が見える。


『小説家になろう』のマイページ。


ペンネーム:Schwarz。


(……Schwarz?どこかで……)


思わず声が出る。


「……Schwarz?」


あたしの声に、黒澤が固まる。


慌ててスマホを隠そうとする。


でも、遅い。あたしは、見た。


Schwarz。


……そうだ、思い出した。


Pixivで、いつもあたしの絵に感想をくれるアカウント。


同じ名前。


(……まさか、こいつが!?)


「もしかして……いつもあたしの絵に感想くれてた――」


あたしは思わず口を滑らせた。


その瞬間、黒澤の目が鋭くなる。


「……は?」


しまった。


「い、いや、何でもない!」


でも、黒澤があたしを見る。


その目が、何かに気づいたような――


「いつも感想をくれてたって……お前、もしかしてPixivやってるのか?」


「べ、別に!たまたまよ!」


「たまたま?」


「そ、そうよ!」


黒澤がじっとあたしを見る。


そして、何かに気づいたような顔をする。


「……感想くれてたって、お前のイラストに、か?」


「し、知らないわよ!」


「……もしかして」


黒澤が確信したような顔をする。


「お前……Alba、か?」


あたしの顔が、一瞬で真っ青になる。


「!」


やばい。


バレた。


「ち、違うわよ!」


「いや、お前だろ」


黒澤が確信したような顔をする。


「Alba。ラテン語で白。白石の白。安直だな」


黒澤がぼそっと言った。それを聞いてキーッとなる。


「なによ?Schwarzだってドイツ語で黒じゃない。黒澤の黒!」


あたしは恥ずかしさを隠すように言う。


「安直ね!」


「……」


黒澤が黙る。


「お前も大して変わらねーじゃねーか」


黒澤に言われて、あたしは言葉に詰まる。


悔しくなって、あたしは自分のスマホを取り出す。


Schwarzで検索をかける。


一件ヒットした。


「なろう作家なんだ、あんた」


画面をスクロールする。


『異世界転生~勇者の帰還~』:PV 7


「……PV 7?」


思わず笑ってしまう。


「成績トップの黒澤蓮が、なろう作家?しかもPV一桁?」


黒澤が何も言わない。


あたしはさらにスクロールする。


『魔法学園の日常』:PV 5

『転生した俺が最弱スライムになった件』:PV 3

『女騎士がエロスライムに凌辱された件について』:PV 23


「……『女騎士がエロスライムに凌辱された件について』?」


あたしは黒澤を見る。


「これ、あんたが書いたの?」


「……」


「しかもPV 23が一番高いんだ」


あたしは笑う。


「エロしか読まれないのね──」


黒澤の顔が、屈辱に歪む。


「……お前に言われたくない」


「は?」


あたしは黒澤を睨む。


でも、黒澤が冷静に言う。


「Alba、Pixivで見たぞ」


今度はあたしが固まる番だった。


「!」


「お前もエロ絵師じゃないか」


「他の絵はPV数はあれだが、二次創作エロ絵、いいね数千だったな」


あたしは言葉を失う。


「いい絵だったと思うぞ?心から」


言葉を重ねてくる。言葉では褒められているが、明らかに煽ってきている。


「う、うるさいわね!」


「褒めてんじゃねーか」

黒澤が冷静に言う。


「その文脈、全然褒めてないわよ」


その冷静さが、余計にムカつく。


「──あんたなんで、あたしをフォローしてるのよ」


「……は?」


黒澤が一瞬、動揺する。


「Pixivで、あたしのアカウントフォローしてるでしょ。アカウント名見たわよ。Schwarz」


黒澤の顔が、微妙に赤くなる。


「……そりゃ、お前」


「お前、何?」


あたしは詰め寄る。


黒澤が言葉に詰まる。


「……お前の絵が好きだからだよ」


黒澤が目を逸らす。あたしは顔が真っ赤になる。


え!?


あいつが、あたしの絵を?


いつも見下してきたあいつが?


口をパクパクさせるが言葉が出ない。


風が吹く。


遠くで部活動の声が聞こえる。


でも、ここは静かだ。


「……」


「……」


あたしが先に口を開く。


「……誰にも言わないわよね」


「……ああ」


「……約束よ」


「……わかってる」


あたしも黒澤も、秘密を抱えている。


お互いに。


(……こいつも、あたしと同じなのかな)


黒澤も、PV一桁。


黒澤も、エロしか読まれない。


黒澤も、作品を読まれたいと思っていたのだ。


でも、口には出さない。


あたしは踵を返す。


ドアへ向かう。


ドアを開ける。


「……じゃあね」


あたしはそう言い残して、去った。

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