第04話 秘密~Side 黒~

テスト返却から数日。


放課後。


「じゃあ、気をつけて帰れよ」


担任が教室を出ていく。


生徒たちが帰り支度を始める。


部活に行く者、友達と帰る者。


俺は一人で帰る。いつも通りだ。


教室を出る。


(……今日は屋上に寄らず、家で書くか)


家に帰る。


「ただいま」


「お帰り。お疲れ様。成績表来たんでしょ?見せて頂戴」


俺は無言で母さんに成績表を差し出す。


「……また1位じゃない。すごいわね」


「……別に」


「もっと喜んだら?」


喜ぶ?何を?


テストで1位を取ることなんて、簡単だ。答えがあるのだから。


勉強すればいい。覚えればいい。解ければいい。


でも――小説のPVを上げることは、そうはいかない。


「……部屋に行く」


「夕食できたら呼ぶわね」


浮かない顔で自室に戻る俺を母さんは心配そうに見送るのだった。


自分の部屋。


ドアを閉める。


机に座る。


窓の外を見る。


夕日が、部屋を赤く染めている。


(……今日も、一日が終わる)


学校では優等生。


テストで1位。


でも、創作では――


誰にも認められない。


(……こんなもの、どうでもいい)


成績表を机の引き出しにしまう。


パソコンを起動する。


『小説家になろう』のマイページ。


PVカウンター:7。


「……変わらない」


Twitterを開く。


なろう作家のタイムライン。


「新作、1万PV突破!」

「ランキング入りました!」

「書籍化決定!」


みんな、成功している。


でも、俺は――PV一桁。


「……くそ」


俺は何が足りないんだ?


文章力?構成力?キャラクター?


わからない。でも、読まれない。


Twitterを閉じる。


ため息をつく。


(……何か、楽しいことないかな)


俺はPixivを開く。


フォロー中のアカウント。


その中に、一つ気になるアカウントがある。


Alba。


いつもチェックしている絵師だ。


オリジナルキャラクターの絵を描いている。


色使いが綺麗で、女性の表情が繊細で。


見ていると、心が落ち着く。


(……新作、上がってないかな)


Albaのページを開く。


最新投稿:2日前。


オリジナルキャラクター「ユリア」の新作。


いいね数:15。


「……やっぱり伸びてないな」


Albaも、俺と同じだ。


オリジナルは全然評価されない。


エロ絵だけが、いいね数千。


でも、俺はAlbaのオリジナルが好きだ。


キャラクターに命が宿っている気がする。


感情が伝わってくる。


絵を見る。


女性キャラクター「ユリア」が、窓辺で本を読んでいる。


柔らかい光。


穏やかな表情。


「……いい絵だな」


俺はいいねを押す。


そして、コメントを書く。


「ユリアの表情がとても繊細で素敵です。光の使い方も綺麗ですね。いつも楽しみにしています」


送信。


(……これで、少しでも励みになればいいけど)


Albaも、きっと俺と同じように悩んでいるんだろう。


オリジナルが評価されない。


エロしか読まれない。


でも、描き続けている。


(……頑張ってるんだな)


俺も、負けられない。


Albaが描き続けているなら、俺も書き続ける。


お互い、認められたいと思っている。


お互い、評価されたいと思っている。


(……いつか、認められるといいな)


Albaも、俺も。


Pixivを閉じる。


(……なんで、こうなった)


俺がなろうを始めたのは、高1の春。


中学まで、勉強だけしてきた。テストで1位を取ることが、当たり前だった。


でも、それだけじゃつまらないと思った。


何か、自分にしかできないことがしたかった。


だから、小説を書き始めた。


「勉強ができるんだから、きっと小説も書けるはず」


そう高を括っていた。


でも――現実は違った。


最初の作品『孤独な少年の物語』。3万字書いた。自信満々に書き上げた。


でも、PVは2。たったの2。


自分がアクセスした分だけ。


誰も、読んでくれなかった。


何かの間違いだと思って次の作品を書いた。そしてその次も。


全部、一桁。


「……俺には才能がないのか?」


でも、諦めきれなかった。


試しにエロ短編を書いてみた。


『女騎士がエロスライムに凌辱された件について』。


適当に書いた。2時間で書いた。


でも――PV 23。今までで一番高い。


(……エロしか読まれないのか)


惨めだった。


勉強では1位を取れる。


でも、創作では――誰にも認められない。むしろ、エロしか評価されない。


「……俺は、何やってるんだろう」


でも、やめられなかった。


認められたかった。創作で、評価されたかった。


だから、書き続けている。今も。


時計を見る。午後8時。


「……書くか」


新作のプロット。


『異世界で最弱スキルを手に入れた俺が、実は最強だった件』


ありふれたタイトル。ありふれた設定。


でも、これなら読まれるかもしれない。


キーボードを叩く。文字が増えていく。


午後11時。まだ書いている。


深夜0時。まだ書いている。


「蓮、もう寝なさい」


母の声。


「……わかった」


でも、まだ書く。


深夜1時。ようやく、一区切り。


5000字書いた。


「……これで、読まれるかな」


わからない。でも、書き続けるしかない。


パソコンを閉じる。


ベッドに倒れ込む。天井を見る。


(……誰か、読んでくれないかな)


そう思いながら、眠りについた。


翌日。


また放課後。


授業が終わり、ホームルームも終わった。


「じゃあ、気をつけて帰れよ」


担任が教室を出ていく。


クラスメイトが帰り支度を始める。


「部活行く?」

「うん、行く」


友達同士で帰る声が聞こえる。


俺は一人、カバンを持つ。


(……今日も、屋上に行くか)


昨日は家で書いたから、今日は屋上でPVをチェックしたい。


誰にも見られずに。


教室を出る。


廊下を歩く。


生徒たちが楽しそうに話している。


でも、俺には関係ない。


俺には、創作がある。


それだけでいい。


(……本当は、認められたいけど)


階段を上がる。


誰にも会わないように、足音を忍ばせる。


屋上へのドア。


開ける。


誰もいない――と思った。


でも。


俺がスマホを取り出した瞬間――


ガチャリ。


ドアが開く音。


(……誰だ?)


慌ててスマホを隠そうとする。


でも――


「あんた、こんなところで何してるの」


間に合わない。


振り返ると、白石遥が立っている。


(……最悪だ)


「……別に」


俺は冷静を装う。


でも、白石が近づいてくる。


「毎日屋上に来てるわよね」


「……」


「何してるの?」


「……別に何も」


「スマホ、何見てたの?」


「……何でもない」


「見せなさいよ」


「……やめろ」


でも、白石が俺のスマホを覗き込もうとする。


俺は慌てて隠すが――


間に合わない。


白石の目が、スマホの画面に釘付けになる。


「……Schwarz?」


(……しまった)

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