第03話 優等生~Side 白~

中間試験の結果が返ってきた。


教室。


黒澤蓮。


あたしの敵。


いつも1位。

いつも、あたしの上。


悔しい。


本当に、悔しい。


あの無表情で、無感情で、何も努力してないように見える顔。

あれが本当に腹立つ。


あたしはこんなに頑張ってるのに。


「はい、では中間試験の結果を返します」


担任教師が、成績表を配り始める。


生徒たちが、それぞれ封筒を受け取る。


「白石」


あたしの番。


封筒を受け取る。


席に戻り、開封する。


――中間試験成績表――

総合得点:478点

学年順位:2位


(……また、2位)


前の席で、周囲の声が聞こえる。


「黒澤」


「……」


黒澤蓮が立ち上がり、教壇へ向かう。やる気のない足取りで。


整った顔立ち。無造作な黒髪。

クラスの女子が密かに注目する、中性的な美形。


でも、本人はまるで興味なさそう。


(……やる気ないくせに、いつも1位)


そのギャップが、余計にムカつく。


封筒を受け取って、席に戻る。


開封する。


(……また、あいつが1位なんでしょ)


あたしは拳を握る。


自分の成績表を見る。


――総合得点:478点――

――学年順位:2位――


案の定二位だ。


あたしは苛立ちに任せて立ち上がる。


「あたし、また2位だったんだけど」


ズカズカとにっくき黒澤の席へ向かう。


「あんた、どうせまた1位なんでしょ?」


黒澤が振り返る。


無表情。


いつも通り。


その余裕そうな顔が──


(ああムカつく)


あたしは黒澤の成績表をひったくる。


「おい……」


黒澤が抗議する。


でも、無視。


成績表を見る。


――総合得点:486点――

――学年順位:1位――


「……やっぱり!」


悔しさが込み上げる。


「8点差……たった8点で……」


あたしは自分の成績表を黒澤に突きつける。


「見て!あたしだって頑張ったのに!」


「で?」


黒澤が冷たく言う。


「俺に何の関係が?成績表返せ」


その態度が、余計にムカつく。


感情がない機械みたい。


あたしがこんなに悔しがってるのに。

こんなに頑張ってるのに。


なのに、興味もなさそうに。


「関係あるでしょ!」

「まだよ!」


あたしは黒澤の成績表を掲げる。


「数学100点、国語98点、英語97点……全部高得点じゃない!」


「……だから?」


「全部、微妙にあたしより良いのよ!一つも勝ててないの!」


悔しい。


本当に悔しい。


「あたしだって数学98点取ったのよ!それなのに……」


「2点差だな」


黒澤が無表情で言う。


「うっ……」


黒澤の言葉に、ぐうの音も出ない。


(……この、感情のない機械)


周囲がざわめき始める。


「今日も白石、黒澤に絡んでるな」

「あの二人、毎回これだよな」


クラスメイトの声が聞こえる。


(……わかってるわよ)


あたしは成績表を黒澤に返す。


いや、返されたというべきか。


黒澤があたしの手から成績表を奪い返す。


「――次のテストで絶対勝つんだから!」


「……そうか」


淡々と言う黒澤。


「なによその態度!」


「別に。頑張れば」


「きーっ!!!」


「む!か!つ!く!」


本当に、ムカつく。心から。


あの余裕そうな態度。


いつも冷静で、いつも1位で。

いつも無表情で、何考えてるかわからない。


あたしのことなんて、眼中にもない。


それが――一番、ムカつく。


「あの夫婦、またやってるよ」


誰かが言った。


その瞬間――


「夫婦じゃない!」


あたしは叫ぶ。


「夫婦じゃない!」


黒澤も低い声で言う。


「……」

「……」


気まずい沈黙。


顔を見合わせる。


あたしの顔が、熱くなる。


……一緒にしないで。


こんな奴と。


感情のない機械みたいな、こんな奴と。


「ほら、息ぴったりじゃん」

「やっぱ夫婦だろ」

「もう付き合っちゃえよ」


クラスが笑う。


「ち、違うから!」


あたしは真っ赤になって否定する。


「……」


黒澤が黙る。


(……なによ、その冷静な顔)


あたしはこんなに必死なのに。


「あんたは黙ってて!」


あたしは黒澤を睨む。


「……黙ってるが」


「だいたいあんたは、いつもそうやって冷静ぶって!」


「冷静ぶってるんじゃない。お前に興味がないだけだ」


「……!」


あたしの顔が、さらに熱くなる。


興味がない。


その言葉が、余計にムカつく。


「それが腹立つのよ!」


「知らん」


「ああもう!次は絶対負けないから!」


あたしは席に戻る。


クラスメイトがまた笑う。


「白石、完全に黒澤のこと好きだろ」

「ツンデレってやつ?」

「黒澤の方は全然気にしてなさそうだけど」


(……違うわよ)


好きなわけない。


大嫌いよ。


あんな感情のない機械みたいな奴。


あたしは席に座る。


ため息をつく。


(……なんであんたは、いつもそうなの)


黒澤蓮。


学年1位。成績優秀、容姿も悪くない。


クラスでは無口で、あまり目立たない。


でも、成績だけは完璧。


あたしはいつも、2位。


いつも、あいつの下。


いつも、あいつに負けてる。


(……いつか、絶対勝つんだから)


放課後。


あたしは家に帰る。


自分の部屋。


ドアを閉める。


ベッドに座る。


スマホを取り出す。


『Pixiv』のマイページ。


アカウント名:Alba。


最新投稿:オリジナルキャラクター「ユリア」。


いいね数:12。


「……また一桁」


ため息。


一週間前に投稿したオリジナル絵。


3日かけて描いた自信作。


でも、いいねは12。


(……誰も、見てくれない)


既存作品も確認する。


『オリジナルキャラ「リナ」』:いいね8

『オリジナル作品集』:いいね15

『二次創作エロ絵・○○ちゃん』:いいね986


基本一桁か二桁。


二次創作のエロ絵だけが、三桁。


「……なんで」


本当に描きたいのは、オリジナル。


自分のキャラクター。


自分の世界観。


自分の物語。


でも――


伸びるのは、エロ絵だけ。


二次創作のエロ絵だけ。


(……あたしが本当に描きたいのは、これじゃない)


でも、いいねが欲しい。


評価が欲しい。


認められたい。


(……認められたい)


学校では、いつも2位。


黒澤蓮には、勝てない。


せめて、創作では……


でも、Pixivでも、オリジナルは伸びない。


エロ絵だけが評価される。


「……くそ」


あたしは、何のために描いてるんだろう。


評価のため?


それとも、本当に描きたいから?


わからない。


わからなくなってきた。


――あたしには姉がいる。


完璧な姉。


美人で、優しくて、運動神経も良くて。


小学校のとき、テストで95点を取って見せたら――


「お姉ちゃんは100点だったのに」


そう言われた。


中学で学年5位になったときも――


「お姉ちゃんは1位だったわよ」


あたしは、いつも比較された。


だから、あたしは勉強で勝とうと思った。


成績で認められようと思った。


絶対に1位を取ってやると。


でも――


黒澤蓮が、いた。


いつも1位。


あたしは、いつも2位。


(……あたし、何やっても2位なのかな)


姉には勝てない。


黒澤にも勝てない。


Pixivでも、オリジナルは評価されない。


(……あたし、何やってるんだろう)


無慈悲な数字を映したスマホの画面を見つめる。


でも、諦めない。


諦めたくない。


「……いつか、認められる」


そう信じて、あたしはペンを取る。


液タブを起動する。


新しいキャンバス。


今日も、描く。


オリジナルキャラクター。


誰も見てくれなくても。


誰も評価してくれなくても。


あたしは、描く。


(……いつか、認められる)


そう信じて。


そして、あの大嫌いなライバルに次は絶対に勝つ。


黒澤蓮。


感情のない機械みたいな、あの男に。


絶対に、勝ってやる。

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