第2話 最初の魔法 ―灯(ルミナ)―
リリィがネクスの声に従い、ゆっくりと目を閉じる。
胸の奥が、まるで微かな風に揺れる草のように、じんわりと暖かい。
これが、“マナ”……。
『いいぞ、感じられてる。じゃあ次は、それを指先まで流すんだ』
「指先……? どうやって?」
『心の中で光を描く。できるだけ小さく、手のひらに収まるくらいの光だ』
リリィは手をそっと前に出す。
指先が震える。
目を閉じたまま、深呼吸。
息を吸って、吐く。
鼓動のリズムに合わせて、胸の暖かさを手のひらへ導く――
――うまくいかない。
「……ダメ……全然……」
『落ち着け。初めてで当然だ。俺も前世でゲーム三昧だったけど、魔法はすぐには覚えられなかった。』
「そ、そう……」
『小さくてもいいんだ。ほら、光の粒をひとつ描くだけ。ルミナ、って唱えるんだ』
リリィは口に出してみる。
「ル……ミ……ナ……」
言葉が指先に届く前に、体の奥で暖かさがビリビリと震えた。
『あっ、今だ! 心の光を、指先に集中――』
ぽわん、と手のひらに淡い光が現れた。
透明で小さく、ふわふわと浮かぶ。
リリィの目が、見開かれる。
「……できた……? 本当に……!」
『そうだ! それが“魔法”だ、リリィ! 最初の一歩、成功だ』
小さな光は、雨上がりのスラムの暗闇にほのかに輝く。
まるで、星がひとつ生まれたかのようだった。
リリィは目を潤ませ、手のひらの光を見つめた。
「……わたし、やったんだ……」
『ああ、君の力だ。俺の指示じゃない。君自身が光を作ったんだ』
光の粒はふわふわと指先から上へ、ゆっくりと浮かび、天井の破れた屋根から射す月光と重なった。
リリィはその美しさに息をのむ。
夜の静寂が、二人だけの時間を包む。
リリィはそっと、ネクスに話しかける。
「先生……わたし、もっと上手くなりたい」
『その意気だ。次は光を動かしてみようか。風に揺れる葉のように、自由に』
小さく笑ったネクスの声が頭の中で響く。
ページの間から見守る自分――紙切れになった自分――に、初めて誇りが生まれた瞬間だった。
翌日。リリィは同じ場所で再び練習を始める。
昨日の小さな光を再現する。
しかし、次第に光は勝手に揺れ、形が崩れる。
思わず手を振る。
『落ち着け、力任せはダメだ。魔法は心の延長だから、手の動きじゃなく、心のリズムを整えるんだ』
「心のリズム……」
リリィは呼吸を整え、光を思い描く。
そして、小さな光が指先でくるくると回転し、少しずつ大きくなっていった。
ぽとり、と指先から光が落ち、床に当たっても消えない。
むしろ、柔らかく光る球体になり、床を照らす。
リリィは両手を広げ、歓喜の声を上げる。
「できた……! 光が……自由に……!」
『よくやったな、リリィ! その感覚を忘れるな』
光が揺れるたびに、少女の心も揺れる。
けれど、その光は確かに“自分の力”だった。
誰のものでもない、リリィだけの魔法。
その夜。リリィは小屋の屋根の上に座り、手のひらの光を見つめながら、ゆっくりとつぶやいた。
「……先生、わたし、もっと強くなりたい」
ネクスは微かに光るページの間で答える。
『ああ。君がページをめくるたび、世界は少しずつ変わっていく』
星空の下、リリィの小さな魔法は静かに、そして確かに闇を切り裂いた――。
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