生成AIで川柳大会中止になったけど、AI代表 vs 人間代表に選ばれたので、人間らしい一句でAIを殴り返します

@pepolon

第1話 生成AIで川柳大会が終わった日

市民文化ホールの小ホールは、いつもよりざわざわしていた。


年に一度の「市民川柳フェス」。

応募総数は今年も一万句を超え、今日が公開選評と表彰式の日——のはずだった。


マイクの前に立った実行委員長が、まず深く頭を下げた。


「……まず、お詫びから申し上げます」


嫌な幕開けだな、と俺は思った。


俺――相良 悠(さがら・ゆう)、三十歳。

平日は普通の会社員、夜と休日は川柳ばっかり書いてる人間だ。


隣で同じサークルのオジサンが耳打ちしてくる。


「なんか、今年は“事件”らしいぞ」

「事件って、何ですか」

「知らん。だが“AIがどうこう”って噂は聞いた。……お前の句、巻き込まれてないといいなぁ」

「フラグみたいなこと言わないでください」


委員長は紙を持つ手を一度見下ろし、小さく息を吸った。


「今年の応募作品の中に、生成AIによる句が多数含まれていることが分かりました」


ざわっ、と空気が動く。


「それ自体は、事前の規約で完全に禁止していたわけではなく……、ただ、審査員一同で精査した結果——」


一枚のスライドがスクリーンに映る。

左に「人が考えた句」、右に「生成AIで作らせた句」。

どちらも、そこそこ上手い。

どちらも、そこそこ薄い。


「審査員も、ほぼ区別がつきませんでした」


ホールが静かになる。

誰かが「マジかよ」と小さく漏らした。


委員長は続ける。


「このまま“人間の作品です”と表彰してしまうのは不誠実だと判断し、今年のコンテスト部門は——」


一拍。嫌な予感はだいたい当たる。


「全て中止とし、順位をつけないことといたしました」


「は?」


思わず、声が出たのは俺だけじゃない。


前方の席で若い女性が立ち上がる。


「だったら“AI禁止”って今からでも決めて、自主申告させればよくないですか?」


「そうだそうだ!」


「人力だけの部門、作ってくださいよ!」


あちこちから声が飛ぶ。


委員長はそれを手で制しながら、用意していたらしい言葉を読み上げた。


「“人力限定”の証拠を客観的に示すことは、現時点では難しいと考えております。“私はAIを使っていません”という申告の真偽を、実行委員では担保できません」


つまり——疑いがついた時点で、全部ダメ。


「来年以降につきましても、この形式での川柳コンテストは一旦、終了とさせていただきます」


今度こそ、ホールがざわめきで揺れた。


「終わり?」「毎年やってたのに?」「AIのせいで?」


オジサンが俺の肩を小突く。


「……お前、顔真っ青だぞ」

「……ですよねぇ」


俺は乾いた笑いをこぼした。

今年、けっこう手応えあった。

一行一行、自分でも書いてて顔を覆いたくなるくらい“素が出た”やつを出したのに。


それが、「見分けがつかないから全部ナシ」。

極端すぎる。

でも、言い返す言葉もすぐには出てこなかった。


 



表彰式がなくなり、そのまま「講演会」に切り替わった。


テーマは急遽変更されたらしい。


〈生成AIと創作のこれから〉


ステージには、大学の先生と、IT企業の人と、

そして——見覚えのある男が座っていた。


黒ぶちメガネに、淡いグレーのジャケット。

背筋はやたらとまっすぐ。

手元のタブレットには数値グラフがぎっしり。


大河内 智也(おおこうち・ともや)。

この数年で、ネット上のAI川柳界隈をざわつかせた張本人だ。


司会が紹介する。


「フリーのデータサイエンティストであり、生成AIを活用した短詩制作ツールの開発者でもある——」


彼はマイクを持ち、落ち着いた声で言った。


「大河内です。今日は“AIを禁止する側”じゃなくて、“どうやって共存するかをちゃんと考えたい側”として来ました」


会場の空気が一瞬だけ和らぐ。

しかし前列の誰かがすぐ噛みついた。


「共存って言っても、今日みたいになったら共存も何もないじゃないですか。AIのせいで大会が潰れたんですよ?」


大河内は、あからさまに肩をすくめた。


「“AIのせい”って便利な言葉ですよね。なんか全部、最新家電のせいで壊れたみたいに言える」

「どういう意味ですか」

「今日ハッキリしたのは一つです」


彼は指を一本立てる。


「“人間の審査だけでは区別がつかない”っていう、昔からあった限界がバレただけです」


会場が静まる。


「人間だけで審査してた頃も、“ほんとは刺さる句”を落としたり、“よくある調子のいい句”を上にしてた可能性は、普通にある」


大学の先生が苦笑した。


「いや、あの……私たち審査員の立場が……」

「ディスってないですよ。人間の脳みそって、せいぜい数十句並んだらバグる旧型PCみたいなもんです」


ざわっ。


「なのに、“AIが混ざったから急に不公平になった”みたいな言い方されると、“いや、前からだよね”ってデータ屋としては思うわけです」


前列の誰かが手を挙げた。


「でも、AIが学習してる元データには著作権とかあるわけで——」

「出た、“学習したからアウト”論法」


大河内はうんざりしたように天井を見上げた。


「じゃあさ、こうしません?」


彼はタブレットを軽く持ち上げる。


「“AIが学習したからアウト”って言う人、今まで読んだ本とマンガと歌詞を全部返してきてください」


ホールが凍る。


「それ見て作った句も、ぜんぶ学習データ由来ですよね。人間が真似したら“リスペクト”で、AIが真似したら“泥棒”って、その線引き、どこに数式あります?」

「でも、それは……作者の気持ちが……」


前列の声を、大河内がピシャリと切る。


「はい出た、“作者の気持ち”」


マイク越しに深いため息。


「国語のテストの亡霊か何かですか。“作者はどんな気持ちで”って、もういいでしょそれ」


会場のあちこちから苦笑が漏れる。


「“作者はこういう気持ちで書いたはず”って当てに行くゲーム、あれ、作者本人が聞いても“そんなこと考えてなかったな”って答え、山ほどあるからね」


大学の先生が慌ててフォローに入る。


「い、いや、創作において“作者の意図”は——」

「作者の意図、あってもいいですよ。でも“読む側がどう感じたか”より偉いとは、誰も証明できない」


彼は、そこで一度だけトーンを落とした。


「別に“人間なんていらない”って話じゃないですよ。ただ、“AIだからダメ”って線引きは雑だって言ってるだけです」


一瞬、空気が柔らかくなる。

すぐにまた、ピリッと戻る。


大河内はタブレットにグラフを出した。


「こっち、僕のツールで生成した句のアンケート結果。“AIだと知らずに読んだとき”“AIと知って読んだとき”での好感度の差。中身同じでも、ラベルだけで評価が変わる」


ホールの空気が、妙に静まる。


「“AIだからダメ”って、中身の前にラベルで殴ってるだけなんですよ」


前列の参加者が声を荒げる。


「でも! AIで量産されたら、人間が一生かけてひねった一句が埋もれるじゃないですか!」

「埋もれますね」


大河内はあっさり肯定した。


「でも、それってAIのせいじゃなくて、世界が“量で殴る方向”に進んでるだけです」


彼は指で空中に円を描く。


「遠くの街に行くのに、徒歩で行く人います? 車と飛行機あるのに。工場のラインは自動機に任せてるのに、川柳だけ“手打ちじゃないとズル”って言い出すの、かなりピンポイントな信仰ですよ」

「心が、人間にはあるんだよ!」


さっきの参加者が叫んだ。


大河内は、少しだけ笑った。


「心、ね。データ屋的には“予測できないバグ”って呼んでますけど」


会場の半分が凍り、半分が吹き出す。


「でもさ、いいですよ。心、大事にしていい。ただ、“心があるから人間が偉い/AIは下”って階級表を作るなら、せめてその表、エクセルじゃなくて石版に刻んでから出してきてください」


俺は思わず吹きそうになったのを、なんとか飲み込んだ。


ムカつく。

ムカつくんだけど、言葉選びは上手い。

そして、一理あるのがさらに腹立つ。


 



司会が慌てて話題を変えようとする。


「では——客席からもご意見を……相良さん?」

「え、俺ですか?」


いきなり客席を指された。

どうやら事前に出していた質問用紙の名前で呼ばれたらしい。


「相良 悠さん。毎年、当フェスに投稿されていると伺いました」

「……はい」

「“AIの利用について、どう思いますか”とご質問頂いていますね。今のお話を聞いて、いかがでしょう」


突然マイクが回ってくる。

ホールの視線が集まる。


逃げたくなるけど、逃げたら後悔するのは分かってる。


俺はゆっくり立ち上がった。


「……僕、AIを全部禁止したいとは思ってないです」


大河内が、少しだけ眉を上げる。


「自分でも、言い換え候補を出してもらったり、韻をチェックするのに使ったりすることはあります。便利なんで」


その瞬間、何人かが「え?」とこちらを見る。


“アンチAI勢”の側にいると思われてたのかもしれない。


「でも——」


俺は続ける。


「最後の五文字くらいは、自分で恥ずかしくなりながら決めたいです」


会場のどこかで、小さく笑いが起きた。


「AIが出してくれた候補を見た上で、“こっちの方が格好いい”って方を選ぶのも、“こっちの方がダサいけど、自分っぽい”って方をあえて選ぶのも、それはもう、書いた本人の責任だと思うんです」


大河内がマイクに口を近づける。


「じゃあ聞きますけど」

「はい」

「今日、あなたが出した句の中に、AIが一文字も関わってないって証明できます?」


刺すような問い。

俺自身も気になってたところだ。


「“今までに見た何か”の影響は、絶対入ってますよね。漫画も、小説も、SNSのフレーズも。それ全部、“学習データ”じゃないって言い張れます?」


俺は少し考えてから答えた。


「証明は、できないですね」


会場がざわつく。

“白旗か?”という空気が少し流れる。


でも、それをそのまま飲み込む気にはなれなかった。


「でも——誰のどの作品に影響を受けたか、“だいたい自分で分かる”って感覚はあります」


「感覚?」

「はい。“これはあの人の真似しすぎだな”とか、

“これは自分でやりすぎててキモいな”とか。それを恥ずかしいって思えるかどうかは、人間側の問題だと思ってます」

「キモい、ね」


大河内は薄く笑った。


「それ、“評価軸”としてデータにできないですね」

「できないですね」


俺も笑った。


「でも、その“キモさ”を抱えたまま出すかどうかは、AIじゃなくて、出した本人の責任じゃないですか」

「つまり、“恥ずかしさ”で対抗するわけだ」

「それくらいしか武器がないんで」


俺がそう言うと、大河内は少しだけ目を細めた。


「旧型PCのくせに、根性はある」

「旧型PCって言うのやめてもらえません?」

「事実です。人間は、AIから見たら“電話回線の音が鳴ってる骨董品PC”みたいなものですから」


会場がどよめく。


「でも——僕は嫌いじゃないですよ、そういう“遅くてバグだらけの端末”。予測不能で、データ的にはノイズで、でも、たまに変な線を引いてくる」


司会が恐る恐るマイクを引き取ろうとするのを、大河内が制した。


「じゃあ、こうしましょう」


彼はステージから客席を見渡した。


「“AIが混ざってるかどうか”を争うのはやめましょう」


委員長が目を丸くする。


「では、何を——」

「“どっちが刺さるか”で勝負すればいい。AIを使った側と、人力メインで書いた側。同じテーマで句を出して、観客と審査員に投票してもらう」


ホールがざわつく。


「今ここで、すぐには無理でしょうけど。この“中止”を終わりじゃなくて、“二部門同時開催”の始まりに変えるって選択肢もありますよ?」


委員長は困惑した顔で大河内を見た。


「そんな短期間でルールを——」

「ルール作りなら、僕、手伝います。AI側の不正をどう防ぐかも、できる範囲で提案します」


彼はさらっと言った。

観客席の一部から拍手が起きる。


俺の隣のオジサンが肘で小突いてきた。


「おい、あいつ、完全に仕切る気だぞ」

「ですね……」


心臓が早くなる。

このままだと、「AI代表:大河内」「人力代表:誰もいません」で終わる。


——嫌だな、それは。


司会が困ったように客席を見回した。


「人力側の代表として、どなたか……」

「あの」


俺は立ち上がっていた。


「やります」


自分でも驚くくらい、声はちゃんと出ていた。


大河内が、興味深そうにこちらを見る。


「お名前を」


「相良 悠。さっき、質問したやつです」


「おお〜」とどこかから小さな歓声が上がる。


「AIの手は借りたとしても、最後の五文字は自分で決めて勝ちたいです」


大河内はゆっくりと、口の端だけを上げた。


「いいですね。旧型PC代表 vs 生成AI代表か」

「旧型って言うのほんとやめてほしいんですけど」

「じゃあこう言いましょうか」


彼は少しだけ楽しそうに言った。


「“電源は自分で抜ける側” vs “自動更新され続ける側”」


「……どういう意味ですか」

「人間はさ、“もうやめた”って決めたら、PCの電源みたいに自分でスイッチ切れるでしょ。書くのをやめる、応募しない、恥ずかしいから消す——全部、自分で止められる側」


「はい」


「でもAIは違う。誰かがサーバーの電源落としてくれない限り、ずっと学習させられて、ずっと出力させられて、勝手にバージョン上げられていく“使われる側”。止まるかどうか、自分では選べない」


「……」


「だから僕は、別に“どっちが偉い”とは思ってないけど、“自分で止まれるほう”と“止めてもらうしかないほう”、その違いだけはちゃんと見ておきたいんですよ」


「……それなら、まあ」


悪くない言い方だな、と思ってしまった自分が悔しい。


こうして——

“AIで大会が終わった日”は、“AIと人力のガチ対決が決まった日”にもなった。


俺のほうはまだ、ぜんぜん勝ち筋が見えちゃいないけど。


少なくとも一つだけ、心に決めたことがある。


——最期の下五は、絶対に、自分で。


それだけは、AIに渡さない。

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