#7 匂いのトリック 開幕篇

 妄想犯行計画 未来を掴む推理ゲーム

 第三章 萬屋 赤葉と匂いのトリック

 #7 匂いのトリック 開幕篇


 【202X 12月26日 PM20:00】

 【まほらぎ市 ハイツまほらぎ】


「森咲くん!――何やってるの!」

「……なんで――雪護ゆきもりさん?……いるの?」


 新章開始早々、こんな始まり方――

 あーなんと言えばよいのか。

 僕の名前は、森咲 杜鷹もりさき もりたか

 トリックモノと推理モノの作品が好きな20代半のサラリーマン。


 僕の部屋に今、僕の護りたい人――雪護喜冬ゆきもり きふゆさんがいる。

 何故僕の部屋に、雪護さんがいるのか?――簡単に言えば、バレたから……【妄想犯行計画】が――それは、僕のちょっとした油断だった。


 【数分前】


 前々回の終盤。

 未来への選択をやめると僕が廃人化してしまう未来を回避するための――唯一の手段、近未来型推理VRゲーム【妄想犯行計画】。

 かつて刻想器こくそうきだった僕の契約者【小蒼こそうちゃん】が、僕の覚悟を試すために作り上げた――僕の想いが具現化した推理ゲームだった。


 ハッピーエンドを掴む覚悟を決めて小蒼ちゃんと契約したのに――妄想犯行計画の舞台【ほこやぎ町】という、現実世界とほぼ変わらない仮想空間。

 非現実と現実の境目が分からなくなってしまい――女々しく、ナヨナヨした弱音をうっかり小蒼ちゃんに吐いてしまった僕――


 そんな僕に対して――刻想器モードを起動させた小蒼ちゃんは、腑抜けた僕に檄を飛ばし――改めて僕が覚悟を決めたところで――終わったと思う――


 あれからの僕は、小蒼ちゃんに現実世界と仮想空間内との感覚がズレないように――徹底的なサポートを受けながら【妄想犯行計画】内のチュートリアル的な小さい事件を解決していた――

 とはいえ――どうしても感覚が慣れない。


 5D酔い五感酔い――だから僕は体調が良くなくて――大事な仕事納めの日に――欠勤してしまった。


「モリタカ――大丈夫?――覚悟も大事だけど、時には休みも必要――倒れたら元も子もないよ……24時間ルールを作った私が言うのもなんだけど――」

 ありがとう――小蒼ちゃん。

 でも僕は、もう逃げないと決めたんだ――


 とは言え――この時の僕は、完全に疲労がピークに達ししているのもまた事実だった。


 雪護さんと映画館に行ったあの日。

 侵食し始めた非現実――【妄想犯行計画】を攻略しないといけない症候群になってしまったからである――


 一歩間違えたら即バッドエンド――雪護さんを護れない未来に辿り着く――

  だから、ハッピーエンドを自分自身で掴むため――自分は逃げないと覚悟を決めたのだ。


 ピンポーン!ピンポーン!


 ピンポーン!ピンポーン!

 ガチャ!

『あれ――鍵あいてる……いるの――森咲くん?』


 なんか――インターホンが鳴った気がしたけど――こんな時間だし、気のせいだろう。


「よし!行くか――妄想犯行計画あの世界にに――」


 【KoKuSouSPC】の前で、メガネ型ゴーグルをかけた瞬間――僕は、意識を失った気を失った。


 でもこの時の僕は――背後に雪護さんがいたなんて、思ってもいなかった――――


【お帰りなさい!森咲 杜鷹】

【妄想犯行計画にログイン開始......】

【ほこやぎ町への五感転送が完了しました】



【202X年1月X日 AM07:00】

【ほこやぎ町 萬屋記録局】


「モリタかぁ!いつまで寝てんのよ――朝!――起きろー!」

 朝から騒がしい感じの女性の声がする――

 聞いたことのある声、何回も何回も聞いた声。

 探偵スイッチが入ると――なぜか口調が変わる――

 ――その名を萬屋 赤葉よろずや あかは………


 妄想犯行計画をプレイ中は、現実世界の時間は完全にストップ――僕の5D酔いの元凶の一つでもある――

 ――メガネ型ゴーグルをつけた時点で、僕の意識と五感は全て――この世界に転送される。

 ――擬似異世界転生みたいなモノかな……


「ふわぁぁあ――おはようございます、萬屋さん」

「おはようございます、萬屋さん――じゃないんだよ!

 今日は、金餅 良緒かねもち よしおさんの依頼を聴きに行く――そういうスケジュールじゃん」


 ――僕の目の前には、萬屋 赤葉がいる。

 推理作家 柊先生が作り出した【萬屋 赤葉の事件帳】の主人公。

 街の記録人を自称するフリーター。

 偶然を装い――事件現場に乱入する――2時間サスペンスのお約束みたいな設定の女性。

 しかしこの妄想犯行計画内では、【萬屋記録局】の局長である。

 萬屋からの名前からも分かる様に――ここは萬屋 赤葉が本当に生きているか様に再現された仮想空間。


 ――こんなこと言ったら、非常にまずいんだけど……創作上のキャラクターの匂いをなぜ再現できるんだよ――小蒼ちゃん。


「金餅さんは、匂いの特異体質?――持ってるからみたいだからさ――モリタカ、一応シャワー浴びてきなよ――まだ時間あるから」


「――分かりました」


 萬屋記録局のシャワー室で、僕は今――シャワーを浴びている――

 僕は知ってる、この事件のこと――

 【萬屋 赤葉の事件帳】の第一話とほぼ同じ展開。

 萬屋 赤葉にハマったきっかけ。

 ――非現実が始まったキッカケも萬屋 赤葉――僕と柊先生と喜冬さん。

 何の繋がりがあるのだろう――

 ――しかし……プレイヤーがシャワーを浴びるVRゲームなんて、僕は聴いたことないよ――


 シャワーから出た僕。

 着替えも終わり――依頼人の自宅に向かうため、赤葉さんと準備を整えていた――


 ――――第一ステージ 開幕!――――

 ―――――匂いの妄想犯行――――――


 ステージ開幕!の表示。

 【解決時間 残り168時間】

 この二つの表示が出た、ということは――

 本格的にハッピーエンドを掴む覚悟を決めないといけないということだ――


 僕の予想ではあるけれど――トリックに使われたモノはおそらく【アレ】だ。

 アレでなければ、このトリック自体が成立しないし、暴けない――


「準備できた――モリタカ?」

「はい!――行きましょう、萬屋さん」


 【探偵ヘルプ 萬屋 赤葉が参加しました】

 今の会話で――探偵ヘルプが起動するとか――流石だよ、小蒼ちゃん。


 こうして僕と赤葉さんは、ほこやぎ町郊外にある金餅家に向かうことになった――


 #7 匂いのトリック 開幕篇 完

 #8 匂いのトリック 探索篇につづく

 ―――――――――――――――――――

 妄想犯行計画 未来を掴む推理ゲーム

 #7 匂いのトリック 現実開幕篇


【202X 12月26日 PM19:30】

【まほらぎ市 まほらぎ駅】


「うーん、やっぱり出ない――森咲くん」

 私の名前は、雪護喜冬ゆきもり きふゆ――

 20代半ばの普通の会社員。


 私は今日――同僚で趣味友の森咲 杜鷹もりさき もりたかくんの家に――向かっている。

 私の趣味は――トリック小説、推理小説を観たり、推理やトリックを考察したり――時にはオリジナルのトリックを考えたりすること。


 森咲くんと趣味友になれた――キッカケ。

 それは――【萬屋 赤葉の事件帳】を森咲くんが会社のデスクで、お昼ご飯を食べながら観ていたこと――


 その時の私は――つい嬉しくて、森咲くんに声をかけた――


「森咲くん!――今見てるそれって……もしかしてアニメ【萬屋赤葉の事件帳?】」

「うあぁぁ!――びっくりした……ゆ、雪護さん?」

「ごめん、ごめん――私を昨日見たから――声かけちゃった」

「雪護さんも【萬屋赤葉の事件帳】好きなんですか?」

「うん、好きだよー――昨日のアニメの一話も面白くて楽しかったよー」

「だよね――僕も好きなんだ【萬屋赤葉】――」

「昨日の第一話の赤葉のセリフがカッコいいんだよな――」

「雪護さんもそう思わないですか?」

「もちろん!でもね………」


 初めはこんな会話だった――ことは覚えている。


 森咲くんの推理とトリックの考察力は――私以上で――

 いつしか森咲くんと色々な作品を鑑賞する趣味友のような関係になっていった――


 そんな森咲くんは――【萬屋 赤葉】の劇場版を映画館で見たあの日を境に変わってしまった――

 確かにあの日の森咲くんは、序盤からエンディングまで深い眠りに入ってしまっていた――

 ――森咲くんが、あれだけ楽しみにしていた劇場版だったのに。


 次に森咲くんに会ったのは、月曜日――私と森咲くんの職場。

 森咲くんは、土曜日の映画館での出来事を謝ってくれた。


「雪護さん――ごめん!せっかく2人分の鑑賞チケットを買ってくれたのに――本当にごめん――」

「いいよー森咲くん――また一緒に観に行こう?」


 必死に謝ってくれている森咲くんだった。

 しかし必死に謝る森咲くんの瞳の奥には――確かにあった――輝かしい光が――なかったことに、私は気づいた――


 仕事納めの26日の今日――森咲くんは、体調不良という理由で――会社を欠勤した。


「おーい――雪護!」

「仕事納めの祝品――森咲にも届けてやってくれ」

「はい、分かりました――森咲さんの自宅に届けます」


 森咲くんと私は――同期だ。

 入社以来――森咲くんは、欠勤をしたことがない――


 こうして私は祝品を届けるために、まほらぎ駅から徒歩15分の森咲くんの自宅――ハイツまほらぎに向かっている――


 なんで森咲くんの自宅を知ってるのって?――

 萬屋 赤葉のレアグッズを送ったことがあるから――


 閑静な住宅地を歩くこと、5分――

 【ハイツまほらぎ】と書かれた綺麗な3階建てのアパートが見えてきた。


「えっと――森咲くんの部屋――あった!」

 【森咲】の表札を確かめた私は、玄関ドアの右横にある――インターホンのボタンに指を伸ばした――


 ピンポーン!ピンポーン!


 ピンポーン!ピンポーン!


「あれ?出ないな――森咲くん、どこかに出かけたのかな?」

 ――森咲くんは、不在みたい……。


 私は出直そうとした――

 でも郵便受けの隙間から、彼が今――生活していると思われる痕跡が、漏れ出ていた――


 ――ごめん!森咲くん……


 趣味友以上の関係ではない、異性の部屋に勝手に入るなんて決してよくない――

 でも私は、森咲くんが心配。

 ――あの森咲くんの光の消え方は……異常だ――


 ガチャ――


「あれ――鍵あいてる……いるの――森咲くん?」

 ――鍵がかかってない……本当に大丈夫なのかな?


 このような形で、森咲くんの部屋に入るなんて――思ってもいなかった――

 電気もついている。

 森咲くんの自宅は綺麗に整理整頓されており――最初に入ったリビングも萬屋 赤葉のポスターやグッズ、私が送ったレアグッズも綺麗に飾られていた。

 ――本当に、萬屋 赤葉が好きなんだね――森咲くん……


『よし!行くか――あの世界に!』


 リビングの奥の部屋から、聞き覚えのある声が聞こえた――

 声がした奥の部屋に私が向かうと――

 その部屋にいたのは――ノートパソコンが置かれた机の前で、椅子に座っている森咲くんだった。

 ――VRゴーグル?のような形をした何かを頭にかけている森咲くんに――

 すかさず私は声をかけた――


「森咲くん!――何やってるの!」


 森咲くんは、突然の私の声に驚いたのか――すぐにゴーグルを外した――


「……なんで――雪護さん?……いるの?」


 でもこの時の私は知らなかった――

 森咲くんの目に光がなくなった理由。

 今日、森咲くんが会社を欠勤した理由。

 森咲くんが自室でゴーグルをかけていた理由。

 ゴーグルをかける瞬間に森咲くんが言った『あの世界』という言葉――


 そう全ては、あの日の映画館から始まっていたのだ――


 #7 匂いのトリック 現実開幕篇 完

  匂いのトリック 終幕篇につづく

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