元カノは南北朝にいた

ソコニ

第1話 元カノは南北朝にいた

1

古文書の匂いは、いつも僕を落ち着かせた。

カビと埃と、数百年分の時間が凝縮された匂い。大学の史料室で、僕は毎日この匂いに囲まれて過ごしている。

今日調べているのは、南北朝時代の従軍記録だ。足利尊氏に従った武士の日記。崩し字を一文字ずつ解読していく。地味な作業だが、これが歴史学者の仕事だ。

「正平七年三月十四日、京都ニ向カウ。道中ニテ巫女ニ出会ウ」

よくある記述だ。戦乱の時代、巫女は各地を渡り歩いていた。

「巫女、名ヲ『アヤ』ト云フ」

手が止まった。

アヤ。

元カノの名前だった。

偶然だろう。よくある名前だ。そう思いながら、次の行を読んだ。

「顔ハ細ク、目尻ニ小サキ黒子アリ。笑ウ時、少シ左ノ口角ガ上ガル癖アリ」

息が詰まった。

彼女だ。

いや、違う。そんなはずがない。六百年前の人間が、彼女であるはずがない。

でも、記述は続いていた。

「話ス時、『ていうか』ト云ウ言葉ヲ多用ス。意味不明ナリ」

心臓が激しく打った。

彼女の口癖だ。「ていうか」。現代語だ。南北朝時代に、あるはずがない。

僕は立ち上がった。椅子が倒れる音がした。

周りの院生たちが僕を見た。でも、僕は気にしなかった。

この記録は、何だ。

2

その夜、僕は彼女に電話をかけようとした。

でも、できなかった。

三ヶ月前、僕たちは別れた。些細な喧嘩からだった。「あなたは研究しか見てない」と彼女は言った。「私のこと、ちゃんと見てくれてない」

否定できなかった。

それから、連絡を取っていない。

でも今、僕の手には、六百年前の彼女の記録がある。

狂っている、と思った。疲れているのだろう。幻覚だろうか。

翌日、僕は史料室に戻った。

昨日の記録を、もう一度確認する必要があった。

ページを開く。記述は、そこにあった。

「アヤ、予ニ告グ。『汝、我ヲ覚エルコトナシ。然レドモ、我ハ汝ヲ知ル』」

彼女は、この武士に何かを告げている。

「幾タビモ出会イ、幾タビモ別レタリ。汝ハ常ニ忘レ、我ハ常ニ覚エタリ」

僕は次のページをめくった。

「予、アヤノ言葉ヲ理解セズ。然レドモ、胸ニ妙ナル痛ミヲ覚ユ」

そして、最後の一行。

「アヤ、涙ヲ流シテ曰ク。『次ハ覚エテイテ』」

3

僕は他の史料を調べ始めた。

南北朝時代、巫女「アヤ」に関する記録。


『太平記』建武二年の条

「巫女アヤ、尊氏公ニ謁ス。『我、汝ノ未来ヲ知ル』ト告グ。公、笑イテ退ク」


『鎌倉大日記』貞和四年の条

「アヤト云フ女、鎌倉ニ至ル。市ニテ『汝ラ、皆忘レタリ』ト叫ブ。人々、狂女ト見做ス」


『後愚昧記』正平十三年の条

「巫女アヤ、予ニ問ウ。『汝、夢ヲ見ルカ』。予答ウ『見ル』。アヤ曰ク『其ノ夢ニ、我ハ居ルカ』」


同じ名前。同じ問いかけ。

三十年にわたって、記録され続けている。

でも、人間の寿命で考えれば、矛盾はない。同一人物である可能性はある。

僕は、さらに時代を遡った。

4


『吾妻鏡』建久三年(1192年)の条

「女人アヤ、頼朝公ニ謁見ヲ請ウ。『我、汝ヲ知レリ』ト告グ。公、怪シミテ問ウ『何処ニテ会イシカ』。女答エズ、唯泣クノミ」


『玉葉』養和元年(1181年)の条

「京ニ、アヤナル巫女現ル。貴族ノ子息ニ『我ト汝、前世ヨリノ縁アリ』ト告グ。子息、之ヲ信ゼズ」


『今昔物語集』(平安後期編纂)

「巫女、名ハ『アヤ』。諸国ヲ巡リ、人々ニ問ウ『汝、我ヲ識ルヤ』。答フル者、無シ」


四百年だ。

四百年にわたって、同じ名前が記録されている。

いや、違う。同じ「人物」が、記録されている。

記述される特徴は、すべて一致していた。

細い顔。目尻の黒子。左の口角が上がる笑い方。

そして、誰かを探している。

ずっと、誰かを探している。

5

僕は気づいた。

これらの記録には、もう一つの共通点があった。

「アヤ」が問いかける相手。その記述に、奇妙な類似性がある。


『太平記』

「其ノ男、学問ヲ好ミ、書物ヲ離サズ」


『鎌倉大日記』

「男、常ニ記録ヲ取リ、事象ヲ書キ留ム」


『後愚昧記』

「予、学ニ励ム者ナリ。古キ記録ヲ好ム」


すべて、学者だ。

記録を読む者。歴史を調べる者。

僕のような、人間だ。

僕は、鏡を見た。そして、想像した。鎌倉時代の服を着た自分を。南北朝時代の、鎧を着た自分を。

そして、気づいた。

僕も、探されているのかもしれない。

6

その日の夜、僕は夢を見た。

戦場だった。南北朝時代の、京都の郊外。

僕は鎧を着ている。刀を持っている。

血の匂いがする。

そして、彼女がいた。

アヤが、巫女装束を着て、戦場の中に立っていた。

「また、会えた」

彼女は微笑んだ。

「でも、あなたは私を知らない」

僕は何も言えなかった。彼女を知っているような、知らないような。

「いつも、こう」

彼女は僕に近づいた。

「会うたびに、最初から」

彼女の手が、僕の頬に触れた。

「でも、いいの。また、始めればいい」

僕は目を覚ました。

7

翌日、僕は自分の名前で史料を検索した。

データベース、図書館、古書店。ありとあらゆる記録を調べた。

そして、見つけた。


『駿河記』永正三年(1506年)の条

「学者、名ハ『───』。古記録ヲ渉猟ス。或ル日、己ガ名ガ古キ記録ニ在ルヲ発見ス。驚愕シ、発狂ス」


名前の部分が、破損していて読めなかった。

でも、次の行は読めた。


「学者曰ク『我、幾度モ生マレ、幾度モ死ヌ。然レドモ、常ニ忘ル』」

「『唯一人、忘レヌ者アリ。女、名ハアヤ』」

「『彼女、我ヲ待チ続ク。我、彼女ヲ見ツケラレズ』」


江戸時代の記録も、見つかった。


『武江年表』寛政七年(1795年)の条

「医師、姓名不詳。己レガ前世ヲ記憶セリト主張。『アヤナル女性ヲ、何度モ裏切リタリ』ト告白。後、行方不明トナル」


明治時代。


『東京日日新聞』明治二十三年(1890年)

「歴史研究者、精神錯乱。『己ガ過去世ノ記録ヲ発見』ト主張。病院ニ収容サル。翌日、病室ヨリ消失」


そして、昭和。


『朝日新聞』昭和三十二年(1957年)

「大学助教授、失踪。研究室に遺書。『彼女を探しに行く。今度こそ、思い出す』記載アリ」


すべて、僕だった。

違う時代。違う名前。でも、同じ人間だった。

学者として生まれ、記録を読み、そして「アヤ」を見つける。

でも、思い出せない。

そして、消える。

何度も、何度も。

8

夜、郵便受けに手紙が入っていた。

差出人の名前はなかった。

封筒は古びていて、まるで何十年も前のもののようだった。

手紙を開いた。


「あなたが、調べているのは知っています。

でも、記録を見つけても、思い出せないでしょう?

それでも、会いたいですか?

私は、もう疲れました。

でも、最後にもう一度だけ。

明日の夜、あなたの部屋に行きます。

待っていてください。

待っていなくても、行きます。

あなたは、いつもそうだから」


筆跡を見た。

見覚えがあった。

いや、見覚えがあるような気がした。

彼女の字だろうか。

それとも、僕が見たいと思っているだけだろうか。

手紙の紙を光にかざした。

透かすと、うっすらと別の文字が見えた。

まるで、何度も同じ紙に書き直されたかのように。

重なり合った文字。

判読できないが、確かにそこにある。

何百回分もの、同じ手紙。

9

翌日の夜、ドアがノックされた。

開けると、彼女がいた。

アヤが、そこに立っていた。

「久しぶり」

彼女は笑っていた。いつもの、少し左の口角が上がる笑い方で。

「入っていい?」

僕は何も言えなかった。ただ、頷いた。

彼女は部屋に入り、ソファに座った。机の上の史料を見た。

「見つけたんだね」

僕は黙っていた。

「どこまで、調べた?」

「平安時代まで」

「そう」

彼女は窓の外を見た。

「もっと前もあるよ。奈良時代も。飛鳥時代も」

「でも、記録は残ってない。文字がないから」

「それより前は、口伝だった。でも、誰も覚えてない」

彼女は僕を見た。

「あなたも、覚えてないでしょ?」

10

彼女は、ゆっくりと話し始めた。

「鎌倉の、あの橋、覚えてる?」

僕は知らなかった。

「紅葉が綺麗だった。あなた、喜んでた」

彼女は続けた。

「室町の、あの店、覚えてる?」

僕は知らなかった。

「扇を売ってた。あなた、私に買ってくれた」

「江戸の、あの夜、覚えてる?」

僕は知らなかった。

「花火を見た。あなた、私の手を握ってた」

彼女は、一つ一つ尋ねた。

僕は、すべて知らなかった。

「やっぱり」

彼女は笑った。

でも、泣いていた。

「あなた、いつもこう」

「会うたびに、知らない顔する」

「でも、少しずつ、思い出してくれる」

「そして、最後には——」

彼女の声が途切れた。

「最後には、どうなるの?」

僕は聞いた。

「消える」

彼女は言った。

「あなたが、消える」

「そして、私だけが残る」

「また、次の時代で待つ」

「あなたが、また生まれてくるのを」

11

「なぜ?」

僕は聞いた。

「なぜ、僕だけが忘れるの?」

「分からない」

彼女は首を振った。

「最初から、こうだった」

「あなたは、いつも忘れる」

「私は、いつも覚えてる」

「なぜか、分からない」

彼女は立ち上がった。

「でも、もう疲れた」

「何百年も、同じことを繰り返してる」

「あなたに会って、好きになって、別れる」

「あなたは忘れて、私は覚えてる」

「もう、嫌だ」

彼女は部屋を出て行こうとした。

僕は、彼女の腕を掴んだ。

「待って」

彼女は振り返った。

「覚えてる」

嘘だった。

僕は何も覚えていなかった。鎌倉時代も、室町時代も、江戸時代も。

でも、言った。

「鎌倉の橋。紅葉が綺麗だった」

彼女の目が見開いた。

「室町の店。扇を買った」

彼女の目から、涙が溢れた。

「江戸の夜。花火を見た」

嘘を重ねた。

「覚えてる。すべて」

彼女は僕を抱きしめた。

「本当? 本当に?」

彼女は泣いていた。

僕も、泣いていた。

嘘をついていることが、辛かった。

12

その夜、僕たちは眠らなかった。

彼女は、話し続けた。

すべての時代のこと。すべての出会いのこと。

僕は、聞き続けた。

知らない話ばかりだった。

でも、聞いているうちに、不思議な感覚があった。

これは、夢で見たような気がする。

いや、夢ではない。

もっと深いところで、知っているような気がする。

「ねえ」

彼女は言った。

「今度は、消えないで」

「消えないように、できないかな」

「記録を残すとか」

僕は、考えた。

「記録なら、ある」

「史料に、すべて書いてある」

「でも、僕は思い出せなかった」

「記録を読んでも、それが自分だと信じられなかった」

彼女は黙った。

「じゃあ、どうすればいい?」

僕は答えられなかった。

13

朝が来た。

彼女は、僕の腕の中で眠っていた。

僕は、彼女の顔を見つめた。

目尻の小さな黒子。左の口角が少し上がる、寝顔でも分かる癖。

すべて、記録通りだった。

でも、それは本当に、六百年前の彼女なのか。

それとも、偶然の一致なのか。

僕は、分からなくなっていた。

史料室に行った。昨日まで調べていた記録を、もう一度確認しようと思った。

でも、記録の一部が消えていた。

いや、最初からなかったのかもしれない。

「アヤ」の記述の一部が、今見ると判読不能になっていた。

インクが滲んでいる。まるで、昨日書かれたかのように新しいインクで。

いや、違う。

インクが古いのに、文字が新しい。

矛盾している。

時間が、矛盾している。

僕は、狂っているのだろうか。

14

今、僕は新しい記録を書いている。

未来の自分へ。

「お前は、彼女に出会う。アヤという名の女性に」

「彼女は、お前を知っている。でも、お前は彼女を知らない」

「彼女は言うだろう。『何度も会った』と」

「信じろ。たとえ記憶がなくても、記録がなくても」

「信じることが、唯一の繋がりだ」

でも、これは誰に向けて書いているのか。

未来の自分か。

それとも、過去の自分か。

もしかしたら、今の自分自身に、書いているのかもしれない。

覚えておくために。

いや、違う。

信じるために。

15

彼女は、今も僕の隣にいる。

「ねえ」と彼女は言った。「今度は、どうなるのかな」

「どうなるって?」

「あなたが、また忘れちゃう時」

僕は答えられなかった。

「でも、今回は違うかもね」

彼女は笑った。

「だって、あなた、嘘ついてくれたでしょ?」

僕は、息を呑んだ。

「気づいてた?」

「最初から」

彼女は僕の手を握った。

「あなた、覚えてなかった」

「でも、覚えてるって言ってくれた」

「それで、十分」

「嘘でもいい」

「私を、信じようとしてくれた」

「それが、嬉しかった」

僕は、何も言えなかった。

「次も、嘘ついて」

彼女は言った。

「次の時代で、また会ったら」

「また、覚えてるって言って」

「嘘でもいいから」

16

三年が過ぎた。

僕は三十五歳になった。

記録によれば、僕が消える年齢だ。

でも、僕はまだここにいる。

彼女も、まだ隣にいる。

「消えないね」

彼女は不思議そうに言った。

「もしかして、もう終わったのかな」

「繰り返しが」

僕は、分からなかった。

それから、ある日。

僕は古い記録を見つけた。


『栄花物語』(平安中期)

「男、己ガ妻ヲ疑ウ。『汝、我ヲ知リタル如ク振ル舞ウ。然レドモ、我ハ汝ヲ知ラズ』」

「妻答ウ。『我、汝ト幾タビモ会エリ。汝ハ常ニ忘ル』」

「男、妻ヲ信ジラレズ。『証拠ヲ見セヨ』」

「妻、泣キテ曰ク。『証拠ハナシ。記録モナシ。信ジヨ』」

「男、妻ノ言ヲ嘘ト断ジ、追イ出ス」

「妻、去ル時ニ曰ク。『然ラバ、次ハ汝ガ嘘ヲツケ』」


僕は、ページを閉じた。

そして、隣の彼女を見た。

彼女は、僕を見ていた。

「読んだ?」

僕は頷いた。

「平安時代の僕は、信じなかった」

「あなたを、追い出した」

彼女は微笑んだ。

「でも、今回のあなたは違った」

「嘘をついてくれた」

「それが、嬉しかった」

17

それから、彼女とは会っていない。

いや、違う。

彼女は、いなくなった。

ある朝、目を覚ますと、隣にいなかった。

部屋には、手紙が残されていた。


「ありがとう。

嘘をついてくれて。

でも、もう大丈夫。

私、もう一人で生きていける。

何百年も、あなたを待ってた。

でも、待つのは終わり。

次の時代で、また会えたら。

その時は、私から嘘をつくね。

『覚えてる』って」


僕は、手紙を握りしめた。

そして、気づいた。

これは、終わりではない。

始まりだ。

次の時代の、始まりだ。

18

今、僕は記録を書いている。

未来の自分へ。いや、未来の誰かへ。

「お前は、アヤという女性に出会う」

「彼女は、お前を知っていると言うだろう」

「お前は、彼女を知らない」

「でも、信じろ」

「記録が残っている」

「記録があることと、それが真実であることは、別だ」

「でも、記録は残る」

「そして、お前が、これを読む」

「信じるか、信じないかは、お前次第だ」

書きながら、ふと思った。

これを読むのは、本当に僕なのだろうか。

それとも、別の誰かなのだろうか。

もしかしたら、彼女が読むのかもしれない。

何百年後、次の時代で。

そして、また同じことを繰り返すのだろうか。

僕は、ペンを置いた。

19

ある日、史料室で新しい記録を見つけた。

まだ誰も見ていない、鎌倉時代の日記。

そこには、こう書かれていた。


「建久五年十月三日。奇妙ナル出来事アリ」

「予、夢ヲ見タリ。夢ニテ、未来ノ己レヲ見タリ」

「未来ノ己レ、『アヤヲ探セ』ト告グ」

「予、問ウ『アヤトハ誰ゾ』」

「答エナシ。唯、『忘レルナ』トノミ」

「目覚メテ後、予ハ『アヤ』ナル名ヲ覚エタリ」

「然レドモ、誰ノ名カ、知ラズ」


次のページ。


「建久五年十月十五日」

「市ニテ巫女ニ会ウ。名ヲ問エバ、『アヤ』ト答ウ」

「予、驚キテ問ウ。『汝ヲ、夢ニテ見タリ』」

「巫女、泣キテ曰ク。『遂ニ、覚エテクレタカ』」

「予、答ウ。『否、夢ニテ名ヲ聞キタルノミ』」

「巫女、悲シメリ」


最後のページ。


「建久五年十月二十日」

「巫女アヤ、予ニ別レヲ告グ」

「曰ク。『汝、我ヲ忘レル。然レドモ、我ハ汝ヲ忘レジ』」

「予、問ウ。『何故ニ別ルルカ』」

「巫女答ウ。『汝ガ嘘ヲツカヌ故』」

「予、理解セズ」


僕は、史料を閉じた。

そして、気づいた。

鎌倉時代の僕は、嘘をつかなかった。

だから、彼女は去った。

平安時代の僕は、信じなかった。

だから、彼女は去った。

でも、今回の僕は、嘘をついた。

だから——

何が変わったのだろう。

20

今日、僕の机に、また手紙が届いた。

差出人不明。

開けると、一行だけ。


「2025年、男アリ。記録ヲ読ミ、信ジヨウトス。然レドモ、信ジ切レズ。

次モ、同ジカモ知レヌ」


筆跡は、僕のものだった。

いや、違う。

僕の筆跡に、似ている。

でも、僕が書いた覚えはない。

手紙の日付を見た。

「建久五年十月二十日」

八百年前だ。

でも、インクは新しかった。

昨日、書かれたかのように。

僕は、手紙を握りしめた。

そして、理解した。

記録は、時間を超える。

真実かどうかは、分からない。

でも、残る。

そして、誰かが読む。

信じるかどうかは、その人次第だ。

僕は、信じることにした。

信じられなくても、信じようとすることにした。

それが、唯一の繋がりだから。


僕のスマホに、通知が来た。

知らない番号からのメッセージ。

「久しぶり。覚えてる?」

僕は、知らない。

でも、返信した。

「覚えてる」

嘘だった。

でも、それでいい。

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