第48話 真宵の記憶①

 高校生になってから、周りは恋に夢中だった。

 誰かが恋をした。

 誰かが泣いた。

「好き」や「別れた」という言葉が、日常のBGMみたいに流れていく。

 私にはその気持ちが分からなかったけれど、恋に揺れる友達の横顔は、どこか眩しくて。

 ……恋をすると、人はあんなにもキラキラと輝くのだろうか。


「恋愛って何だろう?」

「俺に聞くなよ。」


 思わず口にした疑問に、隣で頬杖をついていた秀一が、肩をすくめて答えた。

 ぶっきらぼうな言い方だか、決して棘はない。


「誰かを想うと、そんなに変わるものなの?」

「さあな。でも、お前もいつかそうなるんじゃないか?」


 ほんの少し、視線を逸らしながら。

 その横顔が、なぜだか切なく見えた。


「うーん……想像つかないなぁ。」


 愛し方がわからない今、誰かを好きになっている姿が想像できない。

 窓を見つめて、思いに耽る。

 いつの間にか青かった空が朱に染っていた。


「何か恋愛小説を読んでみたら感覚がわかるんじゃないか。」

「私、本を読むの苦手。眠くなっちゃう。」

「そうだったな、忘れてた。」


 秀一が、小さく笑う。

 この、優しいやり取りが私は好きだった。


「……ゲームはどうだ?ヒロインも自分に設定できるらしいし。」

「さすが、秀一!私の好きなものをわかってる!」

「そりゃ、何年も傍にいたら知らない方がおかしいだろ。」


 当たり前のように言ってくれる秀一。

 私の性格なんてお見通しな幼なじみ。

 この関係性が、暖かな日差しのように心地よかった。


「それもそうだね。じゃあ、せっかく秀一が勧めてくれたし、さっそくゲームショップへ行ってみるね。」

「ああ、いってらっしゃい。」


「おはよう、秀一!さっそくだけどクリアしたゲームの感想聞いて!」

「おはよう、真宵。2日前に買ったばかりじゃなかったか、そのゲーム……?」


 誰もいない教室に、私の弾けるような高い声が響く。

 恋愛ゲームはすごかった。

 日常からSFまで多くの恋愛模様を扱っており、様々な愛し方を画面上で表現していた。

 知らなかった感情を知識としてたくさん手に入れた。

 元々勉強のつもりが、いつの間にか趣味になっていた。


「まさか、真宵がそこまで恋愛ゲームにハマるとは……。」


 勧めた本人も、まさかの展開に呆れた様子だ。

 しかし、だらだらと語るだけの感想に付き合ってくれるあたり、やはり彼は面倒見が良い。


「ああ、私も素敵な恋愛をしてみたいなぁ。」


 夕日に照らされた教室の中で、ふいに呟いてみれば、秀一がどこか寂しげに、でも優しく応えた。


「……いつか、絶対にできるよ。」


 秀一の言葉は、木漏れ日のような温かさで、いつも私の心を照らしてくれる。


「やった!秀一が言ってくれるなら安心だよ。」

「……そうか。」


 将来のことを夢みて、頬が緩む。

 世界が彩られる瞬間に、私も出会えるだろうか。


「その日が待ち遠しいな。」


 私がふと呟けば、秀一が静かに目を閉じた。

 しかし、それも一瞬のこと。


「あ~~あ!もう時期、夏休みに入るし俺もゲームしようかな。」 

「私も!私もしたいな。」


 ぐいっと両腕を伸ばしながら、息を吐き出した秀一。

 彼の素敵な提案に心が踊った。


「まずは、そのゲームを手に入れなきゃだけれど。」

「なら、一緒にゲームを探しに行くか?」

「うん、行こう!」


「学園イケメン……?」


 乙女ゲームのコーナーに貼られていたポスターが目に留まる。

 学園とちょこっとの魔法が題材らしい。

 特にポスターの中心で手を差し伸べる黒髪のキャラクターが気になった。

 彼の美しい瞳に、惹かれてしまうものがある。

 ……かっこいいなぁ。


「こんにちは。そのゲームに興味あるのかな。」


 不意にかけられた声に、肩がびくりと跳ねた。

 振り返ると、見上げるほどの長身の男性が立っていた。

 店員にしては、どこか場違いな気配。

 低音と高音が交じる、不思議な響きの声だった。


「こんにちは。」

 軽く会釈をすれば、店員さんが一緒に頭を下げてくれた。


「学園イケメン、気になるかい。」


 店員さんが、私を見下ろしていた。

 瞳が見えないほど細められた瞼が印象的だ。


「実は、そのゲーム今テストプレイを募集しているんだよ。」

「テストプレイですか?何をするんでしょうか。」

「学園イケメンをプレイするだけ。他に必要なことはない。」


 もう一度、ポスターを見る。

 ふいに、黒髪のキャラクターへ手を伸ばした。

 彼の物語を読んでみたい。


「目に留まったのも何かの縁だし、良かったら応募してみない?」


 気づけば、店員さんの顔がすぐ目の前にあった。

 距離が近い。

 背筋にぞくりと寒気が走る。 

 咄嗟に一歩下がって見上げれば、彼はクスクスと笑っていた。


「高校生ですが、問題ないでしょうか。」

「大丈夫、むしろ大歓迎。きっと今までにはないゲーム体験ができるよ。」


 そして、店員さんに言われるがまま、「学園イケメン」のテストプレイへ応募した。

 後日、当選したことが電話で発表され、開発者からゲームを受け取った。

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