先生

 シンはラナイも相当変わっているなと思っていた。そもそも根本的に未来を見ていない。強いが。


「ラナイはウラカとどんな関係?シンも聞きたくない?」

「どんなと言われても。まぁずっと面倒見てくれてたんだ。教会本部へ行ったことあるか?」


 レイは「ない」と答えた。

 教会本部では、様々なことが学べるらしい。学問ならば哲学、音楽、数学、語学、天文学、薬草学、教会では聖術と呼ばれる呪術まで数えきれないほどある。ラナイは幼少の頃から剣術の力を見込まれ、自分自身でも教会騎士団に入ることを夢見ていたということだ。才能ある者は教官仕いとして、試験のために学校の雑務など免除されることになる。もちろんそうなれば合格という義務のようなものも発生するらしい。


「レイも学べるぞ」

「ラナイも学んだの?」

「わたしは不合格だ。生徒の合格成績は指導官の実績にもなる。逆もまた同じ。だから逃げた」

「わたしは試験なんて受けたことないからわかんないけど、落ちたら逃げなきゃならないわけ?ウラカは怒ると怖いけどさ」

「そうなのか?怒ったとこ見たことねえからわかんねえけど。わたしは情けなくて恥ずかしくて頭に来て聖女様の像をぶち壊して逃げた」

「わたしもわかる!」


 シンにはわからない。


「わたしもシンに叱られたら情けなくて頭に来るもん。こんな世界なんて滅ぼしてやろうかと思うよ」


 叱るときは注意が必要だ。世界ごとリセットされては、他で暮らしている人々もかなわないだろう。


「でもさ、覚えてくれてたと思えばちょっとはうれしいかな。あんとき叱られたのもうれしかった」

「そこまでしてるのに忘れるわけないんじゃないか。それに城でもあれだけのことしたら叱られるだろ」

「てめえはうるせえなあ。わたしの思い出に泥靴で入るなよ」

「ウラカはいい人だ。ちょっと気の弱いところはあるがな」

「気が弱い?てめえらの尺度おかしいな。氷のウラカって有名だったんだぜ」

「は?」


 シンとレイは同時に聞いた。気持ちを表に出さない、すべてを遮断する人ということで恐れられていたとのことだが、再び「誰のこと?」と二人は尋ねた。


「だから先生だよ」

「そうなの?じゃそういうことなんだろうな。で、そんなんで落ちたら怖いわな。勉強したんだろ?」

「ほとんど遊んでたんだ」

「あ、そう」


 どの世の中にもロクでもない奴はいるもんだ。要するに勉強から逃げてたのかよ。そんな話をよく真剣に話せるもんだな。聞いて損した。


「どうにかならねえかなぁ。てめえら仲良しだろ?」

「どうしてほしいんだ?正直そっちのしたことは擁護できないぞ」

「そりゃそうだよな。教会関係ないもんな。それじゃどうしてわたしがここに呼ばれてるんだろ」

「こっちがさっきから聞いてるんじゃないか。どうせ教会で許されない悪さでもしたんだろ?いつまでも手配され続けるような」


 ラナイは黙った。たぶん記憶にあるのが多いんだろうな。聖女像を斬り捨てたことと光の剣などを盗んだくらいだと話した。そんなもの教会が忘れる訳がないだろうが。


「あの剣は盗品なのか?」

「いちばん手に馴染んだもんを持ってたんだ。折れたけど」

「馴染まなかったのは?」

「売りさばいた」

「だからここにいるんだよ」

「そうか。しかしそんな前のことで今さら呼ばれてもな。弁償しろと言われても金なんてねえぞ」

「カネで解決できないよ」

「軍使を斬り捨てた奴らも想像はつくぞ。そこんところわたしは騎士団に入るために、勉強はしてたから常識はある。てめえらみたいに調停中に攻撃するなんてことはしねえ」

「知らかった」とシン。

「てめえなぁ」


 修道服のウラカが現れた。機嫌がいいとも悪いとも言えない表情をしていた。これが氷のウラカだろうか。しかしここで席を離れるわけにもいかないしなと。


「ウラカ!会いたかった!」

「わたしもよっ!」


 怒っている。

 レイはウラカに抱きついた。ラナイはレイを椅子に押し戻すウラカの表情を見て、シンたちに仲介してもらうことを諦めたようだった。


「あなたは第五軍指揮官を解任されたそうね」

「お恥ずかしい」

「恥ずかしがることでもないわ。城も落としてあるしね。既定路線だったのよ。今後は教会付きね」

「教会付き?」

「共和国のために教会で働くの」

「はあ」

「文句あるの?」

「ないですけど」


 要するにシンは何をするのかわからないが、本人も聞きたいが聞けないだけでわかっていないようだ。


「どうしてわたしがあなたまで預からないといけないの?」

「はい」

「そんな言い方ないだろうが。ラナイの気持ちを考えてやれ。共和国軍の指揮官までした人なんだぞ」

「てめえら」


 ラナイが涙ぐんだ。もう敵も味方もないんだ。お互いによくやったと称え合おうじゃないか。


「あ?」


 ウラカはシンに顔を寄せた。そしてレイとラナイを交互に見た。


「だいたいどうしてわたしが悪者になるわけ?そもそも二人が攻撃しなきゃ共和国軍は壊滅してない。なぜわたしが戦場を目茶苦茶にした張本人の二人の戦闘バカの面倒見なきゃならないのよ!」


 ウラカは爆発した。


「わたしはね、イレギュラーに耐性ないのよ。ずっと同じことしていたいの!日がな一日花壇で花を育てていたいの。ガーデニングよ。春には春の夏には夏の秋には秋の……もう全身が痒くて我慢ならないわよ!」

「シラミだな」

「ストレスよ!」


 シンはレイとラナイに小さな声で提案した。二人でストレスを忘れさせるようなことでもやってやればいいのではないか。二人は腕を組んで考えている間、ウラカの瞳の奥は不安そうに怯えていた。


「要するに先生は日頃から笑うとかしてねえわけだ」

「シン、わたしたちがウラカを笑わせればいいのね?」

「二人で一発芸でもするのか?」


 二人はウラカに襲いかかるとコチョコチョ攻めにした。確かに笑うのは笑うが、何だか違わないか。案の定、激怒の上に激怒を重ねた。

 

 おわり

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世界のカケラ 3/5 ルテイム城の結束編 転生から戻れない へのぽん @henopon

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