ウラカの企み

[シン]

 シンは落ち込んでいるレイの頭を腕で包むように抱き寄せた。気にしなくていい。レイは自分やシンのことを思ってしたことだ。うまくいかないときもある。一人で抱え込むことはない。ウラカも悪くない。

 

「何から話せばいいの。まだ二人はわたしの話を聞いてくれるの」


 ウラカは乱れた髪の下、壁に手をついて息を整えた。唸るような声にただことではないと気づいた。


「わたしが剣を盗ませた」

「は?」


 シンとレイは声を揃えて驚いた。ウラカ自身が自己嫌悪に陥るほど深い話があるなど予想もしていない。


「え?」とウラカ。

「剣、盗ませたの?」


 シンはウラカを指差した。髪の間から覗かせた目玉が、何度かシンとレイを行き来した。壁につけた背中のまま床にへたり込んだ。


「わたし、やらかした……」

「話してもらおうか」


 シンの言葉にウラカは白い顎を天井に向けた。自身で追い打ちをかけた自嘲の笑い泣きを見せた。


「わたし、自爆したかも」

「レイ、落ち込むことはない。ウラカはウラカで裏で企んでた」

「巻き込んでごめんなさいと言おうとしてたけど、もういい?」

「いいんじゃないかな」


 ウラカは髪を後ろで束ねるように握ると、壁に体を預けたまま、まっすぐシンを見て立った。すでに諦めではなく覚悟の顔をしていた。


「話す前にレイに謝るわ。黙っていてごめんなさい。言い訳はしない」

「じゃ、行こうか」


 シンがレイに促した。


「ちょ、ちょっと待ってよ。わたしの話を聞いてくれないの?」

「言い訳しないんだろ?」

「これは言い訳じゃないわよ」

「実際、レイをだました。良くも悪くも言い訳でしかないよ」

「厳しくない?それならレイもあなたのことだまそうとしたわ」


 慌てたウラカは扉から出ていこうとするシンを止めた。


「レイは僕を救おうとした」

「わたしもよ」


 ウラカは自分を指差した。シンはレイに聞いてやる?と尋ねた。レイは首を傾げて、どちらでもいいと答えた。さすがにウラカもレイに食ってかかるように責め立てた。


「ひどくない?レイ、あなたも言い訳したのよね?セゴのこと話してもいいんだけど」

「わたしとシンで解決したから話してくれてもいいけど」

「あれ?わたし今、凄く感じの悪い奴になってない?」


 ウラカは胃を押さえて、ソファに体ごと落ちた。もういやだというようなことを呟いて泣きはじめた。


「こんなことしたくないのに。現場は苦手なのよ。教室で生徒たちに理論とか理念とか教えてたい。胃がムカムカしてきた。吐きそう」


 空えずきした。

 さすがにシンは少しかわいそうだなと思い、レイとウラカを支えるように挟んでソファに腰を掛けた。


「冗談だよ」

「マジメすぎるよね、ウラカは。シンの冗談がわからないのかなあ」


 レイは腰の革ポーチからハンカチを出してウラカに渡した。


「しかるべきところへ返すために盗んだ。もともとルテイムへ預けたものだからルテイムが持てばいい」


 ウラカは息を整え終えた。まだ胃がムカムカするようで、途中で少し長い沈黙も混ざっていた。シンはテーブルに置いた二振りの剣が曲がっていないか見ながら聞いた。


「そもそもこれはあなたたちに関係のない話だったの」


 シンたち逃げなければという注釈付きだ。今は戦場の真ん中、落城しようとしている城にいる。眩しい太陽、潮風、波の打ち寄せる音、マストが軋む音が甲板に伝わるのを楽しんでいるはずだったのに。


「どうして逃げたの?わたしは悪いようにはしないわ。あぁ、あなたが不安になるような失言したわね」


「シン、あなたは許さない人なのも理解してる。自分のことくらいは我慢するけど、レイのことは別」


 シンは国ノ王の剣の柄をつまむようにして、跳ねさせて刃こぼれがないか確かめた。刃こぼれがあろうとなかろうと、おそらく自己修復するんだなと考えていた。


「ウラカ、あなたはハイデルへ入る前に剣を渡したの?」


 レイはウラカを覗いた。もう泣かないでいいからと、指で涙を拭ってやって、紐で後ろ髪をくくった。


「峠を越えたところで使いの者に剣を託した。共和国軍に囲まれるまでに間に合うのは、この城の北の厳しい峠越えしかない。でもハイデルまでは待てない。でも使いの青年を見たとき、託せると信じた」


 レイは呟くように「あれはミアの弟だ」と話した。ウラカはミアから聞かされたと頷いた。


「立派な青年よ。わたしはできるだけの祝福をして、封印をしてズミたちを護衛につけた。途中までね」

「途中まで?」とシン。

「わたしの力があれば城まで送ることはできたのかもしれない」


 城が揺れて軋んだ。どこか内部で爆発が起きたようだ。第五軍は攻撃を控えているが、内部から崩そうとしているのかもしれない。


「わたしは何なの。教会で術使いとして尊敬される。なのに一人守ることすらできない」


 シンは身の丈ほどの女王の剣を軽々と持ち、ソファで腰を降ろしている肩に立て掛けた。何も考えていないわけではない。どうしてそのときに話してくれなかったのか。


「まさか評議会が、わたしに全任してくるなんて思いもしなかった」

「話す選択肢は?」


 シンは女王の剣を杖のようにして立ち上がると、窓際に身を寄せて外界の様子を眺めた。街には黒煙や白煙がたなびいていた。すでに結界が破れた市街地からは、ところどころ炎と煙が上がっていた。

 爆発で棚の燭台が倒れた。

 剣が入城した後、調停の使者にまぎれて、何とか剣についてノイタ王子と話そうとしていたらしい。


「城で二人に会ったときは、さすがに目眩がしたわ。ただでさえも吐き気も止まらないのに」

「ミアに言えばいいのに」


 レイがウラカの後ろに立ち、髪の毛を丸く整えてやっていた。なかなかうまくできたかなとシンに笑みを向けた。ようやくウラカの青白い顔にわずかに朱が帯びはじめていた。

 

 ミアの取り持ちでうまく王子と接触したウラカは、剣について王子を叱責したが、逆に剣の持ち主が教会ではないと言い返されたらしい。


「でもノイタ王子が第一王子の苦しみについて悩みも聞けたわ」

「で、剣をノイタ王子に戻すことに決めた。偶然、レイから話を持ちかけられた」

「ええ」

「でもノイタ王子に渡されたのはレプリカだったんだ」

「わたしは何も知らないの。塔の剣はノイタ王子が使うと信じてた」

 

 シンは腰の後ろのホルスターに国ノ王の剣を差し込んだ。ようやく落ち着いてきたウラカを見つめた。


「ロブハンって何者?」

「評議会の代理人。教会の立場にも格というものがあるから、わたしが代表になるわけにはいかない」

「ロブハンとやらも剣の存在を知っていたわけだ」

「わたしが話してある。あ……」


 城から逃げる領民の列が埃にまぎれて見え隠れしていた。しかしよく共和国軍も我慢してくれている。


「気づいたか。この剣は由緒あるものでもない。白亜の塔で突然現れた。存在も力も知られているとは思えない。地味で武骨だ」

「ミアの弟さんは、城へ入る寸前で狙われていたんだ。なぜ?」

「剣の実力を知る奴が犯人だ。ロブハンはハイデルで剣を持ち出せると考えていた。でもすでに剣はルテイムへ渡されようとしていた」


 レイはシンとウラカの話を理解して、額飾りを首に降ろした。


「レプリカを作らせたのは国王とロブハンだ。あの夜までしばらく預けておいた」

「でもなぜあなたに返したの?」

「シンにしか扱いきれないと判断したんさぞゃないかな」

「三つ眼族のレイにレプリカを持たせておくわけにはいかない。気づかれるはずだからね」


 城を捨てるギリギリまですり替えずにいた。今、すり替えたということは城を捨てる準備ができた。


「もう交渉は終わったわ。わたしたちにも退避命令が出た。ロブハンが教会の下、国王一族や従者を護衛して城を出ることに決定した」

「ウラカも一緒に?」とレイ。

「ええ」

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