封鎖都市
結局、朝になっても門は閉じられたままだった。シンとレイは今か今かと待ち侘びていたが、体格のいい門番が無言で首を横に振った。
同じく逃げそびれた者は、灰褐色の鎧兜に身を包んだ兵士に押し返された。強引な者たちはケンカ腰に突っかかっていたが、たった一人の兵士に呆気なく倒されていた。
「強いね」
「僕よりも強いかも」
「それはない。シンにはわたしがいる」
「他も行ってみようか。何とかギリギリ出られるかもしれないし」
逃げようとして、殺されるのも割に合わない。シンたちはいくつか他の門にも向かってみたが、どこも同じ状況だった。戦というものは、こうして始まるのかと思い知った。
「シン、壊しちゃう?」
「壊したところでなあ」
考えることは考えた。シンとレイならば壊せるかもしれない。ただ騒動が広がるだけのような気もする。
「でも門だけ壊せる?」
「できるような気がする」
「嘘つけ」
兵士に追いかけられるのが目に見えているし、第五軍とやらに遭遇することも考えられる。どちらからも新たな敵としてみなされるのは勘弁してもらいたい。
「もうじいさんもばあさんもいないからねえ。今はハンドアックスくらいしか使えない、僕はお荷物だよ」
シンは首のリングを見せた。
「これで守られてるだけだ」
「忘れてた」
「忘れてればどうなる?」
「たぶん輪っかが勝手に何とかするんじゃないのかな」
「心許ないな。力にはなってくれてるような気はするんだよ。村で吊るされたときも生きてたしな」
「あれはシンの首が強いからじゃないの?」
「そんなわけあるかっ」
シンたち門に背を向けた。とりあえず腹ごしらえすることにした。
街の中心は東西、中央と三つある。シンとレイは人の群から離れて中央の街へ出向いた。中央街は広場から放射状に延びた通りに店が面していた。前なのに営業していた。攻められるのは城で、街の人の考えは特に変わらないのかもしれない。
シンたちは二階へ続く階段の脇の席に腰を掛けた。ウエイトレスが注文を取りに来るまで、他の客の会話を聞いていた。どうせすぐ終わるという考えが多い。長引けば物がなくなると心配する者もいた。
シンは二人分のレンズ豆と鶏肉を煮込んだもの、ぶどう酒を持って戻ると、レイが二人の黒髪の若者に声をかけられていた。レイはご馳走してくれるらしいと言うので、シンは喜んで席に就いた。
一人はダセカ、もう一人はセゴだと紹介した。城の剣士だということだ。鍛えた肉体をしていた。ダセカの方は少しクセのある黒髪、耳に黒いピアス、セゴは彼の後輩で唇がいくらか薄く、リップでも塗っているかのように輝いていた。二人は旅をしているというシンたち、たぶんレイが気になるらしくて、東の日が昇る教会付近から雑踏を追いかけてきたらしい。琥珀の額飾りがよく似合うねと、セゴがレイを見つめた。
「ども」
「剣士って何してるの?」
「僕たちは城を守るんだよ」
ピアスのダセカが答えた。彼らは鶏肉だけを食べていた。
「二人とも災難だね。こんなところで巻き込まれて」
「二人ともゆったりとしてるね」
シンは厳しい態度の門番と違うと話すと、彼らは緊張しているのではないかと話した。昨夜の焼き討ちの件もあるし、城から門を閉じること命令が出ていた。暴動になれば、市民にも迷惑になる。セゴは友人が門番にいるので見てきたと話した。
「緊張してました。でも街にも結界を発動したからと話しておいた」
「結界?」
レイは豆をすくいつつ尋ねた。
「この街にあるの?」
「ここは日が昇る教会、日が沈む教会で守られてるんです」
ダセカが答えた。途中、彼らは他の客に呼ばれた。セゴに何やら耳打ちをして離れた。セゴはダセカの尻を叩くようなふりをした。
「二人はどういう関係ですか?」
「シンはわたしの婚約者です」
シンは咳き込んだ。豆が気道につっかえて息が止まった。
「婚前旅行ですわ」
何だ、それ。
この世界にそんな言葉があるのか、シンはレイを見た。しかもウラカの話し方を真似ている。確かに彼女なら言いそうなことだな。
「結婚すると、女はどこにも行けなくなるでしょう?今のうちに一緒に旅をしようと思いまして」
「おもしろい考えですね!」
「そのまま帰らないで、ずっと二人だけで暮らせるかもしれませんわ」
「でも何かと故郷の方が便利では?」
「故郷といっても、この人の故郷なんです。厳しいだけですもの」
「確かに辛いですね」
セゴは眉根を寄せた。
「でも僕はここで戦に巻き込まれて二人で死ぬのは……」
「彼が守ってくれますもの。それに二人でなら死んでも構いませんわ」
シンはやけにレイも調子に乗るなあと聞いていた。彼女は生来の惹きつけるものがある。生かしきれてはいないが。
「これからどうなりますか?」
シンは真顔で尋ねた。
セゴ剣士殿は、
「蹴散らしますよ。第二王子が第三軍を蹴散らしました。我が軍の士気は旺盛です。それに塔の街からの援軍も来ました」
「え!」
同時に声を出した。
「どうかしましたか?」
「いや」
シンは焦った。
「えっと、その援軍はお城へは入れるんですの?」
「第五軍の後ろを突くとか。迷いの森を進軍してくるとき、行軍は間延びしますからね。あ、これはここだけの話にしてください」
セゴはさすがに言いすぎたと思ったらしく声を潜めた。かわいそうな気もしたが、もう少し押したい。
「街から出られませんか?」
「さすがにムリです。でも万が一のときは城へ逃げてください」
「お城へ?」とレイ。
「はい。要塞都市なんです。今のところ出入りは厳しいですが」
「セゴ!」
ダセカが呼んだ。
「仕事だ!」
「はい!」
セゴは、
「私の名前を言っていただければ入れます」
シンに白い陶器製のメダルを渡してくれた。本当はレイに渡したかったのだろうなと思った。
「あ、それは使わなくても返してくださいね。蹴散らした後で」
慌てて店を出た。
快活な若者だ。
レイは外の光に消える後ろ姿を見つめていた。シンは白メダルを彼女に渡した。なぜ?という顔をした。
「今のは悪い嘘だね」
「そう?」
「何もすることもないし、結界でも見学に行くか」
シンたちは昼食を食べてから、街を散策して、西にある日没の教会を訪ねた。何となく入れるだろうと考えていた浅はかさよ。
「混んでるね」
レイは礼拝堂を見上げた。ステンドガラスの入った壁から大屋根へと急勾配になっていた。
「入れないみたいだ。当然といえば当然か。何してるのかね」
「覗いてみる?」
シンたちは覗けるようなところがないかと探して、教会の高い塀沿いに歩いた。シンは思い出さない?と尋ねると、レイは塔の街の学校みたいねと答えた。二人して初めて結界なるものにやられたところだ。
「あのときはまだお互い言葉も通じてなかったのかな」
「うん」
この教会が結界の一部を担っているということだ。しかし街を覆い尽くす結界とは?白亜の塔でも、そこまではしていなかった。いや。実際はしていたのかもしれないが。
シンは地面の影に気づいた。
「シン……」
レイが呼んだ。
何か来たのか。
突然のことに首をすくめた。人が乗れるほどの巨大な矢が城に吸い込まれた。あれは矢ではなく巨大なツバメのように滑空していた。
城に当たる寸前、金属がこすれるような鳴き声が響いて、空全体緑青色に染まった。少し遅れて街にも衝撃波が広がってきた。しかし怪鳥は城の結界に衝突し、藻搔きながら落ちてきた。街の結界に跳ね除けられた末、狼狽したまま翼をバタバタとさせて空高く舞い上がった。
「何だ、ありゃ」
「わたしもわかんない」
レイは他の連中が騒いで逃げる中、呑気に答えた。
「しかしこの結界が保つのかな」
シンも呑気に呟いた。
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