第32夜

数メートル歩いた所で、ベンチへとゆっくりと下ろされる




「少なくとも捻挫はしてるだろうから、病院で診て貰いなよ」

「あ、ああ……」


命を狙われてる相手だとしても、ここは礼を言うべきなのだろうか。


「何か言いたい事がありそうだね」

「いや……一応、礼を言っとこうかと……」





「白羽っ!」







言葉を遮るタイミングで、慌てた様子の陽斗が駆け付けた


連絡を取れない事で心配させてしまったらしい


「ねぇ白羽、アイツ誰……?」


すると陽斗の姿を確認するなり、黒羽の声が低くなるどことなく怒気が孕んでいるような気がした


「………親友だ」


答えるのに抵抗があったが身の危険を感じた白羽は、名前は告げずに関係性だけを口にする


「親友……どうりで白羽の匂いが染み付いてると思った」


心底不快だとばかりに、表情を歪める

そこには言い様のない、ゾッとするような悪意が感じられた


「も、もう良いだろ。とにかく礼は言っとく……」

「良いよ。でも……あまり俺を嫉妬に狂わせると親友を殺してしまうかもしれないから気を付けて。君の彼女のように…ね」

「な…っ!?」


突然のカミングアウトに、白羽の全身から血の気が引く


「なんで…っ…!」


狙いはコノ自分の筈だ。

なのに何故、他人を巻き込んだのか。


そして親友も巻き込むような発言は聞き流せない。


「話はここまでだよ。邪魔が入った。それとも親友に会話を聞かれても良いの?」

「っ……!」


問い質したい気持ちに駆られたが、陽斗に会話を聞かれたくはなかった。


きっと自分の事のように胸を痛めて、心を砕くだろう

何より影との殺し合いに、首を突っ込んで来る。


それだけは避けたかった


「白羽、何処に行ってたんだ!探したんだぜっ!」

「わ、悪い……」

「またね、白羽。身の安全に気を付けて」


駆け寄って来た陽斗を冷たい表情で一瞥すると、黒羽は手をヒラヒラと振りながら去って行く


「なぁ、アイツ誰だ?」

「通りすがりの奴だ。石段から落ちた俺を助けてくれたんだよ……」


あえて自分を殺そうとしてる相手だとは伏せた。


助けられたのは、あながち間違ってはいないのだから


「通りすがりってお前の名前知ってたぞ。知り合いじゃないのか?って……石段から落ちた!?」


ただの通りすがりの相手に白羽が名前を教えるとは考えにくい。


それとも助けてくれた相手だから名乗ったのだろうか


だが何となく恩人に対する物言いではない気がした


見知らぬ男の存在が、若干気になるものの怪我の程が気掛かりである


「怪我はどうなんだ!?骨が折れてたりするのか!?きゅ、救急車を呼んだ方が…っ!」


命に関わる怪我をしていたら大変だと、陽斗は慌てて携帯電話を取り出す


「落ち着け。骨は折れてない……多分」

「っていうか、お前何で石段から勝手に落ちてんだよっ!心配させんな!」

「悪い……」


けれど陽斗の脳裏に疑問が浮かぶ


何故、公衆トイレから離れている石段へと1人で上ったのか。


そもそも何も告げずに、あの場から離れるのも白羽らしくない。


連絡は小まめにする男である。


「……何があった?」

「別に何も。俺がドジっただけだ」

「そうか……」


腑に落ちない事が多々あるが、陽斗は追求したい気持ちをグッと押し止めた


この場で押し問答を続けるつもりはない


「ほら帰るぞ。乗れ!」

「え……」


陽斗は目の前で背を向け、しゃがみ込む……


つまり背負ってくれるという事なのだろう


「え?じゃねぇよ!おぶってやるから乗れつってんだ!」

「………」


背に腹は変えられないものの、男が男に背負って貰う構図は視覚的にエグイのではないだろうか


「早くしろ!乗らないなら姫抱きにするからな!」

「分かったよ……」


抵抗があるものの、姫抱きよりは多少はマシだ


戸惑いながらも陽斗の背中へと乗る


「よく捕まってろよ」

「サンキュ……」

「どういたしまして」

「陽斗……」

「ん?」

「身の周りには十分気を付けろよ」


ストーカーとはいえ、相手が女だと油断したのが失態だった


感情の起伏が激しく危険な女である。


だからこそ、陽斗にストーカー女を近付けされるわけにはいかなかった


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